その方法
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「さて、と。じゃあどうやって根本解決をするかを考えないとねぇ」
根本解決のためのアプローチ、大切なのはそれだ。
最終結論としては確かに、二人がどうなるのかを考えなければならないのだけど、そのため方法を間違えると碌なことにならないのだ。
御伽噺で語られているように、そして俺がこのセカイで実際に為しているように。魔法というものは恐ろしく便利で、ある意味万能と呼べるものだけれど。
それと同時に魔女や魔法使いの為すことの大半は救えない結末へと至る。
予言者としてあまりにも有名であった俺の先達である、マーリンですら円卓の崩壊を防げず、そしてアーサー王の破滅と自分自身の幽閉を招いたように。
このセカイに生きる魔法使いとして、なるべくは頼ってくれた人にはそのような結末を与えたくはない。
……いやまあ、御伽噺の場合は自業自得な場合も多いんだけどさ。やるなよ、と言われたことをなぜやってしまうのか。人間の心理というものはいつになっても測れない。
「前もこんなこと考えたっけ」
気のせいかもしれないが。自分自身に対しては忘れっぽいのは難点だよね、と我ながら思う。
ともかくだ。どのようにして影を祓うべきか、それをしっかりと考えないといけないという事が一つ。
あとは―――。
「アリエッタさんに顔を出すべきかどうか……うーん」
余計拗れそうな予感はするのだが、しかし一度きちんと話さないと意味がないだろう。
うん、これもまた仕事の一環というやつだ。しっかりと勇気をもって会いに行こう。
「あ、焦げる……ととと」
考え事をしながら鍋をかき混ぜるものじゃないなぁ。
気が付けば混ぜる手が止まっている。この鍋の中身は焦がすわけにはいかないものだ。
いや、焦がすと効能が全てパーっと消えてしまう類いの物、というべきか。
こうやって鍋で薬品を作っていると、魔女やら魔法使いやら、そういったものになったという事実を深く感じる。
できた薬品を小瓶に移すと、ちょっとした魔法をかけてキッチンの上にある戸棚へとしまい込む。
「結構薬品も増えたなぁ……」
色々なお薬を調合し、それを仕舞っているので戸棚の中の小瓶の数も気が付けばかなりの量になっていた。
書斎の本を見ながら作ったこれらは、簡単なものでは咳止めや一時的にではあるが、熱を完全に下げるようなもの。髪の艶を出すものやお風呂に入れると肩こりを解消してくれるようなものまである。
幾つかは取り扱いを間違えると危険なものもあるが、大多数の、御伽噺に出てくるような危険なお薬はまだ作っていない。
フォークロアに出てくるような魔女や魔法使いからすれば、この戸棚のラインナップなど可愛いものだろうね。
風薬やぜんそくの薬などは長期的に出さなければいけない。普通の人に魔法を好き勝手かけてしまうのは相手の身体のことを想えば悪手だ。
確かに風邪を俺の魔法で無理やり治すことはできる。けれどそれは出血をしているような傷を無理矢理に縫い合わせただけのもの。
自然治癒に比べて負担は大きい。自分自身ならばそうするのもいいだろう。けれど、他の人にそれをするのは魔法使いらしいとは言えない。
魔法使いのお薬は身体にいいのは鉄則だからね。うん、まあ変な薬もたくさんありますけれど。
「今回は出番ないだろうけど」
小瓶をなぞって、そして戸棚を閉める。
うん。魔法のお薬といっても使える時と使えない時はどうしても分かれるから。
―――戸棚のガラスの向こうにある魔法の薬品の一つを見て、一つアイデアをひらめいた。
ああ、これがいいか。
うんうんと納得して、戸締りや火の確認をした後、二階の寝室へと向かう。
前に書斎で寝落ちしたらかなり腰と首を痛めたため、きちんとベッドの上で寝るようにしているのである。
それでもたまに、本を読みながらそのまま落ちちゃうことがあるのですけどねー。
この身体は夜目が利く。利きすぎるほどに。所々に人間ではないという事実を確認しつつあるけれど、星明りしかない中でも活字をしっかりと読めるというのは異常だろう。
まあ気にはしていないどころか、もの凄く便利なんですけどね。
……さて、じゃあ寝よっと。
今日のお供の本を数冊書斎から取り出して、暖かい布団へと包まった。
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「よし、行こう」
翌日。朝食を軽く済ませ、ハーブティーを飲んで気力を十分に蓄えて。
再び帽子をかぶり、魔法使いとしての服装に変えると杖を手にして家を出る。
アリエッタさんに顔を見せるのは最後でいいだろうけれど、会うだけは会っておかないといけない。
流石にここから魔法をかけるわけにもいかないからね。使い魔とかまだいないし。
とはいえ流石にこの距離を歩いていくのは時間がかかる。歩くのは決して嫌いではないけれど、急ぐ必要があるからね。
杖に跨って、空を翔ける。
さあ、魔法使いの時間だ。
「アリエッタさんはっと」
昨日も使ったヤロウの魔法で煙を生みだし、それを追いかける。
今日は上空からだからちょっとわかりやすいね。
下に落ちる煙という、普段ではあまり見ないような光景が目に映るわけだからある意味新鮮というか不思議だけど。
ドライアイスとかの煙は比重の問題で下に落ちるけれど、こんなに大量に上空から落とすという事はしない。危ないからね。
「おー?発見っと」
認識阻害の魔法を昨日に比べて格段に高め、街のやや上空を漂う。
煙が緩く巻き付くアリエッタさんに向かって、横向きに跨った杖のお尻の方、火皿を向ける。
「『素敵な素敵な匂い玉、月は三日月夜の夢』」
吐き出された香りは、薄らとしたもの。
……コリアンダー。古代バビロニアの時代より薬草として使われているハーブだ。
パクチーという名の方が今は有名かもしれないね。
さてさて、これは何ともまあ簡単なことだけれど、惚れ薬としての効き目を持つ薬草なのである。
もちろん実際に魔女や魔法使いの調合したあれに比べると随分と効果時間もその効能も低いものだけれど、今だけ、少しだけ彼女を惑わすにはもってこいというわけだ。
「ごめんね、あとでいくらでも怒っていいから」
聞こえていないのだろうけれど、それでもと謝る。
だって。君の心を少しだけ利用するから。
アリエッタさんは頭痛を感じたように頭を押さえると、首を振って再び歩き出す。
魔法はかかった。ん、じゃあ俺は……エリーナさんの洋菓子店の近くにいるとしますかね。
高度をもう一度上げて、洋菓子店クーシェ・ドゥ・ソレイユへと急ぐ。
アリエッタさんよりも先にいないと駄目だから。
***
「あら、アリエッタ。今日は早いのね~」
「あ、うん……。ちょっとね。なんか」
―――エリーナお姉ちゃんが、店の前の花に水をあげながら微笑んだ。
私のバイト先の店主兼幼なじみのお姉ちゃん。
私の憧れの人……彼女は、そんな太陽みたいな人だった。
懐中時計を見る。いつもの時間よりも確かにずっと早かった。おかしいな、普通通りに歩いていた筈なんだけれど。
やっぱり聞きたいことがあったからなのだろうか。
「中に入りましょう?まだ開店まで時間あるし……ちょっと紅茶でも飲みましょうか」
「お願い。お姉ちゃんの紅茶、私好きだし」
「あら、嬉しいわ~!」
手を伸ばすと、すっと取られて繋がれる。この距離感だ。
気が付けば私は、エリーナお姉ちゃんに何時もリードされている。
いつも、理解されているのだ……ただ一つだけを除いて。
「(……あれ)」
なんだろ、いつもなら何も思わない、思わないようにしているはずなのに……今日はその事実がちくりと胸を刺した。
クーシェ・ドゥ・ソレイユの扉を潜る直前、店の通りのずっと奥に小さな人影が見えた。
小柄な体に、真っ白なクセっ毛。
大きな黒い魔法使い帽子と杖を持ったその姿は。
―――昨日、お姉ちゃんと一緒にお店の中にいた、あの人……?
心の中がざわりと軋む。ああ、考えてはいけない、思ってはいけない。でも、何故か今日はそれをおもってしまったのだ。
……お姉ちゃん、私だけを見て、なんて。
「―――っ」
「どうしたの?」
「う、ううん。なんでもないよ、行こう」
「あ。ええ」
気のせいだ、きっと。
再び見ればもう人影は存在しなかった。見間違いだったのだろう。
だから。今の身体を何かが飛び出したような感覚も気のせいなんだ―――。