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真昼のスポットライト

作者: 城詰花

 今日こそ前へ進むのだ。久河享也ひさかわきょうやは己の心に固く誓い、決めていた。今日こそ部活のマネージャーであった、先輩でもありながら恋人でもある、二つ上の女性と。キス、してやる。自分のキャラでないと、周りには笑い飛ばされそうであるが、久河は本気の本気でそう決めていたのだ。

 ――部活。全国大会も、準決勝で終わった。負けることで悔しく思い泣けるほどに、部活に心血を捧げ、本気の本気で駆け抜けた一年間は、とても濃厚なものであった。久河は、負けたことで悔いてはいない。“きっと来年”なんて言葉で取り繕う気もさらさらないが、今年全力を尽くした。それなら来年はそれ以上の全力を尽くそう。そう固く胸に誓っている。

 その後も部活に心血を捧げ、学校生活を続けていると。なんと驚くべきことに、久河に恋人が出来た。二つ上でどこか人懐こく、けれど誰より負けず嫌いで、部を陰から支え続けた女性だ。

 結局この恋は叶ったわけであるが、発展途上な関係に彼は頭を抱えていた。手を繋いだり、頬にキスをする程度は進んだが、もう半年近く交際をしていて唇同士のキスを済ませていない。どんなデートを重ねても、彼女の無垢な笑顔を見ていると、口付けたいと唇を見つめてぼうっとしてしまうほどの自分が、汚いと感じてしまうほどだ。顔さえまともに見れず、彼女を不安にさせてしまうまでになっている。ああもう、恋する男の子には悩みが多い。

 最初は、何とはなく惹かれていた。何とはなく、部活に献身的に働く姿を見て好感を持てる相手。その程度で、まさか自分のようなタイプが恋をするだなどとは、思ったこともなかった。事実、付き合いだしてから中学時代の友人に遭遇し、傍に居た恋人である彼女を紹介すると。「久河が恋!?」超ド級で鈍いのに!? ――などと騒がれたほどだ。ほっとけ、とそっぽを向いていたが、隣に居た彼女は嬉しそうに笑って手をキュッと握ってくれるだけだった。その包容力には、何度も説き伏せられてきた。

 付き合う前こそ、甘酸っぱくて、苦しくて――幸せで。不思議な感情だな、と思い、別の友人にちょろっと話すと。


『え、享也。それ、恋っしょ』


 ――友人にそう言われ、は? と久河は眉をひそめて“何だ・それは”といったようすであったが。だからお前、先輩が異性として好きなんだって。その不思議な感情は、恋をしたときの症状なんだよ。『自覚ねーの? さすがだな!』ヒー、腹いてえ。と、友人には腹を抱えてげらげらと爆笑された。ついでに部活の先輩や同輩たちにも爆笑された。

 自覚をし始めると、色々と面倒なもので。視界に彼女――恵実めぐみという女性がちらつくたび、目で追うし。声をかけられれば、それだけで舞い上がるし。声をかけようとする勇気は、これでもかというほど少なくて。自分とは、積極性のないタイプであったのか、などと感じるのである。

 そしてそれは、恵実にも気づかれていた。『久河くん』


『最近、なんか……変わった?』


 恋人の恵実と付き合う前、部室で久河がお得意のテーピングのやり方をレクチャーしていたときだ。そう言われ、ただでさえ二人きりで緊張していたのに、そんな問いかけに久河は焦りに焦ったものの、少しは黙ったが。気のせいです。そっけなくそう言い返すと、わたしと一線置こうとしてない? わたしのこと、いやになった? 何かしたかな。そういった解釈をされ、問いかけられると、違う! と。久河はベンチから立ち上がり、少し強めに言えば、恵実は目を丸くしていた。


 ――けれどそこでも告白などが、できるわけもなく。


 すみません、と落ち着こうと深呼吸をしつつ謝れば、恵実は苦笑していた。全然いいよ、と笑うだけ。


『強く否定してくれて、うれしいよ。ねえ、久河くん。大会、絶対に優勝しよう。わたし、みんなもだけど……誰より頑張るあなたを応援するから!』


 日本一にならなきゃ。先輩たちに負けない素敵な選手にならなきゃね。――花のように。しかし少し照れくさそうに甘酸っぱい笑顔で恵実が言うと、久河は彼女を見下ろしていて言葉を選びに選んだが。


『はい。……必ず。』


 そう返すことが、先ず精一杯だったのだ。……

 だから、付き合いだした今こそ、今年はもう部内には居ないで卒業をした恵実が、今度は観客席で自分を。自分だけを見てくれるように、少しでも踏み出す。キスをして、心から好きだと伝える。そう思い続けて、――本日。時の流れとは早いものだ。付き合いだして、あと少しで半年になってしまう、夏。

 地方の大学に入学した恵実とは、最近はもう一緒に二人きりで居る機会もほとんどない。電話は欠かさないし、会えた時はめいっぱい抱きしめているし、好きだというキモチだって伝え続けている。けれど、久河はいつも電話をしたあと(もっと話したい。もっと、そばに居たい。)大きな大きなため息をついていた。

 ――夏終わりの今日。恵実の住んで生活している大学へ、飛行機でひとっとび。学校の課題の関係で帰省が出来ない恵実に、会いたいな。と、ぽつりと言われたのだから、もう我慢が出来ない。久河は彼女に会いに来た。そして、今日こそ。しつこいかもしれないが、久河の決意は固い。今日こそキスをして、ずっとそばに居たいと心から思っていることを伝えると決めていた。――決めている。ことごとくこの半年間はタイミングを逃していたので、会って好きで仕方ないことを表現する。それにはキスだと安直にだが考え、了承を貰ったあとに必ずすると専念することにしていた。こんなことを友人や先輩たちに言ったら、息が出来ないほどに笑われ、挙句笑い死ぬかもしれない。ということで、今回の目的は久河の心の中に秘めたる想いと計画でもあった。

 空港に着くと、キャリーバッグを転がしながら久河は腕時計を見る。短針が、午前十時過ぎをさしていることを確認する。恵実には、空港からそのまま彼女の住んでいるアパートへ向かうと伝えておいた。それこそすでに色々な事をすることを宣言しているようなものではあるが、カーブをかけて言うことが久河は苦手だったのだ。

 出口へ向かい、最寄り駅まではバスで行くか。そう考えて、夏の日差しにみずみずしい初夏の匂いがする田舎の香りを感じ、こういうのも悪くない。そう思い、一歩一歩を踏みしめていると。


「きょーやくん!」


 耳に届いた声に、驚いて目を見開き固まった。顔をあげれば、そこには恵実が手を振って自分に駆け寄ってくるではないか。まさかすぎる展開に驚き、硬直して久河はそばへやってきた恵実を見下ろしている。


「はー、間に合った。やっぱ待ちきれなくて、来ちゃいました!」


 あっはは、と笑って言う恵実に、久河は呆気にとられていたが。


  ――三か月と少し、会わないだけだったのに……。


 また綺麗になった。そう、心底感じた。染めた落ち着いた色の茶髪を伸ばし、それを左サイドにやって花柄のシュシュでくくっている。服もふわふわしたレースがひらつく白いワンピースで、網目の夏らしいサンダルには黄色いコサージュが花開いている。少し日に焼けたペール系の小麦色の肌は、よく外に出ている証拠だ。


「享也くん?」

「あ、ああ。……久しぶりっす」


 うん。恵実はめいっぱい微笑み、久河の手を握って言う。「久しぶり!」


「よーこそ田舎へ!」


 にっこり笑って言う彼女の久しぶりな笑顔に、久河はぼうっと惚けていたが、慌てて目をどうしてか逸らした。顔が熱くなることを自覚したからだ。しかし、どうかした? と問いかけて顔を覗き込んでくる彼女の瞳は、ちっとも出会ったころと変わらず、想いがいっぱい詰まっているよく輝いたものであり続けていた。この瞳に映れる自分の今が、幸福で。


「……ああ。逢いたかった」


 だが、迎えに来ることはなかったんじゃないか。恥ずかしさを紛らわせながら視線を外して言うと、あっははと笑って恵実は首を横に振った。「わたしが早く会いたかっただけだから!」仕方ないでしょ、素敵な彼氏さんとの逢瀬だもの。そう言って、手をキュッと握られるので、久河も握り返す。バス停、行こうか。二人は歩きだす。

 高二の勉強はどう? 部活楽しめてる? またかっこよくなったね、さすが我らが誇る享ちゃん! ――久河の恥ずかしさゆえの、不器用な返しにもめげずに、恵実はたくさんの質問をし、感想を述べた。時折頭をかかえて、こんな可愛い生き物なんで居るんだ! などと思って久河は答えに惑うこともあった。

 ――蒸し暑い地方の天候に、まだ身体が慣れない。照りつけて、じりじりと鳴き出しそうな地面の逃げ水を見つめる。しかし、辺りの緑はいっぱいだ。山が見え、海も見える。享也くんと海行きたい、と赤くなって笑いつつ言う彼女は、「水着姿みたいー!」などと一人でべしべしと久河の背中を叩いて騒いでいた。相変わらずだなと思いつつ、「んな簡単に見せるわきゃないっす」と、いじっぱり。そりゃそーですよねと笑いながら、バス停の日陰に入って二人してベンチに並んで座る。

 ベンチも多少、熱を持っているな。少しそんなことを感じつつ、少し黙っていたが、恵実が口をひらく。「享也くんさー」少し、恥ずかしげに。


「もう半年くらい経つね、付き合いだして」


 どう思う? ――手を握られてそう言われ、久河は硬直して黙る。先へ進むためにこの逢瀬旅行計画を練り、やっとの思いで口を開いた。「ああ」


「俺は、正直ここまで続くとは思わなかったな」

「えー! それショック……わたし、これでもずっと続くって信じてたのに」

「まだ終わってもいないだろ。不吉なことを言うより続いてることを噛み締めていることでいいっすから」

「そりゃそうだけども……」


 はああ。とため息をつく彼女に、そう返すことで精一杯で。めいっぱい愛して行動に移すと決めているのに、なかなかできない自分に劣等感を感じつつ、問いかけ返す。


「あんたこそ、こちらで引く手あまたじゃないのか?」


 そう問いかけると、恵実は「えー」と苦笑して少し黙ったが。正直、結構告白はされてる、と頷いた。


「恋人いないって思われてるっぽいんだよね。まぁ遠距離で王子様と結ばれてますって言って全部直ぐ断るけど、なかなか……。たぶん、大学生になってすぐ浮かれて彼女作りたい男の子ばっかりだからだと思うけど」

「……。あんたが良い女だからという自覚はないのか?」

「え、褒めてくれるの?」


「褒めるも何も……」事実を言っただけっす。フン、とそっぽを向いて赤くなり久河は言う。恵実はじわじわ赤くなり、彼に寄りかかった。


「わたしの彼さん、やさしいなあ〜……」

「周知の事実っすね」

「自分で言う? あっはは。やっぱ享也くんだね!」


 ちなみに今日、傘持ってきた? わたし急いでて、忘れちゃって。そう困り顔で言う恵実に、無論と折り畳み傘を見せる。


「ゲリラ豪雨には注意しないとっすから」

「しっかりさんだなぁ」


 苦笑して言う恵実であったが、不意に自分たちの足元が暗くなる。視線を持ち上げてふと空を見ると、“向こう側”の空が暗くなっていることに気がつき、少し沈黙が流れたが。


「って……。雨、降りそうだね」


 恵実はそう言って、バスだって時間になっても来てないし。そう言って、ため息をついた。「空港のそばなのにバス来ないとかね……」


「色々こまった場所ですよ。はあ。……駅まで歩いてく?」

「距離は遠くないの?」

「うん。十五分くらいかな。あのね、可愛い喫茶店が駅前に出来たの」


「そこの抹茶ジェラートが、すっごく美味しいんだ!」ガッツポーズを作って言う恵実に、また食い物っすか・と、久河はジト目で見る。


「でも、雨が降ったら、」「相合傘すればいいでしょ!」


「そっちのほうが楽しいし」せっかく久しぶりに逢えたんだからさ。楽しみながら行こう! ――笑って手を取られ、自分もベンチを立つと恵実に軽く引っ張られる。手をつながれたままで、(そうだ。この人は、こうと決めたら頑固な人間なんだ。)それでいて、そこが好きでもある自分が居る。止めることもナンセンスだと思った。手を握れるだけ嬉しいのだから、まあいいかと、歩きだす。

 しばらくは、学校での話をよくした。先輩であった恵実の代が、卒業してからの生活の変化や、下級生とのやりとりに戸惑ったこと。勉強も既に大学受験を見据えてしはじめてはいるが、部活との両立はなかなかにハードであるということ。それを恵実は幸せそうな表情でかみしめるように聞き、嬉しそうに頷いていた。表情は水に濡れたように生き生きと輝き、めいっぱいに笑う。「享也くんも人間なんだよね」


「どういう意味っす、それ」

「いやいや、まんまっすよー? だって完璧主義で、何かを失敗することがことごとくなくって。いつも沈着なあなたが取り乱すなんてイメージできないって、高校のときもみんなに言われてたよ。あ、レギュラーの同輩たちあたりはわかってたけどね! っはは。……本当は、すごく人間らしいよね」


「あなたの努力を惜しまない姿勢が大好き。かたくなに自分の考えを曲げないのは、きっと信念があるから」なかなか今の、日本男児にない姿勢を持ってるよね。くすくす笑っている恵実の笑顔に、心の裏がくすぐられるようでじんわり赤くなるが、大好きという言葉が嬉しくてたまらない。受話器越しでもなんでもないこの距離が、ただ愛しい。


「……言っとけっすわ」

「うん、言っとく!」


 嬉しさのあまり、小さなため息もこぼれるものだ。口元をほころばせて目を伏せ、本当に愛しいと思うからこそ、手を強く握ることでお礼を言う。その意図がわかっていた恵実は握り返し、久河に寄り添い歩き続けていると、鼻先にぽつりと水滴が。


「……雨だ」


 お空真っ暗だよ。傘入れてね? ――そう屈託のない笑みで言うのだから、久河は断れるわけがない。というか、断るわけがない。頷き、鞄から取り出した折り畳み傘を開いて、自分と恵実にさした。ぽつ。ぽつぽつ。ぽつぽつぽつ。……雨が、少しだけ強くなる。その音色のテンポが速まるたび、肩に落ちる雨を冷たく感じた。久河は極力、恵実を濡れないようにしていたが。


「こら、ばればれだから」


 もうちょっとこっち来なさい! 風邪ひくでしょ、と恵実は久河の腕を引っ張り、自分の肩を外に出す。しかし久河は、構わない・あんたが濡れると困るんす。そう言う。が、似た者同士であるわけで、恵実は同じことを言い返した。「享也くんが濡れると困るの」わたしのほうがね。そう言って、結局二人そろって片方の肩を濡らし、歩道を歩き続ける。そして少し考えたが、それならと久河は恵実の肩に腕を回し、手で肩を隠した。彼女の華奢ななで肩が濡れてしまうことが、いやだった。ただそれだけだが、気が付くと大胆な事をしていた自分に驚いて赤くなっている。しかし、もう後には引けないので、手だけを濡らしていると、惚けていた恵実がそっと自分を引き寄せ、――抱き寄せる。久河の身体に触れると、もう半年の仲であるのにじわじわ赤くなって言葉をなくし、どうすればいいのかわからず困ってしまう。

 ――しばらくは、無言だった。雨音を愉しんでいるふりをして、お互いに密着した身体に焦りを抱くことを、一生懸命にぬぐうように歩き続ける。コンビニの前を通りかかれば、ビニール傘が五百円で売っていることに二人は気が付いたが、それも見ないふりをした。

 もっと、そばにいたい。近づいていたい。思うことは遠距離同士の身で、好き合う二人なわけで。恵実も、久河と同じ気持ちで、同じ意気込みで今日を迎えていたのだ。握り合っていた手は、自然と恋人繋ぎになる。指をからめて、力強く愛を注ぎこむように握り直す。傍から見ればそれは、想いあう恋人同士であるが、いつまでも、まだなのか? というほど初々しい気持ちを持つ二人にはなかなかに挑戦した形の姿だ。だからこそ、久河は口を開いた。「恵実さん」


「……ん……」


 始めて、今日。名前を呼ばれた恵実は心より嬉しいが、大人しい返事をし、歩き続ける。久河は続けた。


「気づいてました?」


 そう零され、惚けたが。彼の顔はわざと見ないで、恵実は浅くうなずき、苦笑した。「そうだね」


「ちょっと、期待してたかな。……だって、もう半年だよ?」

「ああ」

「よく続いてるなって享也くん言ったけど、それより期待することのほうがわたしはおっきかったの」

「……そっすか」


 いつもならニガテなこの雨も、今は花が降っているように見えるんだ! ――そう言って、照れ臭そうに笑い恵実は目を伏せた後、唇に指をやる。リップケアはきちんとしてるけれど、本当に彼でいいのかな。なんて、今更なこと。……

 肩に手をおかれていた手が離れる。その濡れた、部活に心血注ぐゆえの無骨な指は、依然として恵実にとっては酷く魅力的だ。やがてそれは、自分の頬にぴたりと触れる。どんどん熱を吸収しているかのように思えるほど、雨水でちょうどよく冷えており、心地がいい。歩調が、ややスローテンポ。それからそっと立ち止まり、りんごのように赤い頬で久河を不安げに・けれど嬉しさのあまりに困ったような、恵実はそんな表情をしていたが。傘が、下りてくる。……


「……恵実さん」


 名を呼びながら、目の前の美しい男の顔が近づいてきたので返事をしようとしたが、すでに自分は夢にまで抱いた欲求のせいで返事も出来ず、ぎゅっと目蓋を閉じてやや斜めに首を傾げた。手を二度握られたかと思えば、次の瞬間には口付けられている。

 温かくて。胸から“大好き”という気持ちが、きらびやかなピンクの飴色になって、溢れだしてくる。甘いキスだな。そんなことを思い、目蓋の裏には久河と。部の皆と過ごした高校時代が、これでもか・というほどに、映っては過ぎてゆく。そっと目蓋を開けば、久河はまだ目蓋を閉じたままキスを続けていた。長い睫毛が、悔しいほどに美しい。結構よくばりなんだね、享也くん。などと思って、心のなかでクスリと笑い、めいっぱい久河の手を二度握り、片手では彼の頬を撫でていた。

 温度が行き交う中で折り畳みのその傘は、二人のキスシーンを隠し続けた。



*



 長いキスのあと、久河は赤くなって余所を向きながら。唇をおさえて言葉を探している。しかし、見つからない。計画を立てていた中では、きちんと了承を取ってするべきだと思っていたのに、なんなんだよこの有様はと自分を心の中で罵った。けれど、恵実はもう我慢が出来ない。久河の手をきつく握って。


「大好き、きょーちゃん!」


 そう言って、ちぎれんばかり尾を振って飛びかかる犬さながらの姿で抱き着いた。多少はよろけたが、目をしばたかせていたものの久河は受け止める。


「享也くんって、ほんっと罪な子。……わたしばっかりで、不安だよ」

「いや、その。……悪かった。…………俺も」


「事後報告で悪いが……」耳まで赤くなって余所を向いていたものの、視線をきちんと合わせて、恵実の髪を撫でて言う。


「好きだ。……大好きっす、本当に。ずっと、……キスも。その。したかったし」

「……うん」

「どういう流れでとか、考えて、頭を抱えてました。……だが、結果的には……好きなあまりの衝動というか……」


「けど、俺は初めてした相手が、あんたで本当に嬉しい。」その正直で真っ直ぐな言葉に、(これだから好きなんだよ。)享也くんてやめられない、とくすくす笑い、頷く。「わたしも始めてのキス」


「あ、お父さん以外でね。……ねぇ。遠距離でも、結構わたし今すっごくすっごく自信あるんだよね。いっぱいすれ違って、それで不安になって、喧嘩もいっぱいするだろうけど。その百倍、たくさん好きって、本気で言い合おうよ。言葉の効力薄れるんじゃないのってくらい言い合おう! 好きって思ったら、好きって直ぐ言おう。わたしは享也くんから、一ミリも目逸らさないから!」


 そんな関係がいいな。――正直な久河に、正直な気持ちでそう返した恵実に、口元を小さくあげる。


「……俺も。逸らさないよ」


 タメ口で。……――きっと、何度この季節が巡ってきても、この甘酸っぱい気持ちとくすぐったいほど嬉しい感情は、褪せることがない。――久河の心の中からも、飴色のきらびやかなピンク色が、溢れだしていた。


「じゃあ次! 今夜あたり、エッチいっちゃう?」

「ぶっ、!」


 笑顔で人差し指を立てて言う恵実に、盛大に噴き出した久河は真っ赤で言葉を失っていたが、げらげらと腹をかかえて恵実は笑っていた。「冗談だよ、冗談」


「わたし、そんなに尻軽じゃないよ?」

「どこがっすか! 恥を知ったらどっすか?! あんた最近先輩らに似てきたな!」

「それはヤダ! あんな思春期どまんなかクンたちだったら、色々忙しいもん!」


 いっぱいチュウして、それからね! ――眩しすぎるほどの笑顔でタックルをしてそう言うと、久河は戸惑いと驚きで傘を落としてしまう。しかし、見渡せば人はそばにいない。二度目のキスは、揃って隠さない思いの丈でいっぱいだ。恵実も久河も、遠慮せずに相手を想う心をぶつける。

 雲の間から顔を出した太陽は、陽射しのスコールで眼いっぱいに二人を照らし、さながらそれは真昼のスポットライト。その場所だけ雨が反射して宝石のように、きらきら輝いた。

等身大の年下彼女と、ちょっとはっちゃけた年上彼女さん。

以前のサイトではありがたいことに反響が良かったです(笑)


(PS,この作品は、二次創作で夢小説を書いていた際のものをリメイクして創作サイトに置いていたものです。内容が見かけたことある!と、思っても、とにかく自作で「創作のほうに向いているような……」と思い新たにリメイクして投稿させて頂きましたので、そう思ってもお気になさらないでくださいね^^)

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