19 新たな民と、それ以外
数日が経過し、漸くまともに動けるようになった我は、早急に片付けねばならぬ問題である各隠れ里の代表者との顔合わせを行っていた。
この村に避難して来ている近隣の隠れ里の他にも、遠方からも含めて中立地域北部の全ての隠れ里の代表者がこの村に集まっている。
避難民に関しても、事態の終結は宣言したので徐々に己の里に帰って行くだろう。
我が動けぬ間に里の代表者達は彼等同士で協議を重ねており、取り敢えずはその協議内容をまとめた報告書に目を通して行く。
……固唾を飲んで他里の代表者が我を見守るので、正直読み難い。
だがまあ大体の内容は把握した。
今現在中立地域北部に存在する魔族の隠れ里は十七つ。
その中で我が民となり庇護を受けたい里が六つあり、まあ此れは以前から取引を通じて交流があった者達、カムラ・ダレラ等の近隣の里ばかり故に特に問題は無い。
そして残りの十一は、各里の代表者による議会を設けて協力し合う連合を組みたいとの話だった。
此処にいるのは皆、北東魔族領の支配者に付いて行けずに中立地域に移り住む事にした魔族達なのだ。
当然支配者に対する不信は持っているので成るべく自治権は手放したくないとの事なのだろう。
「ふむ、まあ話はわかった。我が配下となりたい六つの里に関しては問題無い。以前からの付き合いもあるしな。受け入れよう」
我が言葉に、六つの里の代表者は表情に安堵を浮かべる。
しかし残り十一の里の代表者は、我の言葉に不満を持った様だった。
連中からすれば、六つの里にも自分達と同じ形式を取って貰いたいのだろうし、散々連合に参加するように説得もしていた筈だ。
まあしかしそんな事は我の知った事では無いのだが。
「しかし議会制に関しては話にならんな。そうしたいなら勝手にすれば良いが、決定権を議会が持って、議会とは別に我を代表者にと言う話は受け入れられん。貴様等は貴様等で好きに生きよ」
我は読んでいた報告書をポイと投げ捨てる。
支配者には不信が在るので従いたくないのは彼等の自由だ。だが我が民とならぬ者達を我が庇護する理由は無い。
十一の里の代表者達は顔色を変えてどよめくが、お互い顔を見合わせるばかりで自分から何かを言って来る訳でも無かった。
話は終わりで良いのだろうか?
特に意見が無いのなら、話は終わったと考えて、受け入れる事になった里の者達と詳しい話を詰めたいのだが……。
恐らく、そんな我の思考を読み取ったのだろう。
十一の里の代表者達に任せたままでは我が話を終わらせてしまうと見て、各里に伝手を持つ中立者としての立場でこの場に参加していたワケットが溜息を吐いて手を上げる。
「魔王様、何故代表者と言う話が受け入れられぬのでしょうか?」
ワケットの発言に、十一の里の代表者達は次々に頷く。
……言いたい事があるなら自分で言えと思わぬでも無いが、話が逸れるので其処は堪えた。
そもそもワケットは我が如何に答えるか等、最初からわかっている筈なのに、何ともご苦労な事である。
「では逆に問うが、何故跪いて忠誠を誓う事を拒む者を我が庇護せねばならん?」
ワケットの努力に免じて、仕方なしに我は問い返してやる。
少し考えればわかる事なのだが、恐らくそもそも彼等には魔王という存在に対して誤解があるのだろう。
「ちゅ、忠誠を誓わぬ訳ではありません」
「そうですぞ。ただ我々は里の自治と全体方針への発言権を求めているだけなのです」
おお、なんだ。自分でちゃんと喋れるではないか。
喋れるのであれば相手をしよう。
彼等とて同胞たる魔族だ。別段最初から無下にしようと思っている訳では無い。
「貴様等が求めてるのは発言権では無く決定権だな。忠誠を誓わぬ訳でないと言いながらも、従わずに逆に議会を通して我を使いたいとの意思が透けるぞ」
我の物言いに、アレやコレやと喚き立てる十一の里の代表者達。
喋ってくれる様になったのは少し嬉しいが、流石に此れでは聞き取れない。
我がワケットに場を一旦仕切らせようと視線を送った時、その言葉だけははっきりと聞き取れた。
「魔王は我等を救う為の存在じゃないのか!」
……と。
「勘違いをしているらしいな」
五月蠅くされては話が出来ぬ故、魔力に圧を込めて発し、囀る彼等を黙らせる。
魔王は魔族を救う為の存在、其れが彼等の勘違いだった。
「この世界に魔王がやって来るのは、魔界の母に声を届かせれた者への褒美である」
我の場合はサーガがそうだ。
彼女は魔界の母に声を届かせ、助けを求めた。
古の戦い以降、母の存在は少しずつこの世界から遠ざかっている。
母が他所の世界を覗ける様になったのもそのせいだろう。
そんな状況で、魔族の中に遠くなって行く魔界の母に声を届かせる事が出来た者が現れた。
其れを母がどれほど喜んだか。
「褒美として母に送り出された魔王は声の主の願いを叶える。その為だけにやって来るのだ。魔族を救うのは別に存在意義では無い」
まあ実際に声の主の願いを叶えた後に魔族を助ける魔王が多いのは確かだ。
声の主の願いが魔族への救いだったり、同胞たる魔族への親近感だったり、縋って来る者達に絆されたりと理由は様々だろうけど。
要するに義務では無い。
「ならその者に願わせれば!」
そんなうっかりした発言を行ったのは十一の里の代表者の一人で……、以前我に村ごと自分の里に吸収されろと要求し、威圧に逃げ帰った小物だった。
同じ事を考えた奴が居ない訳では無いだろうが、流石に此奴は間抜けが過ぎた。
しかし如何に間抜けな小物と言えど、その発言は見過ごせない。
「成る程、つまり貴様と貴様の里、いや、他の里の連中もか? 取り敢えず貴様等は我が庇護する民に、しかも我がこの世界に来る事になった声の主に、意思に反した願いを行わせようと、そう言うのだな」
実は未だ身体は少し痛むのだが、ゆっくりと立ち上がる。
本当はもう既にサーガは我に願いを伝えているので、小物が言うような行いは不可能だ。
だがそれでも彼女に対しての害意とも取れる発言を、見逃す訳には到底いかない。
放っていた魔力の圧を更に高めれば、小物も、自分は違うと言いたげだった他の里の者達も、言葉を忘れて固まった。
「敵対宣言は確かに受け取った。今すぐ滅してやっても良いが、其れでも貴様等は同胞たる魔族。情けとして三日の時間をやろう。自分の里に帰って戦いの準備をするが良い」
半分は単なる脅しだが、其れでも半分は本気だ。
我が民となるにせよ、距離を置いて付き合うにせよ、或いは本当に敵対するにせよ、彼等の侮りと誤解は此処で粉砕しておく必要があった。
敵対するとの我の言葉に、小物は泡を吹き、残る十の里の代表者達は必死に首を横に振っている。
「魔王様、彼の妄言は彼だけの意思。決して里の総意では無いでしょう。他の里とて同じです」
我の威圧に横からストップをかけたのはワケットだ。
自ら威圧を止めるより、誰かに止める様に要請を受けて応じる方がらしいので、我としてもその物言いは有り難かった。
些か茶番染みてはいるけれど。
「そうか、ならば良い。その者は貴様等が我が納得出来る形で裁きを決めて通達せよ。我に話があるならばそれ以降に持って来い。我と我が民は現状では貴様等の連合には関わらん」
威圧を止めれば、表情に安堵を滲ませてコクコクと頷く十の里の代表者達。
小物だけは真っ青な顔色のままだが、以前の威圧でも懲りなかった此奴の事だ。
安易に許せば必ず似た様な真似を繰り返す。
まあそれでも余りに重い裁きが下った時には、助命だけはされる様に言ってやろう。
「では解散せよ。……否、すまん、一つ忘れていたが、其方からの通達はワケットが持って来ると言う事で良いな?」
一応確認する。
ワケットは出来る奴なので、話が早くて済むから、通達役となってくれればありがたい。
取引相手の多い連合側に些か同情的だった様にも見えたし、恐らくは引き受けてくれると思うが、ワケットとて行商人のリーダーだ。
決して暇な訳では無かろうし、此度のスタンピード騒動では其れなりに資産を放出した筈。
己の隊の行商人を食わす為に難儀しかねない様なら、あまり役割を押し付けても申し訳ない。
そんな風に思っての言葉だったのだが、しかしワケットから返って来たのは苦笑だった。
「いえ、私は魔王様の配下に加わりたく存じますので、彼等の陣営との取引は魔王様の許可次第と考えております」
ん?
此奴、此方側に来る心算なのか。しかもその言い方だと、遠回しに通達役は嫌だと言ってるも同然なのだが……。
連合側は大変だな。まあ裁きが決定したならば、取引の継続の許可は直ぐに出す心算だ。
誰が通達役になるかは知らんが、まあ話の通じる奴である事を願う。
そもそも今回の話だが、結局の所は我にとって話が如何転がろうが良かったのだ。
我が民に加わろうが加わるまいが、遠い関係を保っても取引相手としては価値がある。
単に都合良く魔王を使えるとの勘違いを叩いただけ。
どちらにせよ我の中で、中立地域北部の入り口に砦を設ける事だけは既に決まっていた。
人間や魔物が、無視して北部域に侵入出来ない規模の砦を。
その砦が在れば、我が民だろうがそうで無かろうが、北部に住む魔族は全て庇護の恩恵を受けるのだ。
何だかんだと言いはしたが、我とて同胞たる魔族への親近感と情は持っていた。
無論守るべき優先順位は、我が民となった者の方が上ではある。
今回の話は、まあ要するにそういう事だ。




