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サウザント・ナイト ~謎の異世界転移からの魔法使い生活~  作者: 黒姫双葉
短章第二編 マツリの初めてのお客さん
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愛と恋とそして魔法

***







魔法の効能、強すぎただろうか……。

クーシュ・ド・ソレイユの扉をそっと開けてまず、そんなことを想った。

扉を開けた瞬間に俺が追いかけてきたそれ(・・)は在るべき場所へと戻る。

路地裏で唱えた魔法のように。

とりあえず為すべきことは為した。

そう考えて店の中に視線を向けて……結果、俺が見た光景とは、アリエッタさんがエリーナさんを床に押し倒している所でした。

アリエッタさんの体勢のせいで、ワンピースがお尻の輪郭を強調させてしまっている。

下着のラインも浮いていた。ワンピースって、ふわりとした生地を使っていることが多いからああいう体勢だと下の履物が目立つんだよね……。

ということで……見てはいけないものを見てしまったので、そっと目を逸らしながら自己紹介を済ませたのでした。

一応、変な風に作用してしまった魔法を中和というか、方向性を正すためにバジルの香りを使った簡素な魔法……というかおまじないレベルの物を使っておいたが。


「……?……!!……っあ、えっと、わた、し!!?」


振り返ったアリエッタさんが、自身の行動を自覚したのか顔を真っ赤にしてこちらを振り返る。

赤みは顔だけではなく、首や腕にまで染まっているのだから相当なものだろう……その原因を作ったものとしては申し訳ないというべきか、ええ本当にすいません。


「エリーナさんから話は聞いてるんだ。このお店のお手伝いさんなんだよね」


そして―――エリーナさんを取り巻いていた影を生み出してしまった、張本人でもある。

本人はその自覚は無いんだけどね。

まあ、それは仕方のないことだ。例えばだけれど、魔的な力の強い人というものは小さな嫉妬や僻み、陰口なんかでも呪いをかけてしまうことがある。

それは自覚がないが故に、不完全なこっくりさんのようなそれこそおまじないのようなものだけど……それでも、呪うだけの力はあるのだ。

呪いとなるということは即ち、なにか益なり不益なりを齎すということでもある。

魔法使いとしては、益ならばともかく破滅につながるようなものを放っておくことはできないよね。益となっても、それが龍殺しの英雄の持っていたような、何れ破滅を招く魔法の黄金であるというのならば、きちんと対処はするし。

でも、それはそれとして……。


「マツリ。えと、マツリ……さん。この状況は、あなたのせい……なの?」

「うん。君に魔法をかけた。君のその行動は、俺のせいだ」


人の……乙女の思いを利用したという償いはきちんとしないといけない。


「だから。アリエッタさん、君は俺を殴る権利がある」


帽子を脱いで、アリエッタさんに近づき……そして顔を出す。

どうであれ人の持つ思いを利用するということはいいことでは無い。

利用した結果。先に待つものが善い行いでも悪い行いでも関係ない。

罰を受けなければいけないのだ。


「えっと、マツリちゃん……?」

「すいません、エリーナさん。こんな事になってしまって……アリエッタさんのためにもどうか、変わらないでいてくれるといいんですけれど―――」


無理かもしれない。もう決定的な言葉を、聞いてしまったのだから。

もう、もっといい解決法を取れたらよかったのに……まだまだ未熟者だなぁ。

目の前で拳を震わせているアリエッタさんが、顔を上げた。

怒り、羞恥……そして少々の恨み。あとは戸惑いかな。

それらが混ざった表情で、拳を振り上げた。

グーパンは痛いなぁ。傷は治りやすい身体とはいえ、痛いものは痛いから。

けど、仕方ないよね。

腹を決めないと。痛みに備えて、目を閉じた。


「――――!!!」

「あ、れ?」


……いつまでたっても、痛みがやってこない?

片目をそっと開けると、アリエッタさんが自分の右手を逆の手で掴んでいる光景が映った。


「分かってたのよ。私の思いは変なんだって。……分かってて。それでもやっぱり諦められなかったの」

「えっと、アリエッタさん……」

「気が付いてたのよ。……自分の影が、ないことに。私の分身がどこかでなにかをしているってことに。薄々だけど、気が付いてたのよ……!」


―――そっか。知ってたんだ。

そうだ。エリーナさんの感じていた気配の正体は、正真正銘の影だった。

思いによって膨らんで暴走してしまった、アリエッタさん自身の影がエリーナさんの周囲を取り巻いていたのだ。

ドッペルゲンガーとかなんとか、そういう話があるけれど……自分の影とはすなわち自分の写し身。思いを受けて、感情を受けて。

そして動き出してしまうということは、不思議なことじゃないのだ。とくに、このセカイならば……。


「あなたは私の持っていた思いを自覚させただけ……分かってるわよ。あなたは悪くないって。むしろ、お姉ちゃんを助けたんだって!」


涙が床に零れる。

白くなるほどに自分の右手を握りながら、泣き顔で叫ぶ少女。


「悪いのは、私なんだって……。こんな恋なんて、しなければっ!!」


……いや。その言葉にだけは反論させてもらうよ。


「違う。誰かに恋をすること自体はなにも悪いことじゃないよ。それが誰であれ、なにであれ……その感情は尊いものだ」


脳裏に浮かぶのはやはり、あちらさんと恋に落ちたオネイルズとその伴侶シェーンのこと。

恋をして、そしてその結果忘却を選び……最後にはともに消えることを望んだ子供たち。

あの子らは自分の選択を後悔していない。恋したことを、後悔せずに―――冥府の道を歩いていった。


「もし。もしも君が抱いたその感情を否定するならば。俺は君を叱る。その感情を悪と断じるならば……許さない」


一歩さらに近づいて、アリエッタさんの左手に触れる。

そしてそっと右手を抑えるその手を、解いた。


「命短し、恋せよ乙女……って言葉知ってるかな。うん、君たちの人生はとても短いものだ。だからこそ、恋はするべきだし、その感情を否定してはいけないんだよ」


右手を、俺の顔近くに誘導して。


「だから。君は怒るべきだ。思いを勝手に言わせてしまった悪い魔法使いに対して」


じゃないと、君は先に進めない。

恋は強い感情だ。こんな風に影を愛し人に憑りつけてしまうほどに。

それを自己に向ければ、待っているのは縛られ雁字搦めにされるという結果だけ。

悪い魔法使いとして扱われるのは問題ない。俺は正義の味方になりたいわけでも、御伽噺の王を導く魔法使いなりたいわけでもないから。

俺があげたいのは、俺を頼ってくれた人と、それに繋がる人たちがなるべき幸せに。いい結果になるという事なのだ。

だから、そんな結末は認めない。俺の信条にかけて。


「う……あああ!!」

「あぅ!」


パチンッ。甲高い音が鳴る。左の頬が直後に熱を帯びた。

そっか、平手か。手加減してくれたんだね。

前髪で隠れたアリエッタさんの顔に手を伸ばして、そっと触れる。

うん、実はもう一つだけこの娘に伝えないといけないことがあるんだ。

それは……。


「アリエッタさん。君の告白の答え、まだ聞いてないんじゃない?」

「え、……え?」


くるりとアリエッタさんの身体を反転させて、エリーナさんの方を向かせる。


「好きです、けどごめんなさい……なんていうのは、告白の答えを聞いてからでいいと思うんだ。エリーナさんは、君の大好きなお姉さんは―――君の言葉にノーを突きつけたの?」

「で、も」

「……大丈夫だよ。君が好きなった人だ。ね、エリーナさん」


背中をやさしく押す。

そして、いつの間にか立ち上がっていたこのお店の主人、エリーナさんに微笑みかけた。

ちょっと頬が腫れているからあんまり微笑みの形にはなっていない可能性もあるけど。まあそこは気にしない感じで。


「エリーナ、お姉ちゃん……」

「アリエッタ、こっちに来て」

「っ。うん」


重い足取りで進むアリエッタさんを、エリーナさんはその豊満な胸でそっと抱きしめた。


「さっきの言葉をね、ずっと考えてたの。……一人の女性として好きと言ってくれたこと」

「―――っ」


震える肩を尚抱きとめながら、耳元で囁く。


「私はまだこの歳で恋に落ちたことがないから、実をいえばわからないのだけど……でも、アリエッタにそう言われた時。決して、嫌な思いはしなかったわ」

「え……?」


始めて、アリエッタさんが顔を上げた。

驚きの表情をその顔に浮かべて。


「むしろ嬉しかったくらい。……だからね、アリエッタ」


抱きしめる手を、アリエッタさんの顔を包む手に変えて。

そして、こつんとエリーナさんはおでこを重ねた。

それは熱を測るときのようなものではなく、特別な思いがあって。そしてその思いを受け止めるだけの覚悟があると示すものなのだろう。


「私に、恋を教えてください。……まずは、姉妹っていう関係から外れて、その―――お友達から、始めましょう?」

「―――ッ!うん。うん……!お姉ちゃん……ううん、エリーナさん!」


うん。もう大丈夫かな。

帽子を被ると、そっと魔法を使う。

今この二人を邪魔したくないからね……俺という存在を意識の埒外へと移動させるための、ヘーゼルの冠の魔法を強めにかけた。

そっとクーシュ・ド・ソレイユの扉をくぐり、街の雑踏へと消える。


「おっとと」


その前に、二人だけのセカイを覗く不届きものが出ないようにしないとね。

立ち止まって杖で地面を叩いた。


「『麻の実植えて、最期に刈ろう。刈りに来なさい、私の後を』」


とてもとても効力の弱い、幻覚の魔法を、お店のショーケースにかける。

外からは普段と同じような風景が映っていることだろう。

腫れた頬の熱を奪ってくれる風に心地よさを覚えつつ、再び歩き出す。

……さて、と。俺にはもう一つだけ、やることがあるからね。

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