26 魔王vs魔王(後編)
我が懐から取り出したのは、紐で一纏めにした紙束だ。
其の一枚一枚にはシュシュトリアに術陣、陣形魔術を描かせている。
独学で本を読んで学んだ割には、彼女の陣形魔術への知識は深い。
余程熟達した術者の著した本だったのだろうか、少し疑問は感じるがまあ今はさて置く。
我が思うにシュシュトリアは魔術師に対するイメージが強過ぎたのだ。
そう言う物だと思い込むから、それ以外の発想が出来ない。
その点我は母の趣味である異世界文化の犠牲者で汚染者だった。陣形魔術を便利な道具として使う手段位は、頭を捻れば幾らでも思い付く。
発想さえあれば、確かな技術を持つシュシュトリアは其れを形にして見せた。
「ははぁ、面白い。紐に魔力遮断の術陣を記してるね。其れなら確かに周囲の魔力を吸収して発動する紙に描かれた陣形魔術は発動しない」
想像通り、やはり姉は一目でこの紙束の正体を見抜く。
例え姉が陣形魔術を習得していたとしても、あの距離から紐に描かれた術陣まで正確に読み取れよう筈が無い。
恐らくそういったギフトなのだろう。魔力の量、流れ、術式、其れ等を見抜く瞳。
間違いなく魔眼の一種だ。
「でも紙を紐から千切ればその時点から効果発動って訳だ。陣形魔術なんてマイナーな術をそんな便利に使ってるのは初めて見たなぁ」
この紙束、術札と称しようか。術札に記されている陣形魔術は十秒後、二十秒後、三十秒後に爆発する物が十枚ずつ。
紐から一気に千切り、姉の周囲に投擲する。
態々姉が此方の魔術を、まあ借り物だが、見抜いていると口に出すのは、己がギフトのヒントを我に対して出しているのだろう。
だから此れが通用しないのもわかっているのだが、うむ、我が姉はそこそこ見栄を張るのが好きな性格と見たので、無駄に魔力を消費して対処してくれる事を狙ったのだ。
どうせ実験用に持っていた物だし、術陣を描いたのは我では無くシュシュトリア。
陣形魔術の術陣を描くのは趣味の様な物と言っておったし、次は総計で百枚程用意させよう。
「くっくっくっ、確かに発想は便利で面白いが、こんな物は私には効かないのさ。愛しの弟」
うむ、勿論知っておる。
想定通りの見栄を切りながら姉が手を一振りすると、大量の魔力が渦巻き、爆発寸前だった十枚の術札が消滅してしまう。
もう一度手を振ればまた魔力が渦巻き、もう十枚。そしてそれは更にもう一度繰り返された。
……おお、知らぬ魔術だ。
思わず手を打ち拍手する。恐らくあれは魔術を打ち消す魔術だろう。
どんな理屈かはわからぬが、とてつもなく高等な魔術である事は容易に察しが付く。
シュシュトリアには悪いが、此れが見れたのなら術札を消費したのは安い対価だ。
出来れば魔術が好きなシュシュトリアにも、是非見せてやりたい程の高等魔術を披露して貰ったのだから。
「ふふふ、ありがとう、弟。もうわかったと思うけど、私のギフトはこの眼。全ての魔力と術式を見通す『解析の魔眼』さ。そしてさっきのは対抗魔術。完全に解析した相手の魔術に逆位の術式と魔力をぶつけて消し去る私のオリジナルだ」
拍手に気を良くしたのか、姉は自らのギフトを明かす。
……だが名前から察するに、恐らくその魔眼が解析出来るのは魔術のみでは無いのだろう。
魔術の解析を何度も行い、敢えて其れを口にする事で其れのみの能力だと思わせる腹なのか、それとも単に本気で魔術が好きで其方にしか活用していないのかは知らぬけれども。
「弟よ、私は魔術が大好きでね。一度解析した魔術は大体使えるのさ。だから礼を言うよ。君のオリジナルの保持出来る陣形魔術の術陣も有り難く戴くさ。中々便利そうな魔術だからね」
単に本気で魔術好きな可能性も低くは無さそうだ。
保持する陣形魔術は、我はアイディアを出しただけで、形にしたのはシュシュトリアなので別に奪われようが痛くない。
まあシュシュトリアには今度菓子を買い与えて謝ろうと思う。
しかしだ。一目見て解析し、尚且つ持ち前のセンスですぐさま其れを習得するとの言葉が本当ならば、姉と姉の持つギフトは恐ろしい相性の良さを誇る。
そして此れは想像だが、何故シュシュトリアが北西魔族領で魔術を学べなかったかが何となくわかった。
恐らくこの姉の存在が故に、北西魔族領の術師は保守的になっているのだろう。
ある程度の実力を身に着けた術師の多くは、やがて独自の術式を編み出す事に躍起になる。
オリジナルの、自分だけの魔術といった響きに憧れない者はそうは居ない。
だがオリジナルの術式を抱えた者は、其れを秘匿したい気持ちと、自分が亡き後も消え去って欲しくない気持ちの両方を持ち、直弟子のみに伝えたり書物に記してひっそり遺す。
無論失伝する事だって多いが、魔術はそうやって少しずつ厚みを増して来た。
けれどこの姉は、研究の果てに生み出した魔術を一目見て解析し、再現しては楽しそうにこう言うのだ。
『ふぅん、なかなか面白くて良い魔術だね』
……と。
怒って良いぞ、北西魔族領の術師達よ。
どうせ一目で魔術を再現出来てしまうセンスの塊の様な天才ならば、この姉は学び取るのは得意でも教える事は不得手だろう。
何故他人が其処で躓き、其れをこなせないかを理解出来ぬから、姉から他の術師への還元はきっと限りなく少ない。
故に一部の、この歩く魔術書の様な姉に心酔する者を除き、北西魔族領の術師達は閉鎖的なのだろうと思う。
あくまで想像に過ぎないけれど、あり得ない話では無い筈だ。
勿論其れが事実だとしても、其れは北西魔族領の出来事で我には関係無いのだけれど、我が民となったシュシュトリアはそれで過去に一度涙した。
だから後一度位は、姉に鼻血を垂らさせてやろう。
この戦いに於ける姉の目的が、我の力を量る事なのは既に察しが付いている。それが何の為なのかも。
大技の披露までさせて、魔力も其れなりに削りはしたが、姉程の魔王ならまだまだ保有魔力に余裕はあって当然だ。
だが簡単には負けてやらぬ。
その顔にもう一度、否、もう二度三度と拳を捻じ込むまでは、我は決して倒れはしない。