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短編集

幸運の証

作者: 霜雪 雨多

作品はオリジナルですが、文体は星新一を意識して書きました。

N氏はとある会社の社員であった。

N氏にはS氏という古くからの友人がいた。S氏は世界で活躍するマジシャンである。コインマジックから脱出マジックまでこなす。

あるとき、N氏は世界中を飛び回るS氏が日本に帰ってきていると聞いた。

そこでとあるレストランに誘った。


「やあ、N君。久しぶりだね。君から誘ってくるなんて珍しいじゃないか」


「君が近々日本に戻ってくるって聞いてね。久しぶりに会いたくなって。ついでに相談にのってほしくて連絡したのだ。まあ続きは店で食べながら話そう」

 

久々の再開を果たした二人はお互いの近況を話し合った。

部下がなかなか仕事を覚えてくれないとか、マジックの購入費でいつも財布が寂しかった下積み時代とか、他愛のないことだ。


「そういえばN君、僕にしたい相談とは何なのかな?」


「そうだった。実は近々社員旅行があってね。そこでかくし芸を披露しなければならなくなったのだ」


「なるほど」


「長い付き合いだからわかるだろうが、私の特技といったら鼻に舌が届くとか、二分以上潜っていられるとかとても地味なものばかりだ」


「そこで僕にマジックを教えてほしいというわけだな。」


「理解が早くて助かる」


「いいだろう。ではどんなマジックを教えてほしい?僕のおすすめは人体消失マジックだね」


 N氏は慌てて言った。

「そんな大がかりなものでなくていい。

そうだな…君の得意なトランプマジックを教えてほしい。何度見せてもらってもあれは全くタネが分からない」


「え、トランプマジックでないといけないのかい?」


S氏は動揺したように言った。


「コインマジックとかハンカチマジックでもかまわないだろう?」


「それでも構わないのだが、マジックといえばトランプだし、丁度いいだろうと思って言ったのだが…トランプマジックだとなにか不都合でもあるのかい?」


S氏は困ったような顔で云った。


「すまないけどトランプマジックは教えることができない。あまり大きな声で云えないのだが、僕はトランプマジックのやり方を、今ではほぼ覚えていない。」


「…え? そんなわけないだろう。学生のときから得意だったじゃないか」


懐疑の念を抱くN氏にS氏が封の空いていない一組のトランプを手渡した。そして紙ナプキンにペンで何かを書いた。


「それなら、ちょっとやってみせようか。そのトランプから1枚適当に選んでくれ。このナプキンで君が何を選ぶか予言しているからね」


N氏が選んだのは♠6だった。

ナプキンには♠6と書いてあった。

見事に当たっている。

いつものように素晴らしい腕じゃないか、とS氏が云うと

そうではない、というように首を振り、S氏は真剣な表情で言った。


「いいかい。この予言マジックにはタネも仕掛けもないのだ」


「どういうことだい?」


「僕が、君の引くであろうカードを当てたのは全くの偶然ってわけさ。適当にトランプを指定したらたまたま君の選んだカードも同じトランプだった」


「そんながわけないだろう。ジョーカーは抜いていなかったから確率的には…約1.8%だ。偶然で都合よくいくはずがない」


納得のいかないN氏だが、S氏が冗談を言っているようには見えなかった。


「信じてほしい。本当のことだ。僕はただ単に幸運に恵まれてカードを当てただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。それに君にだって同じことができる」


N氏は驚いた。


「私にも同じことができるだと」


「ああ、そうさ。これを身に着けて、さっきの私のマジックをやってみてほしい」


S氏は胸ポケットから赤い宝石のついたペンダントを取り出した。


「数年前、海外旅行中に露店で買ったものだ。これを持っていると、運がとてもよくなる」


「本気で言っているのかい」


「このペンダントの力は本物だ。宝くじだって当てたこともある。僕はこのペンダントを『幸運の証』と呼んでいる。まあやってみるといい」


S氏に言われるがままN氏は『幸運の証』を首にかけた。

そしてナプキンに予言を書いた。


「僕が選んだのは♥10だ。ナプキンの予言を見せてくれ」


そうS氏は言った。

ナプキンには♥10と書かれていた。

的中だ。


「S君、僕は目の前で起きたことが信じられない。もしやメンタリストにでもなったのかい? 君に♥10の予言を書かされた。そうに違いない」


S氏はやれやれ、というように両手を広げた。


「注意深い性格は今でも変わっていないね。いいだろう。その社員旅行まで『幸運の証』を貸そうじゃないか。きっと君は人気者になれるはずさ。

あと気が向いたら君も宝くじを買ってみるといい。面白いほど当たるぞ」


「まあ、君がそこまで言うなら騙されたと思って貸してもらおうか」


N氏は『幸運の証』を胸ポケットにしまった。

そうしてその日はお開きとなった。


もちろんN氏は半信半疑だった。

だが家族に対してやってみても、変わらずマジックは成功した。

どういう原理かはわからないが『幸運の証』は本物なのかもしれない。


だが、それに対して何となく不運になっている気もした。

起きるとベッドから転げ落ちていたり、風呂場で滑って転んだり、タンスの角に小指をぶつけるといった些細なところでだ。

しかしN氏はたいして気にしていなかった。たまたまだろうと、そう思っていた。


そのまま社員旅行に行った。もちろんマジックは大成功。大ウケで、同僚から何度もマジックをするようにせがまれた。


「S君にはお礼を言わなければいけないな」


ご機嫌で社員旅行から帰ってたN氏に、慌てたようにN氏の妻が話しかけてきた。


「あなたの友人のSさんが亡くなったそうよ」


N氏は愕然とした。S氏が死ぬなど、想像もしていなかった。


「どうしてS君が。彼は人に恨まれるようなやつではなかった。 病気か。交通事故か。それとも通り魔か」


N氏は理由を聞いた。


「Sさんは宝くじに当たったお金で世界旅行中だったんですって。でも、旅行中に事故が起きたの」


そこで一度言葉を区切ると、S氏の妻はこう続けた。


「隕石に当たったらしいわ」

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