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10 行商人(前編)


 金の増え方が尋常では無い。

 無論村での生産がどうとかの話では無く、『貯金』の能力、魔王銀行に預けてある金銭の増え方だ。


 村の再建を始めて二カ月程が経った。

 当初はこの『貯金』の能力を、便利で助かる生命線の能力程度に考えていたのだが、……今では尋常でない金額の増え方に恐怖すら覚えている。

 我の能力の詳細や、現在村を支えているのがこの能力である事を知るのはサーガのみ。


 正直、サーガにしか話さなかったのは正解だと思う。

 恐らく計算せねばわからないが、半年も溜め続ければ金貨の価値自体を簡単に大暴落させれるだけの金銭を手に出来る。

 当然我が能力の詳細を知れば、何としてでも入手したいと思う者は後を絶たない筈だ。

 村の者達を我は信用しているが、どこから話が漏れるかは、其ればかりはわからない。

 サーガと相談した結果、今村を支える金は、襲撃者達から手に入れた金銭に我が魔界より持ち出した財貨を足して出ている事にした。


「無限にお金が湧くと知ったら、働く気を無くす人は居ると思います」

 とはサーガの言葉だ。

 確かに何時かは我の力無しでも、村の生産力のみで収支をプラスにする事を考えたなら、無限の財源の存在は負の要素になり得るだろう。

 我の持つ金も何時か尽きると思うからこそ、早く村を安定させようと皆が頑張ってくれている。


 折角のギフトを思う存分活かせないのは多少寂しいが、『貯金』は金銭を得るだけの力では無く、魔力を生み出す事も出来るのだ。

 今後は其方を優先して増やして行けば良い。

 何せ魔力は溜めれば溜めた分だけ、魔王としての直接的な力となるのだから。




 しかしまあ、今日ばかりは金が物を言う日である。

 割と今日を待ち望んだ者は多いと思う。

 以前から訪ねて来た他の里の者達に、行商人が訪れたなら我が村にも来るようにと伝えて貰えるよう頼んでいたのだ。


 そして今日こそが、その話を聞いた行商人が村にやって来る日であった。

 大人達には仕事の日当を支払っているし、子供達にも手伝いの褒美として少しばかりの小遣いを配り、ついでに少額の計算も教えてある。

 買い物をする準備は万全に整っていると言えよう。


 今この村で、少額の計算が行えないのはガルのみだ。

 奴は知力こそは低くは無いのだが、物を数えたり買い物をするといった概念の無い獣社会に生きて来たので、如何しても其れ等に馴染みが持てないらしい。

 だがその代わりといってはなんだが、現在この村で最も強い存在はガルだった。


 言葉を話す事は未だ苦手だが、進化で得た身体の動かし方にはすっかり慣れ、今では人型も獣型もどちらも万全に身体能力を発揮出来る。

 最も強い存在なのだから、当然魔王である我よりも強い。

 魔王銀行に『貯金』で溜め込んだ魔力を引き出して戦えば話は別だが、素の能力では勝つ事が難しい位の実力が今のガルにはあった。

 なので買い物が出来そうにない程度は可愛らしい弱点なので、欲しい物がありそうならば我が買ってやろうと思う。


 人型の身体を得て、その動きに慣れて以降、ガルの仕事は増えている。

 村の貴重な男手として、あれやこれやを頼まれる事が多いのだ。

 今のこの村に、他に男は我しかいない。だが魔王たる我には頼み事はし難いのだろう。

 そんな時にはガルが遠慮なく引っ張り出されていた。


 他にも村民の一部が自主的に、ガルと共に格闘術の訓練を開始したそうだ。

 その意図が何処にあるのかは、我は知らない。

 将来組織するであろう我が魔王軍での近衛でもめざしているのか、或いは単純にガルと一緒に何かをしたいだけなのか。

 まあどちらにせよ悪い話では無いので、邪魔をせぬように偶に遠目に観察している。強化魔術は視力の強化も可能なのだ。


 さて置き、そんな益体も無い事をぼんやりと考えて居ると、村の向こうで歓声が上がった。

 どうやら行商人が到着したらしい。

 女性特有の姦しい部分を発揮するだけの余裕が出来たのは喜ばしい事であるが、他所からの客人が来た時位は控えて欲しいと思うのは、果たして贅沢な望みだろうか。

 買い物を喜ぶのは女性の本能であるが故に、暫くは様子を見守るとしよう。





 視力強化で遠くから、行商人の様子を観察する。

 想像していたよりも行商人、……行商隊と言うべきだろうか、何にせよやって来た彼等の規模は大きく、村の広場を使って臨時の市が開催されていた。

 村の女性達が、この日の為に貯めていた金銭で買い物をする様はとても楽しそうで、まあ正直我も嬉しい。

 彼女等が喜んでいる事だけでも、行商人を呼んだ甲斐はあったと思う。


 市の様子を眺めていると、色々疑問も湧くが、色々と納得も行く。

 やって来て市を開いてる者の中で、行商人であろう者は、魔族が五名いた。

 といっても彼等は一つのグループで、雇い主に雇われ人四名なのだろう。ある程度の権限は預けられている様だが、誰が雇い主かはわかり易い。

 他に荷運びが数名居るが、首輪が付いているのでアレは奴隷だ。種族も魔族では無く全員獣人である。


 個人的に奴隷は好きではないけれど、別に目の前で虐待行為が行われている訳でも無いので、まあ良いだろう。

 後は護衛らしき連中が十名程。アレには注意を払う必要があるかも知れない。

 商人の護衛として来ているのだから、取引先の村で無体を働く事は無いと思うが、武力を売り物にする連中は時折我慢と配慮に欠ける事がある。


「ガル」

 名を呼べば、ふわりと気配が横に沸く。

 来そうな気はしたのだが、本当に来たので少しだけ驚いた。

 出も驚きは顔に出さず、人型の姿で現れたガルを振り返って要件を告げる。


「行商人どもの市を見て来い。欲しい物があったなら我に言え。後で購入してやろう」

 表情を崩さず、真顔のままに頷くガルだが、尻尾を思いっきり振ってるので多分嬉しいのだと思う。

 だが別に今回の指示はガルへのサービスの心算じゃない。

 この村で最強の男の姿を行商人達、或いはその護衛達に見せつけるのが目的なのだ。


 進化したガルの種族である黒狼人は、ステータスだけで語るならば大き目の魔王軍でも戦闘部隊長を務めれる程度のスペックを秘める。

 得た力に経験と知識が追い付いていないので今のガルは其処まででは無いけれど、しかし其れでも行商人の護衛からすれば明らかに格上の存在だ。

 決して護衛達が弱いのではなく、寧ろ彼等は以前に我が敵対した人間の魔術師以上の実力を、一人一人が持っていた。

 我一人で相手にするなら、溜め込んだ魔力を使わねば苦戦は免れない程度には、優秀な実力を持つ護衛と言えるだろう。

 中立地域を行く者の護衛を引き受ける位なのだから、実力者なのは当然である。


 だからこそ我は、護衛達よりも更に強力な存在であるガルを見せ、彼等に自制を促そうと思ったのだ。

 嬉し気に市に向かって駆けて行くガルを見送り、……そして後ろに控えるサーガを振り返った。


「サーガも行って良いのだぞ?」

 しっかり者であるが故に、あまり年相応の顔やはしゃいだ様子等を見せてくれぬサーガに、我は市へ行くように促して見る。

 だがサーガは我の言葉に首を横に振り、


「私は魔王様のお傍に居ます」

 そんな風に物分かりの良い、分別を過剰に弁え過ぎた返事を返して来た。

 我としては、そんな彼女だからこそこの機会に買い物を楽しんで息抜きをし、年相応の笑顔を見せて欲しかったのだが……、まあ仕方ない。

 楽しみを無理強いした所で意味は無いし、笑顔が浮かぼう筈もないだろう。


「そうか……。では後で我も商品を見せて貰う故に、その際はサーガも供をせよ」

 まあそれでも我は別に諦めたりしないが。

 傍に居ると言うのなら、傍に居たまま買い物させよう。だが別に何かを買い与えてやる心算は然程無い。

 何故ならサーガにも金銭は充分に与えているし、我は彼女に自分の稼いだ金を使う楽しみを味わって貰いたいのだから。

 我の言葉に頷くサーガは、ほんの少し微笑んでいた。


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