さんにんのえいゆう
――それは妖精の次にこの世に生まれた。
まず、旧き龍があった。次に始源の妖精たる妖精の女王と妖精の大王があった。…………そして、千夜の名を持つ怪物が生まれた。
人が形作られるその前に、人の形持つ黒き力の象徴として。即ち、災厄そのものとして顕れた。
古き魔女。強き魔女。狂気の魔女。そして孤独な魔女。
千夜の魔女の後に生まれた同族。他の魔女たちですら……其の魔女を恐れた。
誰にも滅ぼせぬ。誰にも殺されぬ。誰にも理解されぬ。
そうして―――。
「そうして、魔女は永遠の孤独へと沈んでいった……か」
挿絵には、白い少女を遠くから見る、いくつもの影。
少女の周囲には黒い茨が浮いているように見える…………触れることもできず、触れられることもできないということの現れか。
続いて、もう一枚の挿絵を見る。
今度の絵は……少女が、黒い涙を流しているところであった。
「『魔女は悲しくて悲しくて――呪いの涙を流し続けた。幾星霜の歳月、世界を呪い続けたのだ』」
涙は地面に零れて闇と化し、周囲を漆黒の茨で覆っていく……そんな絵。
次のページに行く。
しかし―――あるとき、魔女に唯一の友ができた。
それは孤独な妖精。人食いの妖精。龍を噛み砕く妖精。
…………怪物と呼ばれる妖精。
自らと同じ名で呼ばれる、唯一の存在。
魔女はその存在に歓喜して―――その友を、喰らってしまった。
「友は我が身体となりて、我とともに」
友を喰らい、再びの孤独へと墜ちた魔女は、ふと思いついた。
―――『ああ、そうだ。すべて喰らえば、我と同じものになる……そうすれば孤独もなくなろう』
そうして、魔女は千の朝と千の中天と……そして、千の夜の間。友と同じ存在である妖精を喰らい続けたのだ。
邪魔をする龍を蹴散らし。目に障る人間を踏みつぶし。孤独を分かり合えぬ同胞を打殺し。
ただひたすらに。ただ無邪気に。ただがむしゃらに。
それは―――妖精を。そして世界を喰らい続けた。
「そうして、魔女は世界に仇なす怪物として語られることとなった……か」
一旦はここで終わっているらしい。
魔女がどのようにして恐れられるようになったのかの過程であるらしい。
……この本をそのままの意味で受け取るのならば、魔女は狂っているとしか言いようがないが―――。
「まあ、筆者の心境とかが主だしなぁ……こういうのって」
実際に魔女の本音を書き綴っているわけではないため、千夜の魔女がこの時どう思っているのかを確実に知ることはできない。
……だが、その反面、魔女の心情以外の現実を語っていることも事実であろう。
つまり、数多の妖精を喰らい続けたという描写……。
最初の絵は、魔女が妖精を食べている絵、ということだな。
「千の夜……だいたい三年くらいか?この間ずっと妖精食べてたとか……ある意味怖いなおい」
「創生期に近い、魔女の誕生時の一夜は、今と同じ二十四時間の括りに収められるかは微妙なところですが」
「まじか……もっと長い可能性もあったってこと?」
「ええ。昔の方が魔なるモノの力が強かったので」
そういうものなのか。
魔法とかそう言うものがあると、昼夜の概念すら超えてしまうということか。
「さて、後半行きますかっと」
ここまでで本の半分程度だ。
これから先は、どのようにして魔女が倒されたのか……という、まあ一種の英雄譚になっているようである。
ここから登場するのは、人間の英雄と新しき龍と、妖精の子供たち。
―――そして、魔術師と魔法使い。
「『その災厄は天を覆い地を穢した。魔女が喰らった領域はすべての生命の住めぬ地になり、魔女の放つ魔力により生じた魔獣共が地に跋扈する―――世はまさに地獄であった』」
果てることなき災厄をもたらす最悪。閉鎖世界のごとく鬱屈した世界。
しかし、これに諦めるだけの生命など、この世には存在しなかった。
剣を取れ。弓を構えよ。命全てを賭けて抗え。
最初に立ち上がったのは、最も遅く誕生した人間たちであった。
人は叡知を武器に魔女に立ち向かう。
次に力を示したのは、妖精たちであった。
魔女と同類の力。即ち魔力を武器に魔女に対抗した。
最後に動き出したのは、旧き龍より生まれた、新しき龍たちだった。
生態系の頂点。天上に君臨する最強の獣。進化の果て、獣の力をもって、魔女に迫った。
世の覇権を持つ三種族による協力関係。即ち、古くより伝わる”龍と人と妖精の盟約”の発生。
世を喰らう怪物を斃すための盟約。これにより、千夜の魔女との闘争が始まったのだ。
「”龍と人と妖精の盟約”……?」
「はい。もうあまりに古く、宣誓文など長命な龍ですらうろ覚えな盟約ですね」
「だが、世界にとって大事な盟約だぞ。結局内容は簡単だしな」
「ほほーう……だいたい予想はつくけど、どんな感じ?」
「普段は世の定めに従い生きますが、世の脅威にはともに立ち向かう……と、それだけです」
軍事同盟的な感じか、やっぱり。
まあ、互いにいがみ合っていては、こんな絵本にまでなるような敵とは戦えないよな。
下に目を落とす。挿絵は、剣を持つ人間と、星を抱く妖精と、翼をはためかせる龍。
影絵のようなそれを眺めてから、ページをめくる。
次に登場したものは、人間の英雄たち。
書かれた文には――――銀の勇者と星の魔術師と霧の魔法使いの文字が。
「お、ここで初めて魔法使いとかの名前がでたな」
「星の魔術師と霧の魔法使いこそが、全ての人間の操る魔法、魔術の祖であるといわれています」
「なるほど、真祖ってやつか……あれ、銀の勇者さんは?」
「人類史上最高の存在といえば」
「なるほど公式チートか……」
努力も積んでいるかもしれないが、まあ俺にはわからないこと。
というか、この話自体があまりにも古い時代の物過ぎて、俺には少々現実感が湧かない。
とにかく、すごく大変な戦争……というか、災厄が昔あったようだ、程度のことしか理解できていないのだから。
「さてさて、三英雄の記述を見ますかねー。……『銀の勇者。魔を滅すもの。人の暖かな心の具現。人でありながら人を超えたもの。』……」
―――銀の勇者。真の英雄。不撓不屈。完成されたヒト。
魔を祓う白銀をその身に宿す、刃抱きし者。
その剣技は天覆う災厄にすら届く。
―――星の魔術師。月光にして陽光。星にも等しいほどの、数多の術理を身に宿す者。
人でありながら魔を司る、叡知を糧とする夜の子供たち。
その知識、術理は地を這う呪いを撃ち解く。
―――霧の魔法使い。自然と生きるモノ。そして、妖精達の落とし子。
魔の術理では届かぬ、魔なる法を手繰る編纂者。
安寧、混迷。すべては霧の中に眠る。その霧の棘、やがて魔女すら包み込む。
三英雄の紹介はこれだけであった。
意外と少ないものだ。英雄と名がついているのなら、英雄譚のように多量に書き込まれているのが普通だろうに。
「なんでこの三人こんなに記述少ないんだ?」
「彼らは魔女の時代を終わらせた英傑ですが、あまりに後の世に伝わっている伝承が少なすぎるのです」
「特に魔法使いに関しての記述など、ほとんどないからな」
なるほど、だからですか……。
元々絵本……寝物語のようなこれの言い回しはかなり遠回りだったり、ぼかした言い方、つまりは抽象的なことも多い。
それにしたって、後半になればなるほど、そう言った記述が多くなっている気がするのは少しおかしい気もするが。
時代形成が進んでいるはずなのに、どんどん記述が少なくなっている……なんでだろうな?
この先はほかの、今生きている人たちの考察文がどんどん増えてきている。
そのほとんどは、勇者たちが何者かということを推理しているものだから、ほとんどあてにならない。
そこら辺はすっ飛ばして、結末あたりを読むことにした。
「ん~……お、ここがクライマックスだな」
「この絵本最後の挿絵付きの項ですね。”魔女殺し”です」
『勇者の刃、魔女の身体を串刺し。魔術師の灯、魔女の存在を焼き。それでも魔女は死なぬ』
『朽ちた羽が空を覆い、茨が地を這う。不死の魔女。死なぬ魔女。最悪の魔女』
『妖精の仔、その存在霧となり。魔女の魂を此方へ誘う』
『勇者と魔術師。遺りし肉体を、永遠の彼岸の彼方へと葬る』
『魔女は別たれた。此方と彼方へ。しかしその魂―――朽ちることなく、災厄依然此処に在りて』
『気を付けよ。災厄をもたらす最悪の魔女はまだ此処へ。汝ら、全ての生命よ……死の存在を忘れるな』
「…………なんだ、この最後の文。まるでメメント・モリみたいな」
「メメント・モリ……死を忘れるな、ですか?」
「そうそう―――え、知っているの?」
メメント・モリは、俺のセカイに存在する言葉だ。
このセカイにあるとは思えなかったが……さて、どうだろうか。
俺はまだこのセカイのことを何も知らない。
俺のセカイとどの程度違うのかとか、文化形態とか。魔法と魔術がどのように影響しているのか、科学はあるのか。
……もし、自由に動き回れるようになったのなら、詳しく調べてみようかな。
「んー!それはさておき、やっと読み終わった!」
気持ちよく伸びをしていると、目の前にそっと次の本が差し出された。