露店でのふとした出会い
「あ。そこのトマト欲しいな。結構な量でお願いします」
「はい、分かりました」
露店に並べられた真っ赤なトマトをたくさん手に取り、買い物を済ませるミーアちゃん。
一瞬で目利きをして、いいものだけを選んで行くのは流石だなあ。
ミールちゃんだとよくわからずに適当に掴んでくるので、双子なのにこうも違うんだなー、と少しだけ面白く思っています。
「はい、どうぞ」
「ありがとね。ミーアちゃんはいいお嫁さんになるねー」
「っ……あ、ありがとうございます。―――まあ、マツリさんには負けますが」
「いや、どういうことっ!?」
俺は一応男ですからね!?
最近本当に忘れ去られているような気がするんだけど、多分気のせいじゃなさそうだ。
クセの強い髪の毛の先の方を弄ぶ。
髪がこれだけ長かったり、胸が大きかったり……元の男としての要素が皆無なこの身体では、確かにそう思われないのは当たり前のことなんだろうけどねえ。
精神的にも最近はあんまり性別という概念自体が行方不明になってきてますし、ここはどこかで男らしいところをしっかりと見せないといけないね。
「ああ、マツリさん。袋持ちますよ」
「うんー、ありがと。……あれ?」
―――こういう仕草こそ、男がやるべきことでは?あれ、うん?
ちょっと迷って袋から指を離すのを躊躇っていると。
「マツリさんは、見た目は小さな女の子なんですから。私が持つのは当たり前のことです。さ、指を離してください」
「……くすん……」
お姉さんに諭されているかのような構図になってしまった、解せぬ。
違うもん、一応精神年齢的には俺の方が年上のはずだもん!……でも女性の方が精神的な成熟が速いと聞くし、そもそも精神と肉体の年齢が必ずしも一致しているとは限らないので当てにはならないけど。
老成しているのか、子供っぽいのかでかなり意味合いは変わってくるし。
と、話がとんでしまった。あ、袋ですか、結局ミーアちゃんが持ってくれたよ。
男としての尊厳は今日もまた行方不明です。あと、そこまで小さくはないからね?あくまでも少女ですから、断じて幼女ではないのであしからず。
「あれ、ミーアじゃん。……そっちの子は、迷子?」
「え……ま、い……ご……」
「―――シンス。ええ、まあ。そっちこそどうしたの」
迷わずに一瞬にして迷子扱いされたという事実が俺の心をぐっさりと抉り取りましたが、そんなことなどつゆ知らず。
シンスと呼ばれた、騎士服を着た、栗毛の女の子がさくっと俺たちの方へと距離を詰めた。
あ、この子の騎士服……ミーアちゃんやミールちゃんの服とところどころの意匠が同じだ。
ということは―――。
「親衛騎士の人?」
「そうだよー、隣のミーアお姉ちゃんと同期なんだー。あ、同期ってわかる?」
「……待って、頭撫でないで。そもそもこの帽子見て何か不思議に思おうよ」
「んー。魔術師に憧れてる女の子?或いは魔法使いに憧れてるのかなー」
「憧れからまずは離れてください……」
わざわざ俺が被っている魔法使い帽子を取ってから俺の髪を撫でているのに、一切何も気にも留めないとは驚きだ。
剛毅豪胆というわけではなくて、どちらかというとこの人の性質は―――ひどく、呑気といいますか、天然といいますか。
自然体だなあ、と思うのだ。あと、何度も言いますが幼女ではないんだけど。おかしいなあ。
……あれ。ふと隣のミーアちゃんを見る。気が付かないうちに身体にとても力が入っていた。
「いやいやー白い髪なんて珍しいねぇ。お、よく見ればかなり別嬪さんじゃない。……ふふーん、お姉さんにもっとよく顔見せてくれるかな?」
「うん、ほんとぐいぐいくるねえ……まあ、いいけどね」
「やっりぃ!―――ほわ~なにこの娘の頬っぺたもちもちじゃないの、しかもすべすべで………あらま。近くで見ると本当に綺麗な子―――」
「シンス。嫌がっている、やめて」
「え、いや特に嫌なわけじゃ―――ミーアちゃん?」
「…………っ」
―――とても、悲しそうな顔だった。
そっか、ミーアちゃんは人と接するのが怖いんだ。
なんとなくだけれど、察した。
別にこの子を、シンスちゃんを嫌っているわけじゃない。ただただ、怖いのだ。
手袋に覆われた手が、小さく震えている。きつく握りしめられながら。
本当に怖いのは他人なのか。それとも……まあ、そこまでは分からない、というかどちらとも言えないけれどね。当人ですら分かりきってないものをことを、外野がとやかく言うものでもないし。
そういうのは依頼を受けてから、の話だ。魔法使いの領分となってから干渉すべきなのである。
……ミーアちゃんのためなら、少しくらいルールを破ってしまうこともあるだろうけど。ミーアちゃんやミールちゃん、シルラーズさんは俺にとって特別な人たちだから。
「ごめん、離してくれるかな」
「はいよ~。ありがとね」
まだ認識攪乱の魔法は効いている。ここまで接近されても、手で掴まれてもヘーゼルの冠の魔法は解けないのだ。
でも、それも流石にずっと長い間一緒に居れば、その効果がなくなってしまう。
あくまでも視線誘導に近いこの魔法は、関わりが強い相手には効きにくい。いや、本気を出せば完全に姿を消せるけれど、普段使う範囲では効力が薄まってしまう。
実際、双子やシルラーズさんなんかは、街中でもこの魔法を使っている俺を普通に発見できるからね。
だから、その前に一歩下がって距離を取る。
……そして、そっとミーアちゃんの手を取った。
「あ……シンス、ごめん。家に送るから」
「そうだね、迷子だもんねー。それにしてもミーア、非番の日くらいその騎士の服脱げばいいのに……」
「いい。問題ない」
「確かに人それぞれだから特に言えないけどさ。たまにはお洒落してみてもいいと思うなあ、ミーアは可愛いんだからさ」
「ありがとう。でもお世辞はいらない」
いっそ冷たく感じるほどの態度で別れを告げると、ミーアちゃんは俺の手を引いたまま、早足でその場を去っていったのだった。
ちらりと後ろを振り向くと、不思議そうな表情で、
「―――お世辞じゃないんだけどなあ」
と、首をかしげているシンスちゃんの姿が。
……そして、その右手には、微かに鼻をくすぐる、どこか憶えのある淡い香りを発する包帯が巻かれていた。
***
「ふう、買い物手伝ってくれてありがとね。これでまたしばらくは外に出なくてもよくなるよ」
たくさんの食材が入った袋を玄関へと置き、若干汗がにじんだ額を手で拭って一息をつく。
いや外に出ないからといっても、ニートというわけではないんですよ、そこだけはきちんと理解してほしい。そもそも家の外には結構出ているし(あまり行かないのは街中)。
そもそもが働いてますし。在宅勤務ですし。趣味も兼ねているうえに店としてしっかりと構えられているわけでもないから、働くというのは違うかもしれないけれど。
「何も、聞かないんですね」
「……うん。強制はしないよ。話したいときに話せばいいんだから」
「はい―――ありがとうございます」
ぺこりと下げられた頭を、ちょっと背伸びして撫でてあげる。
……今の俺よりも背は高くなっていて、俺に色々なことを教えてくれるからつい忘れがちだけど、この子たちはまだ年頃の女の子なんだよね。騎士だから、自立した生活をしているからといってその事実が消え去るわけじゃないのだ。
一応、年上ですから。そういう時はなるべく丁寧に接してあげたいのだ。心や精神という非常に繊細な部分なのだから特に、ね。
魔法使いが相談を受ける分野というものは多岐にわたり、そういったものにも対処しなければいけない。……そのために必要なのは、無遠慮と言い換えても差し支えのない程の行動力と、そしてそれに反するかのような共感性。
そして慎重さ―――というよりは思いやりの心っていう、ごく当たり前のそれだ。
ミーアちゃんはまだ、俺に打ち明けたいとは思っていないんだから、それ以上は踏み込まない。傷ついてでも踏み込むべきだと判断したその時までは。
ま、俺もまだまだ未熟者だから、その判断が難しいというのはあるんだけれど。逆に俺自身が傷つくことだってあるだろうし。
人間は小説よりも奇なる生命だからね。最後まで描き続ける物語、紋様というものは美しく、そしてとても危険なものなのだ。まるで、魔術師や魔法使いが記す魔導書のように。
だからこそ、寄り添うように人とは接するようにと心がけているんだけどね。
「まあ、ちょっとだけ話し方が変わったのは意外だったけどね。ミーアちゃんって誰にも丁寧に話すイメージあったから」
「………丁寧に話すのは……気を許した人だけですから」
「ん。じゃあ俺はミーアちゃんが気を許してくれた人ってことでいいのかな?だったら―――とても嬉しいな」
「普通なら二面性がある、などといって嫌うはずですけど……マツリさんは本当に変わっていますね」
また変わっているって言われてしまった……うーん、おかしいなあ。
ミーアちゃんのことを二面性があるだなんて思わないよ。だって―――君がそうして言葉を使い分けているのは、意図的なものでしょう?
まだ、深くは踏み入れないけれど、そこを勘違いしたりなんてしないよ。だって、大切な人だから、しっかり見ているもの。
「それでは、また。近々街の周辺の治安が乱れているそうですので、気を付けてくださいね。マツリさんはふらっと怪しいものにもついて行ってしまいそうで心配ですから」
「ぐ……あんまり否定できないのがつらい……」
「駐屯騎士達も警戒を強めているそうですが―――手が回っていないので、私たちの親衛騎士にも依頼が来ていました」
「そっか。ん~、ミーアちゃんも気を付けてね」
「はい。……私は姉さんと違ってあまり戦いが好きではありませんから。分は弁えています」
とはいえ、人のことは言えないにしてもミーアちゃんもここぞという時には無理しそうな性格だからなあ。
というよりも抱え込んでしまいそうな、か。
―――俺の方でも少し、調べてみようか。いや、依頼もあるし難しいかな……。ん~まあ、できそうなときにやりますか。
「じゃあね、ミーアちゃん」
「また明日です、マツリさん」
そうして、俺はミーアちゃんと別れた。
またね、と言い合って人と別れられるのは幸せなことなんだなって噛みしめながら。
……本当にこのセカイに来て、親切にしてくれる人と出会えたことを感謝しないといけないだろう。
「―――あ、そういえば」
ミーアちゃん自身が言っていたけれど、確かに一番最初に出会ったときのミーアちゃんは、今とは違い、少し冷たい印象を与える口調だった。
その頃よりもあの子の心に近づけたのだろうか。……だとすれば、友達として嬉しいんだけどね。
「さて、じゃあ俺も仕事の準備をしますかね~!」
いろいろと調べること、準備するものとたくさんあるからね。
……ということで、帽子と杖を置くと、書斎に向かったのだった。