29 いざやダンジョン
そうして結局我はリリーとガルを供に、今ダンジョンを攻略中だ。
最初は見た目が単なる幼児であるリリーを連れて行く事は反対が多かったのだが、しかし外見は兎も角内包する魔力が町の者達より遥かに多い為、最終的には納得された。
しがみ付いたこの子が頑なに離れなかったのも原因の一つだけども。
そして実際に連れて来てみれば、まあ先程の通りの実力だった。
一応確認してみたが、我がリリーの母であるラーネを殺した相手である事はキチンと理解しているらしい。
その上で、我や町の魔族の女達は養い親と言う認識を持っている。
種子の間に話した事も、全てちゃんと覚えていた。
ならば良いだろう。
大きくなるまではのびのびと育て、その後に仇討ちを望むならその時は正々堂々と戦うだけだ。
ヒュッと宙を裂いて飛来した矢を、けれども我の眼前で横から人型になったガルの手が掴み取る。
普段は狼姿で過ごすガルが人の姿をしているのは、光源であるランタンを持ってくれているからだ。
べきりと圧し折られ、床に捨てられる矢。恐らく何処かで罠のトリガーを引いてしまったのだろう。
だが何処でそのトリガーを引いたのかがさっぱりわからん。
我もガルも、勿論リリーも罠に関しての技能は欠片も存在しないのだ。
なのでこのダンジョンに入ってから、罠は全て発動後に強引に突破して切り抜けて来た。
現在の階層は八で、この辺りまで来れば中位の魔物の中でも高位に近い実力者達が出始めている。
まあ中位の中での上下など、仮にも魔物領を突破した我やガルには関係ないが、魔物と同じ様に罠の威力も上がって行くなら、此方は少しばかり厄介かも知れない。
そんな事を考えながら一歩踏み出せば、踏み出した先の床からガコンと何かが嵌ったような音がした。
「……すまぬ」
今回は何がトリガーだったのかはわかり易い。我の踏み出した先の床が、感圧式の罠のトリガーだったのだ。
あまり意識してなかったが、どうやらこの場所は軽く傾斜しているらしく、遠くからゴロゴロと転がる岩が勢いを増しつつ迫って来る。
此れはアレだろうか。
下手に逃げれば岩の勢い、スピードと破壊力はドンドン増し、結局は追い付かれて轢き潰されるか、或いは咄嗟に逃げ込んだ横道に別の罠が待ち受けているかだ。
此れだけ大きな罠が動いた以上、此処で確実に殺さんとする必殺の意思を感じる。
今回の罠は我が発動させたのだから、我が責任を取るべきだろう。
リリーを確りと抱え直すと、転がり来る岩に対して此方も突っ込む。
衝突の直前に思い切り踏み込み、力を込めて突き刺す様な前蹴りを放つ。
確かにこの罠の破壊力は大きいが、転がって来るのは所詮は岩である。
逃げ回ったり避ける為に壁に穴を掘るよりも、我にとっては膂力で砕いた方が恐らく容易い。
スガンとめり込んだ足を中心に、岩には放射線状の罅が走り、そして砕けた。
もし此れが岩で無く鉄球だったら、魔力を使わねば怪我の一つもしたかも知れない。
万一その球が魔力を秘めた金属、例えばミスリル等で出来ていたら、上手く避けねば命の危険もあるだろう。
階層が下れば、或いはそんな罠も出てくるかもしれないが、けれどそんな質量のミスリルの塊が入手出来たなら、其れだけで一財産どころの話じゃ無くなる。
ミスリルの武器防具を装備した部隊を編成できるのなら、そんな罠に挑戦するのもまた良しだ。
無論そんな罠が出るとしたら、このダンジョンの最下層付近になるだろう。
先を楽しみにしながらも、取り敢えずはこの階層を進むとしよう。
このダンジョンは北西魔族領と中立地域の境辺りに存在する。
だが例え境辺りに位置しようが、此れまで中立地域はこのダンジョンに関わってこなかったので、実質的な所有は北西魔族領がしていると言えよう。
此処から北に徒歩で一時間程行った場所には、このダンジョンを攻略する為の拠点があり、其処はもう完全に北西魔族領内となる。
其の拠点の使用者達は冒険者や、冒険者との取引を目的とした商人ばかりで、拠点の規模は町と呼ぶには人口が少なく、村と呼ぶには物資や娯楽が充実し過ぎているらしい。
まあ拠点の話はさて置いても、重要なのは我等以外にもこのダンジョンの攻略に挑戦する者達が居る事だった。
つまりは先にダンジョンに挑戦した者達が持ち帰った情報が、ある程度だが存在するのだ。
現在知られている限りでは、最も深く潜って帰還した冒険者達は、十五階層まで到達している。
五階層までは下位の、六階層から九階層までは中位の魔物が出現し、十階層はワンフロアのみでボスの様な存在が居ると聞いた。
高位以上の魔物は十一階層から出現するそうで、要するに我等にとっての本番は十階層以降。
故にダンジョンアタック初日のこの日は、九階層の最奥、十階層への階段の目前でキャンプを行う。
大抵の事はこなせる我だが、残念ながら料理は然程得手じゃなかった。
煮るか焼くが精々である。
町に居ればサーガをはじめとした女等が何かと用意してくれるのだが、ダンジョンではそうもいかない。
冒険者がダンジョンアタックする時は、あらかじめ保存食を用意して持ち込むらしいが、だが食糧は荷として嵩張るし、何より保存食は不味いのだ。
では結局どうするのかと言えば、魔物領の時と同じく魔物の肉を喰らう。
幻想魔術で平らな石を生み出し、其処に同じく幻想魔術で生み出した炎を、石が真っ赤に熱を持つまでぶつける。
九階層で倒したブラッディボア、真っ赤な毛皮の猪の肉に塩を擦り込んでから、真っ赤になった石の上に置く。
魔物の肉は、元が強靭な種であれば火を受け付けにくい場合があるが、今回は念入りに火力を上げておいたので無事に火が通り始めた。
肉の焼ける香ばしい匂いがダンジョンの中に満ちる。
中までじっくり火が通るまでの合間に、ガルには同じくブラッディボアの肉を生で、リリーには魔水をこさえて与えて置く。
我は焼いた方が美味いと思うが、ガルは人に混じった生活が長くなっても相変わらず生肉を好む。
リリーに関しては、そもそも魔力と水、魔水以外の物を摂取出来るのかどうかも良くわからない。
魔物であるのだから、リリーも己の身体が何を欲するのかは本能でわかってる筈だ。
今は欲しがらなくても、成長すれば我等と同じ様な物を口から摂取するようになるかも知れないし、気にしても仕方がなかった。
焼けた肉を素手で掴み、豪快にかぶり付く。勿論そのままなら火傷するので、手は魔力で保護している。
調理にも魔術を使い、更には食事にも魔力を使う。
もしこの場に他にダンジョンアタックを行う冒険者が居れば、魔力の無駄遣いだと目を剥く様な行為だ。
肉を噛み千切れば溢れ出す肉汁に、食べているのか飲んでいるのかわからなくなるが、まあ兎に角美味い。
数多ある魔物の種類の中でも、猪型の肉は臭みはあるが食べ易い部類である。牛型、豚型、鳥型、馬型、鹿型に続く位じゃなかろうか。
侵入者も、元よりダンジョンの中に居た魔物も、死んだ後に放置すれば骸はダンジョンに吸収される。
故に余らしてもダンジョンに返るだけなので、思い切り喰らい、また焼き、喰らう。
腹を満たしてひと眠りすれば、明日はボスとやらとのご対面が待っていた。
町で仕事漬けになる生活も決して嫌いじゃ無いのだが、折角の力を振える機会なのだ。
気軽に彼方此方に行ける身でも無い故、この今を思う存分に楽しむとしよう。