4 初めての戦い(後編)
「な、なんだ?! リーダーがっ」
「お頭ぁっ!!」
「敵襲だっ! 武器を拾え!」
襲撃者達のリーダーを屠った槍の一投に、人間達の反応は様々だった。
混乱する者、既に死んだリーダーを案じる者、そして此方に気づいて武器を拾って構える者。
酒を飲んで油断し切って居た割には、武器を構えた者の割合が一番多かった事に少し感心をする。
武器を構えた一人に向かい、もう一本所持していた槍を投げつけてから、我は左右の手に一本ずつ短剣を握った。
名乗りはしない。
此奴等がもし、人間の未来を肩に背負って魔族に挑んで来た戦士達ならば、例え敵であろうとも勇気と武勇を褒め称えてから戦いに臨んだだろう。
だが此奴等は単に魔族を食い物にしようとしただけのケダモノだ。
敬意は不要で、名乗る価値等ありはしなかった。
まあそもそも、今の我には未だ名乗りは許されてない。
相手の混乱が冷めぬ間に、地を蹴って接近し、刃を振う。
血飛沫が舞い、反撃にと突き出された槍の先端を、強化魔術で硬化した皮膚で受け止める。
槍が突き刺さらずに愕然とした表情を浮かべた人間に、右手の短剣を叩き込めば、短剣は加えられた力に耐え切れずに粉々に砕け散った。その一撃を受けた人間の命を道連れにして。
リーダーを失った混乱状態にある間に、圧倒的な力を見せつけて恐怖を植え付けて戦闘を優位に運ぶ。
其れが我の作戦だった。
故に最初から身体の強化に回す魔力を惜しまずに突っ込んだのだが、敵は魔族の村一つを滅ぼした連中である。
不意を突いたとはいえ、そう容易く此方の思い通りに事を運ばせてはくれない。
左手の短剣も、砕けても構わぬとばかりに眼前の敵に叩き付けようとしたその時、魔力の波動が生じた。
宙を焼き、迫り来るは燃え盛る火球。
殺意を秘めた魔術に対し、咄嗟に魔力を右手に集中させて火球を弾き飛ばす。
だがその時には、先程攻撃を仕掛けようとしていた対象は既に距離を取って離れている。
「チッ……、魔術師が居たか」
舌打ちをし、火球の飛んで来た先を睨み付ければ、恐らくはこの集団の参謀なのだろう、少し雰囲気の違う人間が居た。
槍の代わりに杖を構えたその姿は、紛う事無く魔術師だ。
「その服、まさか伝え聞く魔王ですか。……皆、落ち着いて囲みなさい。此処から魔族領からは離れてる。あの地の魔王が現れる事はありえない。ならば彼は生まれたばかりの魔王の筈」
そうか、服で魔王とわかるのか……。
どうやら他の降臨魔族達も、母から貰った服を着続けているらしい。この服の持ち主が魔王であると人間にも知られる程度には。
何せこの服は防御力こそ大した事は無いが、損傷は自動修復するし、汚れもしない。更には着用者の汚れも浄化してくれる作用まである。
身体の強化で魔力を防御に回せる魔王には、他の防具を装備する理由は薄いのだろう。
「怖れる事はありません。言い伝えでは生まれたての魔王には大した力は無い。そして魔王の魔核を手に入れれば地位も名誉も金も思うがまま。其れさえ手に入ればチンケな傭兵稼業ともおさらば出来ますッ!」
魔術師の言葉に、人間達の瞳から混乱と恐怖が消え、代わりに欲望の色が宿る。
成る程、どうやら此の人間達は傭兵だったようだ。ならば略奪働きが得意なのも頷けた。
そして次の狙いは我の魔核か。
大した力を持たない魔王を刈って大金を手に入れる。どうやら此奴等にとって、我との遭遇は幸運に思えるらしい。
まあ確かに、我は出現したばかりで大した力を持っていない事は事実であるけれど、だがそれでも。
「魔王を舐めるな。この下等種族共がっ!!!」
人間如きに舐められるは我慢がならない。
欲に支配された人間は、思わぬ力と勇気を発揮する。更には其処に魔術師が加わったのだ。
当然の様に戦いは激しさを増した。
もうわざと身体で相手の武器を受け止めはしない。もう其れを行った所で相手の動揺は誘えないし、魔力を無駄に消耗してしまう。
魔力の消耗を出来るだけ抑え、恵まれた身体能力を活かして攻撃を掻い潜る。
だが逆に攻撃の瞬間のみは魔力を惜しまない。惜しみ無い一撃で相手を仕留める事こそが、逆に結果的に損耗の減少に繋がるからだ。
途中でまたレベルが上がるのを実感した。
此れにより魔力を使用せずとも人間達を圧倒出来る動きが可能になったが、器が広がった分だけ、より残存魔力の不足を深刻に感じる。
此方の魔力が消耗する、一番の原因は相手の魔術師だろう。
火球の次は氷塊、その次は不可視の風刃と、まるで此方の弱点を探るかの様に属性を変えて放たれる攻撃魔術。
恐らく此方の使用する物とは全く別系統の魔術だとは思うが、実に厄介な代物だった。
何故なら魔術への対処は確実に魔力の損耗を強いられるからだ。
勿論魔力障壁をそのまま展開して受けるなんて、無駄遣いは今は出来ない。
魔力を手に集中させ、弾いたり受け流したりしながら、何とか相手の攻撃魔術をやり過ごす。
傭兵なんて職業の割りに、或いは傭兵だからこそだろうか、敵魔術師の魔術の扱いは巧みである。
複数の攻撃魔術を操り、対処に慣れさせてくれない。時折奪った武器を投げつけるが、距離と敵兵が邪魔をして始末するには至らなかった。
せめてもう少し乱戦状態になってくれれば、敵兵の身体を盾とする事も出来るのだが……。
タイミングを見計らって放たれる攻撃魔術に、戦いの展開を思い通りに運べない。
お互いに決定打に欠けるまま、戦いは消耗戦の様相を呈する。
此方側が削られるのは魔力で、彼方が損耗するのは命とそれぞれに違いはあったけれども。
長い戦いの果、先に限界を迎えたのは残念ながら此方だった。
多少の血は流れているが、其れは然程問題は無い。魔王は生命力に於いても人より遥かに上を行く。
敵兵も残りは僅かだ。此奴等のみなら、或いは魔力無しでも狩り切れるだろう。
しかし敵には未だ魔術師が健在で、そして此方の魔力は完全に底を尽いていた。
もう我には、今放たれんとしている火球の魔術を防ぐ手段が一つも無い。
あの魔術さえ何とかなれば、或いは武器の投擲で魔術師を仕留める事が叶う可能性はある。
何せ相手の兵だってもうほぼ尽きているのだ。
だがあの魔術が、どうあがいても防げない。
アレが最後の攻撃になると確信しているのだろう。敵の魔術師は最後の火球にありったけの魔力をこめていた。
あれでは左腕を犠牲にする覚悟で受け止めようとしても止まらず、我の半身以上を焼き尽くすのは確実だ。
だが身体を焼き尽くされながらでも、魔術師さえ相打ちに持ち込めば、残った僅かな敵兵からなら魔族の女子供達が逃げる事は叶うだろう。
そうするしかない。出来れば我が導き、魔王として同胞を守護したかったが、ただこの身に力が足りなかった。
あと少し、例えほんの僅かでも魔力さえあればと、思わずにはいられなかったけれど……。
―日付が変更されました。現在貯金額は11.357G。1.1357Gの利息が発生します―
その時、突如として脳裏に声が響く。
内容からして『貯金』の能力、魔王銀行とやらの効果だろう。
利息が何の事かはわからぬが、今は金なんてどうでも良い。
今を切り抜けるのに必要なのは金じゃ無くて魔力なのだ!
そう、思った瞬間だった。
―複数回入金により『貯金』のギフトが拡張され、魔力貯金が可能となっております。本日の利息分を金銭で受け取るか魔力で受け取るかを設定してください―
……魔力? 受け取る?
欲しいのは魔力だ。僅かでも良い。魔力だ。魔力が欲しい。
迫り来る火球を見詰めながら強く念じる。
―魔力が選択されました。1Pの魔力が発生。希望により引き落としを行います。残魔力貯金額は0P。ご利用ありがとうございました―
声の終了と共に体内にほんの僅かな魔力が湧き出る。望みに望んだ、僅かな魔力が。
集中させても手を覆い切る事は出来ない。だが指一本分が覆えれば充分だ。
ダメージは構わない。間近まで迫っていた火球に、左手を焼かれながらも魔力に覆われた指をぶつけて、弾く。
そして同時に手元に残った最後の武器、魔族の村で拾った折れた剣を、全力で魔術師に向かってぶん投げた。
縦回転しながら高速で宙を飛んだ折れた剣は、ざくりと敵魔術師の肩口を切り裂いて、胸の辺りまで減り込む。
肺は確実に壊れただろう。治癒の魔術を使える者が敵の中に居ないならば、アレは間違いなく致命傷だ。