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45 新たなる世界へ


 我が黄金の魔王と呼ばれる様になって、六百年程の時が過ぎた。

 魔王としての生活は、とても充実した物だったと思う。


 多くの事を経験し、そして多くの敵とも戦った。

 数十年に一度位は勇者が攻めて来るし、全ての魔物の中で最強と言われる竜王とも三度戦い、その全てを引き分けている。

 二百年ほど前に姉は死んだ。その最期はあまり思い出したくも無いけれど。

 形見にギフトの一部を我に遺し、謝りながら死んでいった。


 ワケットは内政官の長を引退し、今は其の息子が嘗ての父の地位を目指しているそうだ。

 この六百年、我の出現以降、この世界に新たな魔王は現れていない。




「アシール様、アシール様、お目覚め下さい。招集に応じて、皆様がお集まりです」

 ……落ち着いた耳障りの良い声に、瞼を開く。

 どうやら転寝をしていたらしい。硬い玉座で寝ていた為に、身体が少し痛んだ。


 動かした身体の痛みに顔を顰めた我を見て、我を起こした老婦人が微笑む。

 老いて尚美しさを失わぬ、品の良い老婦人。


「サーガよ、仕方なかろう。今は少しでも、……まあ良い。ならば三人を通せ」

 我の言葉に頷くサーガ。

 彼女の存命中に準備が整った事は、我にとっては僥倖であった。

 サーガもあと百年近くは生きてくれるだろうが、それ以上の保証は無い。


 一方の我は魔王故、彼女よりもはるかに長く生きる。

 この六百年の間を片腕と、或いは半身なって支えてくれたサーガを失ってからの生は、きっと味気ない物になってしまうだろう。




「パパ、会いたかった!」

 サーガの開いた扉から、一人の女が飛び込んで来る。

 勢いのままに飛びついて来る其れを、我は玉座に座ったまま片手で受け止めた。

 美しい顔立ち、豊かな肉付き、共に妖艶な色気をこれでもかと撒き散らすその女だったが、浮かべる表情はまるで幼子の様な満面の笑みだ。


「リリー、汝はそろそろ落ち着きを身に着けよ」

 受け止めた手に、頬擦りして来るリリーの頬を、軽くつねって引っ張る。

 今の飛び付きを我以外の者に行っていたなら、その者は間違いなく消し飛んでしまうから。

 力や勢いの問題では無く、質量の問題で。


 六百年の間に進化を重ねた彼女の種は『女王の森』。森の女王という意味では無く、彼女自身が広大な森の全てなのだ。

 今はその姿を魔族に近しい物に変えているが、本来の姿を見せれば複数の国を飲み込むサイズの森と化す。

 頬を膨らませるリリーの頭を、撫でて宥める。

 まあ仕方のない事ではあった。


 彼女が本気でじゃれつけるのは、もう我しかいない。

 数多いリリーの養母、幼い頃に魔力を分け与えていた魔族の女等には、壊してしまわない様に優しく繊細に触れているのは知っている。

 リリーは優しい子に育ったと思う。

 無論戦いの多い時代故、敵と戦う際には容赦はないし、部下に接する時は見た目通りの振る舞いをするそうだ。




 次いでラビスとガルが入室して来る。

 この二人はリリーの様にはしゃいだり飛び付いて来たりはしない。巨大な狼姿のガルの尻尾は滅茶苦茶左右に振られているが。

 リリー、ラビス、ガルは我が配下の中でも飛び抜けた力を有する三名で、その誰もが単独で一つの領域の攻略が可能だ。

 他者からは三巨頭や、三天魔等と呼ばれてるらしいが、我としてはあと一人加えて四天王としたかったが、結局彼等に釣り合う者は見付からなかった。


 ラビスは『魔王の迷宮』と呼ばれる様になり、階層の数は六百を超えたらしい。

 此れまでも敵対領域にダンジョンの口を開け、そこから大量の魔物を溢れ出す手法で幾多の敵勢力を葬っている。

 多数の敵を相手にする時に、最も威力を発揮するのがラビスの力だ。


 そしてガルは、黒狼将から黒狼王へと、更に全ての狼種を率いる魔狼王へと進化を果たした。

 ラビスとは逆に三名の中で最も個の力に優れるのがガルだろう。

 他の二名は兎も角、ガルにだけは我も勝てるかどうかが怪しい。

 恐らくガルは、今のこの世界で最も速く動ける存在の筈。

 もしガルが本気の速度で動いたならば、其れを我が見切れるかどうかは不明だ。


 味方であれど、己が勝てるかどうかのわからぬ相手が近くに存在するのは、我にとってはとても有り難い事だった。

 ガルの姿を見る度に、驕りと慢心を捨て去る事が出来るのだから。




「さて、揃ったな。サーガ、リリー、ラビス、ガル、我の準備は整った。……否、正しくは我にはもう残りの時間が少ない」

 我の言葉に、四人の顔色が変わる。

 以前から予兆はあったので彼等には告げていたが、我が思ったよりも終局の訪れは早かったのだ。


 我にとっての僥倖であり、終焉でもある其れは、ギフト『貯金』の能力の限界。

 表示機能はずっと以前に壊れたままだが、膨れ上がり続ける内容量に、魔王銀行の保管能力が限界を迎えて崩壊を始めた。

 我は選ばなければならない。

 そして我は彼等にも選択を迫る。


「汝等四名は我と共に歩む、片腕であり半身であった。故に選ぶが良い。我と共に試練に挑むか、或いは我を殺すか、遠き場所に離れるか」

 まあ最後の一つにはあまり意味は無いのだが。


 魔王は其々ギフトを持つ。

 まるで其れは己の能力の様に扱えるが、けれども此れは与えられた力であり神の力だ。

 最初の頃はギフトの力にも制限があるが、魔王が力を増すごとにその制限は外れて行く。

 だが全ての制限が外れてしまえば、其れを扱う事は神にしか出来ず、頂点を極めた魔王の最期は己のギフトの力に飲み込まれて消滅する。


 しかし此れは魔王を殺す為の時限爆弾では決して無い。

 魔王たる者の最終的な目的の為に、必要不可欠な試練なのだ。

 神代の時代である第一期、人間の神々は魔族が神々に手の届く可能性を秘めた存在だと判断し、滅しようとした。


 つまり魔族が神に至れる道があると、敵対する神々からの保証を受けたも同然である。

 実際、神々の大戦時に魔族の中から進化する者が現れたのだ。死貴族や魔鬼族の様に先への可能性を失わぬままに。

 其れこそが魔王の原型にして、我等が父と呼ぶべき存在だ。

 けれども彼はその進化の直後に、敵の神々に狙い撃たれてその命を散らしてしまう。




 時代が流れ、虚空領域の一つである魔界に住まう事になった母は考えた。

 如何にすれば子である魔族達を守れるか。如何にすればもう一度あの世界に帰還出来るかと。


 そして母は神を求める。己と同等の存在が彼の地に生まれれば、互いに手を伸ばし握り合えば、その身をあの世界へと引き上げる事が叶う。

 故に母は進化した魔族の器を復元し、魂を吹き込み、神に至る道しるべとして己の力を貸し与えて、この世界へと降臨させたのだ。

 最初の進化した魔族、降臨魔族は王になり魔王と呼ばれた。

 我等魔王の目的は、魔族が人間に勝利する手段は、神に至りて世界を変える事である。




 無論は其れは数千年の先に辿り着く極致なのだが、……我の場合は事情が少し異なった。

 恐らく母も我を最後の魔王とする心算でこの『貯金』のギフトを与えたのだろう。

 我の成長も早かったが、ギフトの能力が極まるのも早く、更に我の手元には複数の選択肢がある。


 例えばだが、我はこの世界を消す事が出来てしまう。或いはこのまま座して待てば、自然とこの世界を消してしまうのだ。

 今現在、魔王銀行の中には莫大との言葉すら生温い枚数の金貨が眠っている。

 もし此れを我が全て解き放てば、もしくは魔王銀行が壊れてこの世界に金貨が溢れ出してしまえばどうなるだろうか。

 金貨の質量は世界その物を上回る為、この世界を消し飛ばす事になるだろう。


 恐らく、母は深く傷ついているのだ。何人もの魔王をこの世界に送り、死なせた事に。

 母は我が子を滅ぼされまいとする為なら、仲間であった神々と争える程に愛情が深い。

 帰還の為、子である魔族を守る為とは言えど、我等魔王が犠牲となって平然としていられよう筈が無かった。

 故に我が絶望し、母をも恨んでいた時に、全てを終わらせる手段は此処に在る。




 或いは魔力を解放しても良い。

 魔王銀行に溜まった魔力もまた、この世界の総量を越えていた。

 そんな魔力が吹き荒れたなら、恐らく人間も魔族も、全てが魔物に変化するだろう。

 神々は永遠にこの世界に関与する手段を失い、世界は完全に生まれ変わる。

 金貨にせよ魔力にせよ、解放した瞬間に我は消し飛ぶだろうけど。




 さて勿論、進化に挑戦する手もあった。

 神へと進化し、完全にギフトを扱えるようになれば、魔王銀行の中身など増やすも消すも思うがままだ。

 金貨に魔力、膨大な量の其れ等をその手に把握出来れば、我は神に至るだろう。

 だが普通の魔王はギフトの能力に飲み込まれるのは己だけだが、我の場合はどうなるかが想像もつかない。

 何せ中身が増え過ぎて崩壊するギフト等、他に例は……、恐らく初代魔王の無限の魔力の泉とやら以外には無い筈だ。


 例えば姉のギフトなら、全てを見通す眼で真理を読み解ければ神へと至り、情報を処理し切れなければ押し潰されて己だけ消えるだけで済む。

 しかし我の場合は、崩壊寸前のギフトの中身がこの世界に全て溢れ出す可能性があった。

 まあ我は別に絶望もしていないし、全てが魔物の世界には多少の興味はあっても己が見れぬのでは意味も無いし、ギフトを制御して神になる自信はある。

 特に根拠は無いけれど。


 けれども、此れまで共に歩いた中でも特に繋がりの深いこの四名だけには選択肢を教え、共に選んで欲しかった。

 我と共にギフトの制御に挑むなら、我が神になった暁には彼等は眷属になるだろう。

 今のままの世界を望むなら、我の首を狙えば良い。

 ギフト制御への挑戦前、魔王銀行の崩壊前に我を殺せば、ギフトは中身ごと母の元へ帰って行く。




 我の問いに真っ先に動いたのはガルだった。

 近寄り、玉座に座ったままの我の膝に、その頭を摺り寄せる。

 態度はわかり易いが、出来れば返事は口でしろと思う。


 其れは腕に抱きついたままを返事の代わりとしたリリーも同様だ。

 だが我に向かって来るとしたら、一番可能性が高いのはガルだと思っていただけに、ほんの少し残念に感じた。

 何故なら我が神に至れば、眷属となったガルと戦える機会はもう無いだろうから。

 ガルとて我との勝負には興味があると思ったのだが、……でもそうか、真剣勝負は望みでも、我を殺すのは嫌なのか。


 可愛い奴めと思い、頭を撫でようと空いた手を伸ばせば、その手はガブリとガルに噛まれた。

 撫でるのはダメらしい。

 思えば確かに我らしくは無かっただろう。他者に選択を委ねる弱気は。

 ガルはまるで咎める様に低くうなった後、我が手をぺっ吐き出し、自分から頭を擦り付ける。


「私は勿論魔王様と何処までも」

 ラビスはそう言い、優雅に一礼して見せた。

 此奴はそう言うだろうと思っていたので別に良い。

 リリーが親愛、ガルは友情と忠義で我に従ってくれているが、ラビスは完全に心酔だ。


 出会い方のせいだろうか、ラビスは兎に角我を全肯定して来る。

 決して知能が低かったり、自分の意見が無い訳では無いのだが、其れでも我の考えを上に置く。

 恐らく此奴は我が試練に失敗する等とは欠片も思って無いのだろう。


 神に至る試練の話を最初にした時も、我が神になると既に決まったかの様に満面の笑みを浮かべて大喜びしていた。

 正直心酔され過ぎてて、時折少し怖い。

 他人に其れを強要したり、忠誠心故に他者と揉めたり等の問題は起こさないが、まあ我が神になるにしろ滅びるにしろ、此奴は最後まで連れて行ってやらんと駄目だと思う。




 魔物達の意思表示が終わった所で、我はサーガを見る。


「サーガよ、汝は如何する。例え成功しても、我が眷属となれば死とは切り離されるだろう。知人等と共に只の魔族として死にたいならば……」

 其処で、サーガは首を横に振った。

 少しだけ、怒ったような表情を浮かべて。


「私はアシール様と共に。私は子も成さずにこの年になりました。心残す事はありません。貴方の傍にしか、私の居場所はありません」

 まあ、そうか……。

 サーガの気持ちは知っている。

 我は彼女を何より大事な半身としては扱ったが、己が女にはしなかった。

 此のギフトの件が無ければ、我より先にサーガが死ぬのは寿命の問題で確実だったからだ。

 なのに我は彼女の時間を独占し続けて此処まで来ている。

 我ながら残酷な真似をしたと思う。


 しかし彼女が他の誰かのモノになるという事は、恐らく我は耐えられない。

 全く我ながら度し難いが、しかしもう此処まで来たなら我慢は要らぬ。


「よし、わかった。ではもう否は言わせぬ。サーガよ、我が神に、汝が我が眷属になった暁には、二人で子を成そう」

 腹は決まった。とても楽しみだ。

 心が浮き立つ。こんなにワクワクするのは何百年ぶりだろうか。


 顔を赤らめたサーガは老いても尚美しいが、久しぶりに我がこの世界に来たばかりの頃の彼女の姿も見たい。

 我が神に至り、サーガが眷属となれば、彼女は少女の姿から老いた姿まで全てを取れるようになる。

 本当ならば明日に試練を行う心算だったが、とても我慢は出来そうになかった。


「皆、では此れより我は神に至る。我に心を重ね、力の制御を手伝ってくれ」

 玉座より立ち上がり、サーガを抱きしめる。

 そんな我等を三人の魔物の魔力が包み、存在が重なった。

 鍵を開ける。膨大な金と魔力を蓄えた銀行の鍵を。


 金を肉体に同化させ、圧縮し、同化させる。魔力を血に混ぜ、濃く濃く、流す。

 飲み干し、飲み干し、先へと進む。

 失敗する気はまるでしない。腕の中にサーガが居て、頼れる配下達が背を支えてくれるのだから。




 この日を境に世界は少しだけ姿を変える。

 長く続いた第三期、勇者と魔王の時代が終わりを告げた。

 四柱の人間の神、一柱の魔族の神に、新たなる神が加わったのだ。

 莫大な財貨の上に寝そべる新たな神の傍らには妻である眷属と、三人の仲間の姿が常に在ったと言う。

 


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