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21 陣形魔術の少女(後編)


 ワケットの雇った護衛の少女を、そしてついでにサーガも落ち着かせる為に場所を変える。

 幸い少女も直ぐに泣き止み、サーガに事情を説明してくれた。

 サーガも賢い少女だ。直ぐに事情を理解して、我に先程の態度を謝罪して来る。

 無論別に構わんのだが、此処で開き直って『勿論最初から信じてました』等と言わないのが、この娘の良い所であり、真面目過ぎて融通の利かない所だ。

 さて置き、何故護衛の少女がいきなり泣き出したのかと言えば、其れは彼女の今までの経験が故にだった。




 少女の名前はシュシュトリア、此処から北西にある魔族領の出身だ。

 彼女の父はその魔族領の兵士である。町を守る兵士の父は、彼女にとって誇りだった。

 兵士の給金は贅沢三昧が出来るほどでは無いが、父と母、そして娘一人が生活するには充分過ぎる物で、シュシュトリアは貧困とは無縁の幸福な生活を送っていたそうだ。


 その頃の彼女には一つの趣味が在った。

 亡き祖父が何処からか手に入れて来て彼女に与えた、陣形魔術の本の内容を実践する事である。

 その頃の彼女は他の魔術を然して知らなかったし、持ち前の好奇心と気の弱さが仲良く同居し、安全な場所で安全な程度の術を試す事が楽しかったらしい。


 しかしその生活は唐突に終わりを告げた。

 北西魔族領は、隣の北東魔族領と戦争中だ。正確には北東魔族領が一方的に北西魔族領に喧嘩を吹っかけていると言うのが実態らしいが。

 戦いは凡そ北東魔族領の者達が、北西魔族領に攻め入り、北西魔族領の魔王やその側近が動いて蹴散らす流れだそうだ。

 北西魔族領の者達は、いっそ逆に攻め入って北東魔族領を制圧し、戦争状態を終結させる事を望むのだが、肝心の魔王は迎撃にしか動かない。


 まあ仕方のない話だった。

 何故なら北東魔族領の支配者は死貴族なのだから、出来れば北西魔族領の魔王も触りたくないのだろう。

 さて、そんな凡その形が決まった戦いであっても、戦いである以上犠牲者は当然出る。


 そして不運な事に、ある日の犠牲者はシュシュトリアの父だったのだ。

 住民を避難させ、魔王や側近の率いる部隊がやって来るまで町を守って耐えた守備隊。

 中でもひときわ勇敢に戦ったシュシュトリアの父は、北東魔族領の支配者の手に依って犠牲となった。

 シュシュトリアの幸福な生活は終わる。




 北西魔族領では、戦死した兵士の遺族には弔慰金が出るそうだ。

 遺族年金では無いのは、魔族の寿命が長過ぎる為だろう。

 シュシュトリアの父は守備隊の中でも特に勇敢に戦った為、弔慰金の額も大きい。


 しかし其れが疎遠気味だった彼女の親戚の欲に火を付ける事になる。

 シュシュトリアの母は、娘と同じく少し気弱で、尚且つ頼りになる夫に守られて居た為に悪意にも疎かった。

 泣き付かれ、脅され、騙され、娘と二人で暮らして行くだけなら充分以上にあった筈の弔慰金も、あっという間に毟り取られたそうだ。


 日に日にやつれて行く母を見かねたシュシュトリアは、家を出て、冒険者の道を選ぶ。

 その頃の彼女は、己が陣形魔術を会得していたのはこの時の為だったに違いないと思っていた。

 兵士や傭兵の道を選ばなかったのは、戦争で夫を亡くした母の強い願いだったから。


 そして実際に始めた冒険者生活だったが、陣形魔術は扱いの難しい魔術である。

 行使出来るのと扱えるのは全く別の話なのだ。

 魔術師を名乗ってパーティに参加すれば、シュシュトリアは最後には仲間達から馬鹿にされながらパーティを追い出された。


 特に他の魔術を行使する者からの彼女への扱いは酷かったらしい。

 何時しか彼女は魔術師を名乗る事を止めてしまう。

 其れでも彼女は諦めずに装備を揃えて剣技を身に着け、冒険者として成長し、実家の母にも少しずつ仕送りが出来る様になって行く。

 気弱な性格は治らなかったが、其れでも成すべきを成す時には開き直る事だって覚えた。

 陣形魔術も便利な技能の一つとしては、他の冒険者達にも受け入れて貰えたそうだ。


 けれどもシュシュトリアは時折、パーティを追い出された事や、他の魔術を行使する者からの扱いを思い出す。

 そしてその度に涙をこぼした。

 何度も涙をこぼす内に彼女は漸く自覚する。

 自分の中に未だに魔術への憧れや、己の好きな陣形魔術で自分を馬鹿にした者達を見返したいとの思いがある事を。


 だが魔術を習う為には其れなりの金が必要で、実家への仕送りもするシュシュトリアにはその余裕が無い。

 仕事の合間の時間に魔術の本を借り、写本し、独学で学んではみても、知識は増えど他の魔術は扱えなかった。

 胸の内に燻る想いを誤魔化しながらシュシュトリアが冒険者を続けていたそんな時、彼女は驚きの光景を目にする。

 ワケットに護衛として雇われてやって来たこの村は、基礎ではあっても歴とした魔術技能である筈の魔力操作を、ただの村民達が仕事の合間に練習していたのだ。




 ……そして何とかその秘密を探ろうとして、今に至ると言う訳だった。

 まあしかし残念ながら秘密なんて無い。

 単に我が、魔王にして魔術の才溢れる我が、一人一人に魔力を操る感覚を教え込んだだけの事である。

 希望者を募ったら村民のほぼ全員が集まったしな。


「シュシュトリアさんもお父さんを……、其れにしても同じ魔族同士で争うなんて、信じられません」

 人間に父親を殺されたサーガは、シュシュトリアに同情しながらも魔族領同士の争いと聞いて怒りを見せる。

 だが我の感想はサーガとは違い、色々な意味で仕方ない。そして運が無いだった。


 例えばだが、北東魔族領の支配者である死貴族が北西魔族領を攻めるのは、北西魔族領の魔王が穏健派である事を裏切りだと感じているからだ。

 死貴族は人類側の神が、死貴族等の亜種を含むすべての魔族を滅ぼす事を決めた切っ掛けの種族である。

 故に死貴族の人類側の神への、そして人類にも深く憎悪を抱いていた。

 だからといって魔族同士で相争って如何するとは思うし、将来的には我が領も敵対される可能性が高いので決して仲良くは出来ないのだが、まあその憎悪を理解出来ぬとまでは言わぬ。


 そして何故北西魔族領の魔王が蹴散らす事はしても攻め返さないのかと言えば、死貴族は死を克服した種族故に通常の手段では死なないからだ。

 完全に滅する方法も存在するのだが、死を克服した存在を自認する死貴族にとって、同族の完全消滅はタブーであり、如何なる理由があろうと同種として復讐を遂げに来る。

 今の敵対している死貴族があしらえる程度の相手なら、より強い敵を招かぬ為に防戦一方となるのは、これまた仕方のない話だった。


 無論民にはそんな理屈は関係ないが。 

 この世界には、どうしようもない、仕方が無い話は幾らでも転がっている。

 済んだ事はどうしようもないし、終わった事は今更仕方が無い。

 己が望みが未だ胸に眠るなら、大事なのはこれからどうするかだ。


「で、だ。結局シュシュトリアは我から魔術を学びたいのか? 汝は我の不在の間に村を守ってくれた一人故に、其れは別に構わんが、ワケットはもう直ぐ村を出るぞ」

 彼女がこの村に来ているのは護衛の仕事の為だった。

 ワケットがこの村を離れる理由は、北西魔族領にて砦の設計が出来る技師を募る為だ。

 家なら兎も角、実際に堅牢な防衛力を必要とする砦は、我が適当に魔術でちゃっちゃとこさえる訳には流石に行かない。

 壁や堀は作れるが、其れもきちんとした設計が無ければ防衛力に穴が出来てしまう。


「学びたい……です、が、仕事はします。それに働かないと、母に仕送りが出来ないです」

 成る程、魔術は学びたいが冒険者の仕事をこなさねば実家が困る。

 だからより大事な方を優先すると言うのだ。

 それはもうやはり仕方が無い話だった。

 でも別にこの仕方ないは済んでも終わっても無いので、仕方ないで済ませるかどうかは関わった者達次第なのだが。


「そうかそうか。ではまあ全然関係ない話なのだがな。この村は、我一人で魔術を教えているが故に使える魔術の種類が限られておる。他の種類の魔術を教えれる者が居れば雇いたいものだ。なぁサーガよ」

 そう、例えば全く系統や使い方の違う魔術である陣形魔術なんてどうだろうか。

 チラリと横目でサーガを見れば、彼女はお好きなようにと言わんばかりに微笑んだ。

 きょとんとしたシュシュトリアの前に、我は魔王銀行から金貨を一掴み取り出して、彼女の前にチャリチャリと音を立てて落とす。


「ちなみにな。我が村は色々あって女ばかり故、戦争で旦那を亡くした女が娘と共に移り住んでも皆暖かく迎えるであろう。まあどちらでも良い、何ぞ金貨を地に落としてしまった。汝がどうするにせよ、面白き魔術の話が出来た褒美にその金貨はくれてやる」

 支度金位にはなるだろう。

 別にシュシュトリアに同情した訳では無いし、かと言って誰にでも施しをする訳でも無い。

 別種の魔術を教える者が欲しかったのは事実であり、陣形魔術が我が村に戦術の幅を齎す事は本当に期待が出来る。

 そして何より、まあ、我は己の母親を大事にする者には報われて欲しいのだ。






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