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高嶺の花





「―――」

「カルアさん?」

「……え、なにかな?」

「いえ……あの、……。いや、何でもないです」


一瞬胸元を、よくわからない不安がよぎったが、気のせいだと思いなおしてカルアさんから離れる。

男らしい感触が無くなってしまったのは残念だけれど、きちんとした淑女(レディ)としては、きっちりこの人に対しても完璧な対応をしなければならないのです!


「本当にごめんなさい、お姉さん!」

「いいのよ、私も避けられればよかったんだけれど」

「私はフィリといいます、お姉さんは?」

「オノセトラよ」

「オノセトラさん!……あ、こちらの冴えない人はカルアさんといいます」

「どうも」

「カルア……さん。ですか」


あれ、いつのもなら冴えない人って失礼だなぁ、みたいなことを言ってくるのに。

今回は無反応だ、珍しい。やはり朴念仁なこの人でも、オノセトラさんみたいに綺麗な人を見れば反応するんだなぁ。

マツリさんなんか見た日には固まるんじゃないだろうか。


「あー。えー。オノセトラさんは……」

「呼び捨てで結構ですわ。敬語もいりません。カルアさんは、私よりも年上なのでしょう?」

「そうか。んじゃお言葉に甘えて。―――オノセトラは、この街に住んでいるのかな?」

「はい。今日引っ越してきたんです」

「今日、ですか?」

「ええ、汽車でね。荷物は先に送っていたし、身軽なものよ?」


引っ越し。私とは全然関係のなさそうなその言葉を噛みしめる。

そんなもの考えたこともなかった。街から出ていく、なんて……なんだか、怖いな。


「そりゃ大変そうだなあ。荷物も今から解くんだろう?」

「ええ、そうなんです。まあ、気長にゆっくりやりますわ」

「それがいい。ま、もし男手が必要になったら言ってくれ。これもなんかの縁だ、手伝いますよっと」

「あら、ありがたいですわね」

「はは、部屋に男を入れても問題ないなら、ですがね」

「そこはほら、カルアさんの自制心に期待しておりますから」

「……あ、はい」

「―――ふふ。私の家はあそこのアパートメントの三階なんです。是非、遊びにいらしてくださいな。フィリちゃんも、ね?」

「は、はい!」


こんな綺麗な人の家なんだ、きっと綺麗になるためのいろんなことを知れるに違いない!

マツリさんは……多分だけれど、自分を着飾らないからそういうのも家にはなかったのだろう。

化粧している気配がなかったし、化粧品自体も見当たらなかった。

そのくせ、唇は最高級のリップクリームを塗ったかのようにつやつやで、柔らかな桜色をしているのだ。ああ羨ましい……!

そんなマツリさんに対してオノセトラさんは、自分を美しく見せる方法を知っている人なんだと思う。

化粧のやり方や振る舞い、そういうのを研究して美しくあろうとしている人ということだ。


「では、今日はこのあたりで。フィリちゃん、あのカフェは人気だから、早くいかないと席が埋まっちゃうわよ?」

「そうなんですか?!」

「そうなの。……ふふ、じゃあね?」

「はい、ありがとうございました!」


―――そうして、私たちはオノセトラさんという、美しい人と出会ったのだ。

私にとっての破滅をもたらす、運命の必然性が齎した死神なのだと知らないままに。

その金色の髪を、見送っていたのであった。





***





「カルアさん?」

「……ん?どうしたんだい」

「いえ、なんだか心ここにあらずな感じがして。……つまらないですか?」

「そんなわけないじゃないか、僕はフィリちゃんと一緒にいるのは楽しいよ?」


頭を撫でられる感覚がくすぐったくて、ちょっと照れる。

今のカルアさんはとっても格好いいし。

……少しだけ、その手に今までと違う違和感を感じるけど気のせい、だよね?

不安になって、カルアさんの手を取った。


「……?」

「い、いえ。つい―――ああ、指に切り傷がありますよ?また紙で切ったんですね」

「あちゃあ、またか。本を扱っているとどうしてもね」

「もー、気を付けてくださいね」

「はは、ありがとう」


―――まただ。

また、違和感を感じた。

カルアさんからの愛情は同じように感じているのに、何かが違う気がするのだ。

それは先ほど、オノセトラさんと出会ってからで。


「すいません、そろそろお時間が……他のお客様もお待ちしておりまして」

「おっと、ごめん。フィリちゃん、行こうか」

「はい!」


財布を取り出そうとすると手で制されて、カルアさんが全額払ってしまった。

それに対して思わず膨れると、お店を出た後にカルアさんに対して文句を言う。


「今日は二人で半分ずつ出すって、約束じゃないですか」

「あ、そうだった。つい―――ほら、怒らないでくれ、次はそうするから」

「絶対ですよー!」

「はいはい」


そうして、今日のデートは進んでいった。

……最後まで、感じていた違和感の正体は分からないままに。

でも、そう。強いていうのならば、まるで。


―――まるで今日は、昔に戻ったみたいな、感覚だった。






***






「ふう、楽しかったね」

「は、はい……そうですね!」


そんな違和感を感じながらも遊び倒して、気が付けばもう夕暮れ時。

手を繋いで古本屋への帰路を辿っていると、ふと―――カルアさんの視線が、途中にあるアパートメントに向いたのが分かった。

その場所は、オノセトラさんの部屋で。

……どうしても気になってしまって、少し探るような意味合いも込めて私はこんなことを言ってしまった。


「オノセトラさんって、本当に綺麗でしたね」

「ん……そうだねぇ」

「もしかして―――惚れちゃいました?駄目ですよ、浮気ですからね」


冗談めかして指を立てて……けれど、いつもならすぐに返ってくる「違うよ」という言葉が、待てども返ってこなかった。


「……カルア、さん?」


何かを見落としていたような、いや―――何かを見つけたような表情をしていた。

そして一度目を閉じて首を振ると、私を見てにこやかに笑って。


「いや、違うよ。浮気なんてしないさ」

「そ……そうですよね」


また、頭を撫でられたのだ。

そうだ。カルアさんは私生活はだらしないけれど、絶対に嘘はつかない人だし、約束事は守る。

その代わりなかなか約束自体をしないという事実はあるけれど、一度為した契約はきちんとする人なのだ―――でも、じゃあ。

契約を破棄することができるのであれば、カルアさんはどうするのだろう?


「帰ろうか。今日はシチューがいいな」

「はい。……はい、頑張って作りますね?」


そう答えた私の顔は、果たしてしっかりと笑えていたのだろうか。






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