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6 始まりの日々


 魔王としての活動を始めたからといって、魔王城が出現する訳でも無く、四天王が湧く訳でも無いので、一歩ずつ足元を固めて行かねばならないのは他の魔族や人間達と同じである。

 無論魔王を喚び出した者があらかじめ勢力を持っていた場合や、城を呼び出したり、強力な配下を招き寄せるギフトを持っていた場合は話は別だ。

 我の場合は、……まあ正直スタート地点が割と詰み掛けていた。


 付き従うは滅びた村の生き残りの女子供達。

 村を焼いた襲撃者たる人間達の野営地を漁って、数百枚の金貨と幾許かの食糧は入手したが、この人数で喰らえば食料は恐らく一週間ともたない。

 入手した金銭を村を立て直す為の資材や食料の購入に充てたとしても、村人全員が食って行く為の収穫を得れるようになるまでを凌げる量には届かないだろう。

 村の再建を諦め、金銭を手土産に他の村に合流してしまうのが一番手っ取り早い。そんな状況に魔族の村の生き残り達はあった。


 まあ勿論我が居なければの話であるが。

 日に一割の利息とやらが発生する『貯金』は、この状況下では無類の強さを発揮するタイプのギフトである。

 更に資材の購入も、我が建築物の大枠を魔術で拵えれば、必要な量は大幅に減らす事が可能だ。

 あの戦いの日は人間の野営地に一泊し、翌日村に辿り着いた我が最初にした事は、全員を収納出来る箱の作成だった。

 大きな円形の土壁と、中央に支柱を魔術で作り、野営地から持ち帰ったテントをバラして屋根代わりの布を張れば、粗末だが雨風を凌げる住居になる。


 当然金銭は『貯金』の為に魔王銀行に収納済みだ。

 入手した食糧が残ってる間に利息を貯め、得た金銭を使って近くの集落から食料を購入する。

 その間、村人達だって何もしない訳じゃ無い。

 女子供ばかりで男手が無いとはいえども、彼女等も立派な魔族だ。


 我の魔術では大雑把にしか造り出せない外枠に手を加えて実用に耐えうる代物に仕上げたり、少しでも食料の足しにする為に森に狩りへと入ったりしている。

 フォレストウルフのリーダーが此方の仲間になった事で、彼と共に森に入れば狼種の魔物に襲われる危険性は限りなく減り、更には猟犬としてもこの上なく優秀なのだから狩りは順調に成果を上げていた。

 村の立て直しがスタートしてまだ数日だが、全員が一丸となって目的の為に働く事で、一体感が生まれてきた様にも思う。

 もう少し状況が落ち着けば、彼女等に魔術を教えるのも良いかも知れない。

 身体強化も幻想魔術も治癒魔術も、彼女達が習得したなら男手の無さを補っても余りある効果を発揮する筈だ。




 さて村内の事はこのまま再建を進めるにしても、外部との交渉が必要な時期は間近に迫っていた。

 そう、食料の購入である。

 狩りが順調なお蔭で食料には未だ少しばかりの余裕があるが、それでも少しずつでも備蓄が減少している事に違いは無いのだ。

 既にこの付近にある幾つかの隠れ里には、取引を希望する旨の使者を出しており、色好い返事も受け取っていた。


 しかしこの中立地域は、意外な程に魔族の隠れ里が多い。

 敵対した人間の魔術師の言葉の中には、付近に魔王の存在、つまりは魔族領がある事を伺える物が在ったにも拘らずだ。

 詳しく話を聞いてみれば、この中立地域の魔族の多くは、その件の魔族領での生活に不安を感じて中立地域に逃げて来た者が多いらしい。

 この中立地域の周囲の勢力を説明すれば、先ず南側には幾つかの魔物領、強力な魔物の支配地域が存在する。

 東と西には其々人間領、そして最後に北に二つの魔族領があると言う。

 ……笑える程に最悪の立地だった。


 もしこの中立地域で旗揚げして魔族領としたならば、交易路を断たれた東西の人間領が、必死になって軍を派遣して来る事請け合いである。

 暫くは息を潜めて力を蓄える、我の場合は配下を増やす以外にも文字通りに魔力を『貯金』するべきだろう。


 まあ将来敵対するであろう人間共はさて置いて、北の魔族領の件に話を戻すが、この二つがどうにも現在戦争中なのだそうだ。

 北西域の魔族領の支配者は、我と同じ降臨魔族、歴とした魔王で穏健な人物だったらしい。

 だが百年程前に出現した北東域の支配者は魔族の亜種である死貴族の実力者で、穏健な魔王の支配を良しとせずに領域を奪い取って戦争を仕掛けた。

 その際に北東域の支配者の行いに付いて行けずに離脱した者達が、中立地域の彼方此方に隠れ里を作って今に至る、……と言う訳である。


 実に面倒臭い問題だ。

 将来的には関わらざる得ないだろう問題だが、彼方が此方に気付くまでは、取り敢えず棚上げにしようと思う。

 恐らく中立地域の隠れ里の者達は、我が北の魔族領に対してどういった立場を取るかを聞きたがるだろうが、今の状況では戦争なんぞには関わらないのが一番良い。

 仮に戦争状態で無ければ、北西域の支配者には同じ降臨魔族、兄弟姉妹の誼で援助を願い出る手もあったのだが、今の状況では北東域に目を付けられるデメリットの方が大きかった。


 最悪の状況となれば事を構えざる得ないとしても、それでも死貴族は中々に厄介だ。

 何せ神々の争いの切っ掛け、我が母以外の神々が魔族を滅ぼさんと思い至ったのは、魔族より変異した死貴族が最も多きな原因となった程なのだから。




「アシール様、アシール様?」

 目を閉じ、物思いに耽っていた我を、澄んだ声が呼び戻す。

 其方に視線を向ければ、此方を伺う様に首を傾げていたのはサーガだ。


「サーガよ、何用か?」

 壊滅前に村を治めていた村長の娘にして魔王を喚んだ巫女である彼女は、今は我の秘書の様な役割を果たしてくれていた。

 例えば我が直接村民に指示を出そうとすれば、その者は跪いて畏まってしまう為、作業に遅れが生じてしまう。

 しかしよく見知ったサーガを通して指示を伝えたならば、無駄に畏まる必要が無いので村民達の動きも素早い。

 他にも直接我への要望を口に出来るのも魔族の中では彼女だけだ。


 故に村民からの要望も彼女を介して我に伝わる。

 無論魔王に畏まってしまうのは仕方がない事ではあるのだが、少し寂しさを感じない訳では無い。

 ちなみにフォレストウルフのリーダーに関しては遠慮なく撫でろと要求して来るので、割と気安い関係を構築出来ているように思う。


「他の隠れ里から取引の品を持った者達がやって参りました。アシール様に御目通りを願い出ております。ですが、あの……」

 言い難そうに口籠るサーガ。

 わかってる。取引を行うには金が必要だと言うのだろう。

 今現在、この里の金銭は利息で増やす為に我が全て魔王銀行に放り込んでいた。



―現在貯金額:667.835G―

―魔力貯金額:186P―



 魔力は日々少しずつ浮かしては溜め込んだ物で我にのみ使える資産だが、金銭は村を運営する為の物だ。

 元の値よりは随分と利息で増えていた。

 百枚の金貨を取り出し、傍にあった袋に詰めてサーガの手の上に置く。

 何も無い空間から取り出された黄金の重みに、サーガの紅の瞳が驚きに満ちる。


「一つの里との取引ならばそれで足りるか? あと数袋は同じ物が出せるが」

 我の言葉に、慌てた様に首を縦に振る彼女。

 魔王たる我を信じられ無い訳じゃ無くとも、時間の経過だけで所持した金銭を増やせる能力なんて話は、俄かには信じ難かったのだろう。

 当たり前の話だ。我だって他者にそんな能力があると言われても、信じない自信はあった。

 まあだからこそ『貯金』の話はサーガのみにしかしてないのだが。


「心配するな。我は誓い通りに汝等を救う。さて遠方からの客を待たせては悪い。サーガよ、客人等を此処に通せ」


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