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28 植木鉢からよっこいしょ

 キチキチキチキチキチ。

 薄暗い石造りの廊下に、眼前の巨大なカマキリが前顎を擦り合わせる威嚇音が響く。

 スティールマンティス。巨大その鎌に掴まれれば、鋼の剣やフルプレートですら引き千切ってしまう事がその名の由来の一つらしい。


 ちなみに名の由来はもう一つあるのだが、まあ取り敢えず先に倒してしまおう。

 敵が一体なので前に出ようとするガルを制し、肩の上の幼子が落ちない様に片手で支えつつ前に出る。

 我の其の行動は、恐らくスティールマンティスには侮りの様に思えた筈だ。


 シャアアアアアアアアッ!

 鋭い呼気と共に周囲に怒気を撒き散らしながら、しかし冷静かつ狡猾にも多足を巧みに使った素早い動きで、我が幼子を肩に抱えた側面、つまりは死角に回り込んで鎌を振り下ろす。

 実に正しい選択である。相手に隙があるのなら、其処を突くのは当然だ。

 だが魔物とはいえ所詮虫に言うても仕方は無いが、隙が露骨過ぎる場合は少し位は疑った方が良いぞ。

 残念ながら貴様にその助言を活かす次は無いが……。


 ギチリと、振り下ろす最中の鎌が動きを止める。

 スティールマンティスが渾身の力で足掻こうが、鎌は、それどころか身体だって少しも動きはしない。

 肩の上の幼子の手から幾重にも伸びた植物の蔓が、スティールマンティスの身体を縛り付けたのだ。


「よし、偉いぞリリーよ。汝が捕らえたのだから、始末は汝に任せよう。だがしかし中身は貰うぞ」

 褒めてやれば肩の上の幼子、以前に戦った植物型魔物の女王の娘であるリリーは、きゃっきゃと嬉しそうに笑う。

 けれどそのリリーの愛らしい姿とは裏腹に、リリーの蔓に捕まったスティールマンティスはミシミシと締め上げられ、ボキリと鎌が砕かれ折れる。

 グシャリグシャリと潰れて行くスティールマンティス。


 此れでも下位の魔物とは比較にならぬ力を持った中位の存在なのだが、仮にもリリーは女王の遺した種子に、多数の魔族等が魔力を注ぎまくって孵った娘だ。

 鋼を引き千切れる程度の強度では相手になりはしない。

 そして我は手を振う。

 砕けたスティールマンティスの身体の中から飛び出し、リリーを貫かんとした細い何かを、薄く圧縮して刃の如く鋭くした魔力を纏った我の手刀が切り裂いた。

 切り裂かれ地に落ち、暫くうねうねと動いていたが、やがて力尽きて命を失った其れ。


 此奴こそがスティールマンティスの名の由来のもう一つで、先程我が言った中身だ。

 鋼虫。鋼の外郭を持つ寄生虫で、スティールマンティスの体内に潜む。

 宿主の命が尽きたなら、這い出し近くの生き物の身体に潜り込まんとする習性を持つ。

 スティールマンティスにギリギリ勝てる程度の実力者だった場合は、時折この鋼虫の犠牲となるらしい。

 無論我等には然したる脅威にはならないが。


「よし、では進むぞ。今日中にあと一階層は降りてしまいたいからな」





 姉との死闘と言う名のじゃれ合いを終えて町に戻った我は、当然だが町民達に大層心配をされてしまう。

 しかし事は町の未来にも大きく関わる話だったので、我は取り囲む民に解散を命じ、直ぐにサーガとワケットを呼び寄せた。


 そう、ワケットだが、此奴はすっかり我の臣の立場に納まっている。

 ワケットの行っていた人間との取引は、臣となる以上は表面上は他の者に引き継がせるよう命じ、以前と同じ様に秘密裡の取引しかさせていない。

 裏での取引も禁止にしないのかと驚かれたが、折角敵の情報が手に入るのに、その手段を我の好悪で放棄させるのは大きな損失だ。

 我は北東魔族領を脅威に思うが、同様に人間も脅威に思っているのだから。


 サーガにもワケットが町の管理に加わる事は了承させ、話し合いもさせたのでわだかまりも解消出来たと思う。

 そして遠からず北東魔族領からの干渉があり、其れに対応する為に北西魔族領と連携する事を話せば、知恵者である二人は直ぐに納得を示してくれた。

 だが北西魔族領から文官を借り、我が実力を増す為の……、修行って言葉妙な恥ずかしさを覚えるが、まあ修行に出る事には反対をされる。


 当然だろうとは思う。

 他勢力の者にこの町の管理に関わらせ、内実が漏れるのを喜ぶ筈がない。

 しかもその時には支配者たる我が不在なのだ。不安を覚えるのは至極当たり前の話である。


 けれども、我等にはそんな事を言っている余裕が無い。

 北西魔族領、北東魔族領、そして我が勢力、この三者の中で我等は最弱の存在なのだ。

 不安を覚えるなんて至極当たり前の話は、それでも今の我等には贅沢であった。

 どんなに不安だろうと、不安を飲み込んでやるしかないのである。




 我は当初、何処かの魔物領に籠って己を鍛える心算だった。

 しかし姉より派遣されて来た北西魔族領の文官は、其れは困ると言いだしたのだ。

 何でも我位の力の存在が領外から入れば、例え魔物であろうとも支配者は侵入者を警戒する。

 そうなれば総力を上げて侵入者の排除や、あるいはもっと予想の付かない事態に発展する可能性すらあると。


 言われてみれば頷ける話であったが、では如何するかとなった時に、勧められたのが北西魔族領と中立地域の境目付近にある迷宮、ダンジョンの攻略だった。

 ダンジョンとは第一期に造られたような古い遺跡や、天然の洞窟等に魔力が溜まって発生する魔物の一種だ。

 己の中に侵入者を誘い込み、トラップや魔力で生み出した他の魔物を使って殺して吸収するといった性質を持っている。


 けれども侵入者を誘い込む為の手段として宝物を生み出して設置していたりもするので、害ばかりの存在では決してない。

 成る程、そんな場所に都合よくダンジョンがあると言うのなら、騒動を起こす危険を冒してまで魔物領へ赴く必要は無いだろう。

 こうして、我が修行の為にダンジョンに赴く事は決定となる。




 だがそうなると最後の問題は一つ。

 それは鉢植えに植えた食部型魔物の女王、ラーネの子であるリリーの存在だった。

 我自身は毎日魔水をこさえて与えている鉢植えに芽生えたリリーの芽に、親愛の情の様な物を感じている。


 けれどもだ。

 我は其れでもリリーの母であるラーネを殺した存在で、そのラーネは南の魔物領の支配者である王鱗のグランワームを吸い殺そうとした危険な魔物。

 リリーに危険は無いと感情では信じたくあっても、目を離してはいけない存在だと理性は告げる。

 とは言え流石にダンジョンにこのでかい鉢植えを担いで行く訳にも行かない。


 故に悩みに悩み抜いた挙句、我の取った手段は対話だった。

 他の者達は疑わし気だが、何となく我はリリーの感情を感じる事が出来るのだ。

 まあ嬉しいとか、何ぞ話して欲しがってるとか、そんなふんわりした感情を感じるだけだが、其れでも何もせぬよりは良いだろう。

 駄目なら駄目で、ガルを置いて一人でダンジョンに潜るだけでの事。


 単独で危険地帯に赴けば、常に気配察知に気を張り、休息も取れずと苦労は目に見えている。

 だがそれでも危険かも知れないって理由だけで折角芽を出したリリーを屠るなんて真似は我には出来ない。保護するとの約定にだって反していた。

 鉢植えに生えた芽を前に、我は魔術で魔水を作成しながら話し掛ける。


「リリーよ。わかるか、我だ。今日の分の魔水を今やるぞ」

 声に反応する様に、芽は左右にぴこぴこと動き、喜びの感情が伝わって来た。

 しかし話は此処からだ。

 出来上がった魔水を注ぎながら、我は続きを話す。


「だがな、明日より暫くは魔水はやれん。我は暫し遠出するのだ」

 そう言った途端、喜びの感情は消え、芽がしんなりと折れ曲がる。

 思った以上の反応に、思わず慌てた。


「いや、まて、大丈夫だ。飢えさせる事はせん。他の者等に水遣りと魔力供給は頼んで置く。だからな、リリーよ。暫く大人しく帰りを待っていてくれぬか?」

 慌てて続けた言葉に、芽は折れ曲がるのを止めたが、其れでも何かを考える様にクルクルと回転している。

 意思疎通が想定よりも上手く行っている事に、内心安堵の息を吐く。

 此れならばちゃんと言葉を重ねれば説得は可能だろう。


 そう思った時だった。ずぼりと、芽の脇に手が生える。

 小さな小さな人型の手が。ふにふにと柔らかそうなその手は、見た目もサイズも、まるで幼児の物の様に見えた。

 急の事態に驚き、思わず言葉を失ったが、動くその手を確かめようと指を伸ばして見れば、その手はしっかと指を握る。

 そしてもう一度、ずぼりとまたもう一本手が生えて、同じ様に指が握られ……、今度は鉢植えから頭も生えた。


 持ち上げてみれば、ズルズルと全身が出て来て、指に捕まって宙吊りになった幼い女児の姿が。

 姿形の特徴は、魔族の其れに酷似している。

 ただ全身がうっすらとピンク色がかっている事と、頭に生えた芽だけが魔族の子供との違いだった。


「リリーよ、汝は根が本体だったのか」

 少しばかり呆けて呟く。

 魔族に似た姿は然程驚く事じゃ無い。ガルもそうだったが、魔物は魔力の影響を受け易く、我や魔族の女達から供給を受けて育ったのだから、姿形の特徴が似る事に不思議はないだろう。

 母であるラーネだって、人型の姿を持っていた。

 だから其処は良いのだ。

 でも母であるラーネは花の中央部に本体の人型が在ったので、当然リリーも花が咲けばその中央に人の姿があるだろうと思い込んで、花が咲くまでの成長を心待ちにしていたから、少しばかり呆けてしまったのである。


「……先ずは服だな」

 そんな感傷も、リリーが思ったより成長していた事への喜びも取り敢えずさて置き、裸のままなのを何とかせねばならない。

 我が手に掴ったまま離さぬ女児を見ながら、問題が思わぬ方向に解決しそうな事に、我は複雑な気分を少し抱く。

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