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フィリ

今回の話で一章の短編は最後となります。

あちらさん用の、小さなティーカップが小さな音を立てて、同じくちいさなソーサーに置かれる。

置かれる、というよりは落とされるの方が正しかったような気もするけれど、些細な問題である。

……それを置いた主であるあちらさん、ピクシーがけぷっと声を出すと、俺を見てにっこりと笑った。


「おいしー!ありがとー!」

「いえいえ、どういたしまして~」


ピクシーというか、ピクシーたちだけれどね。まあそこも些細な問題。

アリエッタさんとエリーナさんの一件から二日が経った。

あの後アリエッタさんも俺の家に来て、ものすごく謝ってくれたのだけれど―――実際のところ、俺は気にしていないので互いに恐縮するだけになるという、よく分からない状況に陥ったのでありました。

結局エリーナさんがクーシュ・ド・ソレイユのケーキを無料で食べさせてくれる券を作って、それを渡すことで一件落着となったのである。


「もう、謝り続けていたら明日の夜になっちゃうわよ?」


ええ、本当にその通りですハイ。

そんなわけでケーキの無料券をありがたくもらい、それを使って買ってきたケーキとついでに買ってきた紅茶でお昼前のティータイムとしていたところ、偶然にもピクシーたちが遊びに来たのである。

折角だし一緒にお茶をしてみたり。一人でゆったりと……というのも好きだけれど、皆でおしゃべりしながらというのも好きなのだ。

今日は見たことのないあちらさんもいるし、魔法使いとしてはこういう機会も大事にしないとね。

まあ魔法使いじゃなくても大事にするんだけどね、こういう機会。

ちなみにだけれど、あちらさんというのは本当にたくさんの数がいる。街の中にもケットシーのような、普通の人どころか魔術師にすら見つけられないような子がたくさんいるし、妖精の森に入ればもっと多い。

元々魔術師はあちらさんを見つけるのが苦手というのはあるんだけれどね。まあそれは置いといて。

問題は、それだけたくさんの数と種類がいるあちらさんは、全員に名前が付いているわけではないという事だ。

ピクシーやバンシー、ドライアドにプーカといった名を持つあちらさんは実際のところあちらさんの中でも極一部なのである。


「君も初めて会うね。ほらほら~」


今日新しく出会ったあちらさんは、まさにその名前のない子だ。

まあ名前なんてものは人間側が分かりやすく識別するために付けた者でしかないのだけれどね。この子たちはあんまり気にしていないというのが実際だ。

正直な話、怪異と見分けのつかないあちらさんとかもいるから、魔術師や普通の人からしてみれば厄介なんだろうけどね。魔法使いは見分けられるから問題ないんだけど。

―――そういえばプーカとか、人と接することの多いあちらさんなんかは人の付けた名前をあえて名乗ることもある。人の事情も理解しているためだ。

あと人に関わるのが好きなあちらさんなんかは、人から名前というか二つ名を付けられることを気に入って、そう呼ばせることもある。ま、あちらさんにもいろんな性格の子がいるからね。

全てを把握するなんて、人間すべてを把握できるような、それこそ神様みたいなものじゃないと難しいよねぇ……と。狐みたいなあちらさんの喉元を撫でつつぼーっと思う。

ああ、なんだか……今日はお客さんも来ていないし、すごく眠くなるね。

リビングの窓から差し込む日も丁度いい陽気で、余計に眠気を誘ってくる。

この子もふもふすぎでしょ、枕にしたい……。

そんな感じで舟をこいでいると、ピクシーが服の裾を引っ張った。


「んぅ……?どしたの」

「おきゃくさんー」

「きたよー」

「わたしたちはにげるー!」


慌ただしく翅を羽ばたかせると、ピクシーたちは窓から飛んで行ってしまった。

ということはお客さんは魔術師か普通の人かのどちらかということだ。まあ魔法使いがこの家を訪れたことは今のところないけれど。

つまりはいつも通りってことだ。

……ん?


「あ、もふもふが……」


気がついたらあの子もどこかへ消えてしまっていた。ううむ、枕みたいに顔をうずめたかったのに、無念。







***






「お、お邪魔しますー!」

「はい、どうぞ」

「……あ」


そんなわけでドアノッカーが鳴らされて。

帽子をかぶり、すぐに表の扉を開けると、緊張気味な声が耳に入ってきた。

……おや?

あんまり目線が変わらないぞ。それはつまり、俺と同じくらいの身長ということだ。

ツンツンした赤毛をもった少女。服装次第では少年にも見えるかもしれない。

まあこの頃の子供たちっていうのは、皆結構性別の差があいまいだったりするからね。

え、俺?うん、胸が成長しているのとクセの強い髪がものすごく長いので、少なくとも男に見られることはないね、くすん。

年齢的には中学生か小学生、その境目あたりというくらいか。恐らくこれから差というものは現れていくのだろう。

でも、よく見れば目元などは女性らしくなってきている。しっかりとした観察力を持つモノなら見誤ることはないだろう。

身長は俺の推測した年齢通りなら、ちょっと高めかもしれないけれどね。


「え……あれ?ええと、魔女さん……ですよね?」

「魔法使いね。うん、職業はともかく人はあっているよ。俺が魔法使いのマツリ」


手で家の中に入ることを促しつつ、簡単に自己紹介をした。

少女の方もそれに応え、靴を脱ぎつつ自己紹介を返してくれた。


「フィリです。フィリ・ガーデス。……今日は、あの。よろしくお願いしますっ」

「はーい、よろしくね」


靴を慌ててそろえる仕草と、語尻の跳ね上がった照れ具合に微笑みつつ、少女……フィリをリビングへとそっと案内したのだった。






***






「どうぞ。ハーブティー……で大丈夫だったかな?」

「全然大丈夫ですっ―――、あつ!?」

「あらら」


とりあえずソファーに座ってもらって緊張が解けるのを待とうと思ったけれど、無理そうかな。

何故か分からないけれど、ものすごく俺に対して強い感情を持っているように見受けられる。

いや、願い……かな?

うん。それはまあともかくとして―――煎れたてのハーブティーで火傷してしまった舌に手を近づける。

そして少しだけ魔法を使って、その痛みを消し去った。

スペルも唱えないくらいの弱い魔法だ。それでもしっかりと効力はある。マリーゴールドの香りを纏う不可視の煙霧がフィリちゃんを覆い、自然治癒力を高めさせた。

無理やり治すのは良くないので、このくらいでいい。本来魔法は自然とともにあるもの。

不自然な治癒は最終的にどこかしらに不具合を発生させるからね。なるべくはこうやって治癒力を高めるだけで済ませるのがいい。

……俺みたいな異質なものは、自然から逸脱した魔法まで使い始めるけれど。本当は良くないことだ。


「凄い……痛みが引いてます!」

「火傷が治ってるわけじゃないから注意してね?治りかけってやつだから。さあ、冷ましてからゆっくり飲んでいいよ、急がないから。―――あ、ケーキ食べる?」

「いいんですか!?」

「うん。少し多めに買っちゃっててね。……ちょっと待ってて」


そうだ、ついでにピクシーたち用のお皿も回収しないと。

一人暮らしだと洗い物とか洗濯とか、忙しい時ややる気が起きない時に任せるってことができないのはちょっと大変だ。

全部自分でやらなければいけないからね。でもまあ、仕方ない。

あんまり、ミーアちゃんにミールちゃん、シルラーズさんに頼りきりになりたくないから。

という事で小さなティーカップを水に浸して、新しいケーキ用のお皿を取り出す。

結構たくさん買ったからね。それに小さなお隣さんは大喰らいというわけではないから、まだまだケーキは残っているのである。

ええと、ガトーショコラでいいだろうか。チョコとか好きだよね、多分。

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