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20 陣形魔術の少女(前編)


 朝、目を覚ますと、先ずは鉢植えを担いで家の前に運ぶ。

 ずっと水やりはサーガが、魔力の供給は村の皆がしてくれていたが、植物には陽光が必要だろうと考えたのだ。

 尤もまだ芽も出ていないし、この種子、リリーの母親のラーネは陽光を必要とするようには見えなかったが、まあ念の為だった。


 ついでに我も少しばかり水やりと魔力の供給を行うが、サーガや村の女達と同じ事をするのも魔王として芸が無い。

 一つ他の者達に出来ぬやり方を試してみようと、先ずは幻想魔術で土を固め、水を溜める為の器を拵える。

 そして水を、まあ此れも幻想魔術で出した物だが、器に満たす。


 よし、準備は整った。

 此処からが我にしか……、否、やり方を見ればもしかしたらサーガは真似れるかも知れんが、取り敢えず一応は今の所我だけが行えるやり方だ。

 魔力操作で水にゆっくりと魔力を流し込む。この際に、円を描く様に流し込んでやれば水が器から零れない。

 ゆらゆらと円をかいて器の中で回転する水に、流し込んだ魔力を同化させて行く。


 此れが村で真似が可能なのは恐らくサーガのみである理由で、水への魔力の同化は治癒魔術に通じる技術だった。

 流し込んだ魔力を全て水に同化させれば魔水の完成である。

 魔水は魔力の豊富な水源地で採取が可能な素材の一種で、水自体が強い魔力を帯び、錬金術で薬等を作る際に使用すればその性能を格段に引き上げてれるそうだ。

 大体魔水を湛えた水源地は強力な魔物が棲み付くので、魔水の素材としての価値は高い。


 まあ我には錬金術等使えんので、大した意味は無いのだが、単なる技術自慢と、後は植物型魔物の種子にくれてやるならこの方が良い気がしただけである。

 魔水を巨大鉢植えに注ぐと、ドクンと、鉢植えの中の土が脈打った。


「ふむ、嬉しいのか? そうかそうか、ならば良し。また明日同じ物をくれてやろう。明日とはな、一度日が沈んで夜になり、また日が昇って朝が来たら来るのだ」

 種子に言葉が理解出来るかどうかは謎だが、取り敢えず語り掛け、明日の意味を教えて見る。

 喜んでくれるのなら、思わずもっと与えてしまいたくなるが、植物に水を与え過ぎれば根が腐れて枯れるとの話を聞いた事もあった。

 それに何よりリリーの母親であるラーネの様に、我慢を知らぬ性質になられても困るので、種子の間からでも待つ事は教えねばならない。

 此れで水やりは終わったが、さて……。


「そこの貴様。我は水遣りを終えたが、其方は未だ用はあるか? 水遣りが面白い見世物だったとしても今日は終いだ。あまり多くやるのもこの子にはあまり良くないのでな」

 我が声を掛けたのは、器を作る少し前あたりから、熱心に此方を眺めていた一人の金髪の少女だ。

 確か彼女はワケットが雇った護衛の一人だった筈。

 顔を見た覚えはあるのだが、正式に紹介された訳でも無いので、当然名前は知らない。

 少女は声を掛けても此方に来る踏ん切りがつかないようで少しまごついていたが、のんびりと待っていればやがて恐る恐ると寄って来た。


「えっと、あの、……この村の皆さんが色々魔術を使えていて、何故だろうって思っていたら、狼にのった小さな子供が『おはなさんにマリョクをあげるんだよ~』って昨日教えてくれて、あの、それで」

 それでバカでかい鉢植えを担いで出て来た我を見て、此の鉢植えに魔術の秘密があるのかと観察していたと言う訳か。

 恐らく狼に乗った小さな子供は恐らくマーシャだ。

 マーシャは先日我の見舞いに来た際に鉢植えに魔力を注ぐ村の者達を見、自分もやってみたいと駄々を捏ねた。

 我の身体が治ったら、魔力のやり方、つまりは魔力操作を教えてやる約束をしたので、誰かに自慢したかったのだろう。

 其処で知り合った此の護衛の少女に、マーシャなりの理解で話をしたと言う訳だ。


「うむ、まあ単に此の鉢植えに植えてるモノが魔力を必要とするので、村の物の魔力操作の訓練の一環として魔力放出を頼んだだけだ。別に此の鉢植えに何らかの秘密がある訳では無い」

 我の言葉に、少女は成る程と頷きながらも、何処か残念そうな顔をする。

 好奇心が旺盛な性質なのだろうか?

 別に隠す事でも無いし、何よりこの少女はワケットが雇った護衛、つまりは我が不在の間にこの村を守ってくれていた者だ。


 多少の疑問になら答えてやるのは構わない。

 故に他に聞きたい事は無いかと尋ねてみれば、少女は表情を輝かせた。


「さっきのは魔水ですよね。魔水って作れるんですね。今日は終わりって事は明日また見せてくれるんですか? 器や水を出してたのも魔術ですか? えっと、それから」

 凄い勢いで少女は質問を重ねて来る。

 最初の恐る恐るした気の弱そうな仕草は何だったのであろう。

 勢い良く喋る少女の質問を、指を折って数えながら覚えていく。


「それから、私にも魔力操作は使えるようになりますか?」

 しかし最後に飛び出した質問は、少し我の予想外の物だった。




 はて?

 我は不思議に思い、少女の恰好を確認する。

 マントに、革の部分鎧で要所のみを守り、主武器は細剣。……スピード重視でテクニカルだが力に欠けるタイプだろうか。

 そしてサブに短剣と、遠距離用だろうスリングも所持していた。


 此れだけ見れば軽戦士に見えるが、彼女の腰には魔力を秘めた短杖も吊るされている。

 つまり何らかの魔術は既に使える筈なのだ。

 どんな魔術かは知らんが、魔術が使えるのなら基礎の魔力操作は出来て当然だろうと思うのだが……。


「えっと、私の魔術は陣形魔術なんです。其れも本を読んで独学で……、あ、あの、すいません。こんな事いきなり」

 思わず首を傾げた我に、慌てて自分の使用魔術を伝える彼女。

 いや、別に謝らんでも良いとは思うが、まあ其れが性分ならまあ仕方ない。

 難儀だなあとは思うけれど。


「陣形魔術……、ああ、罠魔術か。成る程それなら魔力操作は要らんな。しかし貴様、中々面白い魔術を使うのだな」

 護衛の少女が言った陣形魔術とは、地や壁に術陣を描く事で効果を発動させる魔術だった。

 操作の感覚が物を言う魔力操作を基礎とする魔術とは違い、陣形魔術は完全に知識量と手先の器用さが術者の腕を決定付ける。

 術陣を描く際に特殊な触媒を使う事で自然の魔力を集めて発動させる為、この少女の様に魔力操作が出来ずとも術を行使出来るのだ。


 ただし扱いはとても難しい。

 術陣魔術は術者の任意のタイミングで術を発動させる事が出来ず、描く際に条件を設定する必要があった。

 一分後に爆発を起こす術陣は描けても、果たしてどのようにその爆発に敵を追い込めば良いのだろうか。


 そもそも発動時間丁度に敵をその場に追い込める腕があるなら、普通に仕留めた方が早い。

 故に効果的な使用法としては、術陣を誰かが踏めば発動等と言った罠的な使い方が一番多くなり、罠魔術との別名も付いている。

 手っ取り早く殴って戦闘を終了させたい我向きでは無いが、使い方によっては実に面白い魔術なのだ。


「え? えっと、馬鹿にされないんですか?」

 不思議そうに少女が尋ねるが、馬鹿にする理由は特にない。

 扱いが難しいのと、使えないのは別である。其れに先も述べたが、陣形魔術は面白い魔術だ。

 この魔術の最も優れたる所は、術式の待機時間の長さである。


 通常の幻想魔術等では、術式を決めても発動させずに長時間留め置く事は難しい。

 以前の植物達の女王、ラーネとの戦いで我が術式を保持する為に彼女の攻撃を回避しなかった様に、他の行動に意識を割いて集中が崩れれば術式は霧散してしまう。

 その点陣形魔術は術陣が破壊されない限りはかなりの長時間保持が可能だ。


「発動の難しさも、魔力感知で発動を条件にして、術者が魔力操作で魔力弾でも撃ち込めば簡単に発動出来るであろうしな。……嗚呼、貴様は其れで魔力操作を覚えたいのか?」

 我に言葉に、少女は首を何度も縦に振り、そして急に泣き崩れた。

 おい待て、理由は知らんがいきなり泣くな。

 まるで我が泣かしたようではないか。しかも村のど真ん中だぞ。

 村の者が誤解したらどうしてくれる。


 そんな風に思いながら、慌てて泣きじゃくる少女を何とかしようとしたら、時は既に遅かった。

 彼方此方から、泣き声を聞き付けて様子を見に来た村民達の視線が突き刺さる。


 そして、

「アシール様、私の尊敬する魔王様。村民で無い、貴方の民で無い女性を相手に、一体其処で何をなさっているのでしょうか」

 少し据わった眼をしたサーガが村民達の中からやって来た。

 いやまてサーガよ、少し落ち着け。多分我は何もしてない。きっと何もしてない筈なのだ。



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