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35 迫る戦い


 ダンジョンより帰還した我は、例の急成長による痛みに苦しみながらも、来る日の準備に追われて奔走していた。

 地獄の成長痛も二回目ともなれば多少は慣れ、普通に動く位は我慢出来なくもならなくもない。


 エシルの町や、その周辺の村は今かなりの速度で発展している。

 建物や道だけの話では無く、人口もかなりの勢いで増えているのだ。

 そう遠くない間に、我が民の総数は四千を突破するだろう。

 我としては冬の近いこの時期より、冬が終わってから来てくれた方が、備蓄食料や資材的にも助かるのだが、移民してくる方も早く食いっぱぐれない場所に居付きたいだろうから仕方ない。


 発展目覚ましい理由は幾つかあるが、最も大きいのはやはり金だ。

 今現在、我が領の景気は非常に良い。

 何故なら拡張の為の仕事が幾らでもあり、そして仕事に対しての賃金も充分に支払われている。

 我が魔物領やダンジョンで大量に財貨を発見した事にして、魔王銀行に溜まった金を、貯金額からすれば微々たる物だが放出し続けているからだ。


 仕事は拡張工事だけじゃない。

 人が集まれば治安は低下するが、集まった人の中から見込みの有る者を募って治安維持組織を組織する。

 性質的には自警団というよりも軍に近いだろう。中核のメンバーは初期からの我が民の中でも腕自慢の者達。

 具体的にはミストラやルネスだ。

 気さくで話し易いミストラや、時折目に毒だが色気のあるルネスの存在に惹かれて組織に参加する若い男も少なくは無い。


 他にも鍛冶師や彫金師、石工、錬金術師等の技術者も、ワケットに周囲と摩擦の無いように、親方では無く弟子辺りを穏便に招聘をさせている。

 大体の場合はそんな時に物を言うのはやはり金だ。

 特殊な仕事にしか興味を示さない頑固で偏屈な達人よりも、並に少し届かぬ腕でも構わないので家族に金に困らぬ暮らしをさせたいと願う、金に見合う仕事をする普通の者が我は欲しい。

 まあ永遠に並に届かぬ腕でいられても困るので、経験となる様に仕事はドンドン押し付けるのだが。




 そんな感じでやるべき事は無数にある。

 しかし今最も優先しなければいけないのは、北東魔族領との戦いに連れて行く兵士の編成だ。

 数は十名程の小勢でも構わない。

 それでも我個人が姉個人に助太刀するのではなく、我が領と北西魔族領が共同して戦う必要があった。


 何故なら、今回は我等の準備時間を時間を稼ぐ為に、北西魔族領が北東魔族領へ攻め込んでいる。

 彼方は既に出血を強いられているのだ。

 姉は恐らく我単体で赴いても気にしない筈だが、その配下は違うだろう。

 我等も血を流す覚悟を、例え規模の小さい勢力とは言えど、独立勢力である事を示す為にも見せねばならない。


 先程は十名程の小勢でも構わないと言ったが、寧ろ其れが我が領の限界でもあった。

 中立地域北部を守る砦の維持、エシルや村の治安維持、これ等を行いつつ抽出出来る戦力は、多く見積もっても矢張り十名程度なのだ。

 尤もこれはガルを連れて行かなかった時の話である。

 ガルは町に居れば、砦やエシルの町や村々も、短時間で駆け付けれる強者なので、一人残すだけで全ての問題を解決出来てしまう最強の札だ。


 けれどだからこそ、最も危険の高くなる戦場にこそガルは連れて行きたい。

 危険な戦場でも、ガルと共に居れば連れて行く兵士達の多くは命を失う危険性が大幅に減る。

 では一体どうすれば良いのか。

 実の所、我やガルには及ばずとも、単体で圧倒的な力を誇る者はもう一人いるのだ。

 そしてその者に足りぬ判断能力を補える指揮者たる者も。




「うむ、なのでな、すまんがリリー、そしてサーガよ。二人はエシルの町で治安維持だ」

 居残りを告げる我の言葉に、リリーはわかり易く頬を膨らませて、サーガは哀し気な視線を向けて、二人して不満を訴えて来た。

 だが此処は我も折れる訳には行かない。

 恐らくサーガは、我が一度言った以上は此れが決定である事は理解している。

 あの表情も純粋に、連れて行って貰えないのが哀しいだけだろう。

 いやまあその方が心には刺さるのだが、流される訳には行かないのだ。


「良いか、リリー。此度我が戦うのは北東魔族領の支配者だ。汝を抱えて戦える相手では無い。それにな、汝が残ってくれねばこの町や民等に危険が迫った時に対応出来ん」

 自惚れで無く、リリーが一番懐いてるのは間違いなく我だが、彼女は自分に魔力を分け与えてくれた女魔族達の事も、ママ、養いの母として慕っている。

 故にリリーはサーガと組ませればキチンと言う事を聞くだろう。

 我も以前はリリーが如何動くかわからない危険な存在だと見ていたが、今では彼女に町を任せて良いと思える位に心は許した。


「サーガよ、ミストラとルネスは連れて行くが、マリオーネは残す。シュシュトリアにも協力を頼む故、町は任せた。砦とは連絡を密にせよ。リリーもな、サーガの言う事をちゃんと聞くのだぞ」

 生存能力、兵員の編成を考えれば此れが良いだろう。

 だが一つ忘れてはいけない約定もある。


「万一町に何かが攻め寄せた時、シュシュトリアは戦いに参加させるな。彼女を兵士としては扱わぬ約定がある。協力して貰うのは治安維持のみだ」

 シュシュトリアの母は夫を北東魔族領との戦争で亡くした為、娘を戦いに参加させない事を願っている。

 其れは必ず守らねばならない。

 もしシュシュトリアがこの町を守る戦いに参加したいと思うなら、母を説得するのは彼女自身の責任だ。


「アシール様、一つだけお約束下さい。必ず生きて戻ると。そう仰って下さるなら、私はお戻りになられる場所を守ります」

 此方を見据えて、サーガは言う。

 しかし、ふむ。『必ず』か。目を閉じ、少し考える。

 以前の我の実力では、北東魔族領の支配者の本気は引き出せるが、其処で殺されると姉は言っていた。

 姉は幾度も北東魔族領の支配者に領土を攻められているが、常にあしらい追い返していると聞く。

 つまり相性はあれど姉の方が確実に格上だ。

 そしてそんな姉と共同で北東魔族領の支配者に挑む。


 …………うむ。

「そうよな。まあ余裕であろう。侮りでも油断でも無く、冷静に考えても必要よりも大分鍛えたからな。だがそれじゃ足りんのであろう? 良かろう。サーガよ、『必ず』だ」

 最大限努力するでも、大丈夫だ、でもなく必ずと言われてしまえば安易な約束はし難い。

 だが以前の我に本気を引き出される程度の相手なら、恐らく問題は無いだろう。

 勝利条件は封印の為、単純に倒し、殺すよりも難易度は高いが、別にそれで相手の脅威度が増す訳では無いのだ。


 交わされた約定に、サーガの表情が安堵に緩む。

 まだ多少不満そうな顔をしているリリーを、摘まんでサーガに向かって放り投げ、慌てて抱き留める彼女の姿に少し笑う。


「魔水の作り方を教えよう。リリーの好物故、我の出立までに会得すると良い。この町で習得が可能そうなのは、今の所はサーガよ。汝位だからな」

 一つだが、覚悟の準備が終わった。

 出立までに済ませねばならぬ事はまだまだ多いが、必ず生きて帰る、その約定を胸に刻み、我は拳を握りしめる。



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