ただ今掃除中でございます
「……まあ、注意をしてもあまり意味はなさそうだがな」
「はい?」
「いや。君の生まれ持った性分について考えていたのだ」
「うー、性分?」
なぜ今の話から俺の性分についての話に変わったのだろうか。
まあいいか。
さて、そんなことを話していたら目的の部屋へと到着していた。
衣装部屋からは結構離れている。当然か、服が置いてある部屋と掃除用具が置いてある部屋、今回みたいに衣服を貸し出してもらわない限りは同時に使用することなんてそうは無い。
機能性や効率性の計算からそもそも外れているのだから。
ゆっくりと扉を開けて中へと入る。
「掃除用具置き場だ。少しここ自体が埃っぽいがね」
「けほ……確かに。あまり使わないんですか?」
「自分の部屋の掃除は簡単な道具を使用するだけだからな。この部屋にはわざわざ来ないというわけさ」
「まあ、そうですよねぇ」
ハタキとか箒とか雑巾とか。
そんなものを使うのは、日本にいたころの俺でもせいぜいが大掃除の時くらいだった。
いや、もっとこまめな人なら頻繁に使うのだろうけれど、うちの家ではその程度だったという事だ。
代わりに簡単なハンドサイズのモップなどを利用して、埃が少し溜まったなーと思ったらそれを使うという感じ。
掃除用具をわざわざ取り出すことは少なかったという事だ。
この屋敷に比べれば随分と小さな俺の家でもそうだったのだ、もっと規模の大きいここでは更に使う機会は減るだろう。
……うん、だって普通に住んでいる場合にこの屋敷を掃除するのって、絶対大変だもの。
俺はシルラーズさんの屋敷というものに興味があるからそうは思わないだけで。
「……というかですね、他のメイドさんっていないんですか?」
「いないな。この屋敷、あまり一般人は招かないのでね」
うーん、魔術師ならそういうものなのかな。
まあそういった理由があるのならば、人手がないのも仕方ないか。
確かに魔術的な価値あるものを勝手に捨てられても困るし、逆に不用意に触れられて事故を起こされるのも大変だ。
盗みだってあるだろうし。これだけ魔術や魔法が一般にも広まっているセカイだ、それらが付与されている道具は高値で売れるだろう。多分。
「そもそも私も留守にすることが多い。何も対処のできない人間がいても困るだけだ」
「それは」
一理あります、か。
―――まあいいか。とにかく一緒に掃除できる相方はいないという事で。
一人だけれど、掃除を始めるとしましょうか。
「一番の上の階から掃除していきますねー」
「頼んだよ。いや、本当に助かる」
「俺もすごく助けられてますから、これくらいなんてことないです」
全く筋肉のない腕で力こぶを作ってシルラーズさんに見せてみる。
自分でその有様を表現していて悲しくなったので、すぐに辞めたけれど。
くすん、身体が全く成長しません……胸は少し、大きくなった気がするけれど。
体重の誤差かもしれない。お肉がつくと一緒に胸も大きくなるのだ。そして体重は減るが、胸はそのまま……くそう、少し邪魔だぞう。
「……?」
冷たい殺気のようなものが漂ってきた気がしたが、きっと気のせいである。
誰もいないし……。いないよね?
気を取り直して、一番上の階へと向かった。
この屋敷は三階が最も上の階となっている。横にも縦にも広いうえに、窓も多くが張出し窓だ。
張出し窓、つまるところの出窓は収納スペースが得られる代わりに埃が溜まり易く、そしてそれが目立つという弱点もある。一つ一つ丁寧に掃除しなければ。
外側から見えた煉瓦壁もできれば掃除したいものだけれど、水を放出するホースとかがない以上難しいかなぁ、と。魔法を使うわけにもいかないし。
というか水を出すだけの結果なら、きっと魔術の方が簡単にできる。曖昧な物にも対応が可能な魔法は、小さなそれだけの結果を産む、となるとちょっと大変なのだ。
ウンディーネあたりに手伝ってもらえば簡単だけど、魔術師の家にはなかなか来てくれない。今回は残念だけど、壁は掃除できないかな。
壁と言えば、一緒に見えた屋根には華麗な装飾が幾つもあった。わざと凹凸を生み出すために付けられている、実用性自体は無い物なのだろうけど、屋敷そのものの美しさを底上げしていた。
屋根へと上がる階段は見えないし、そっちも綺麗にするのは無理か。
仕方ない、出来る所だけきちんとやりますか。
「ふふ~ん」
鼻歌などを口ずさみながら埃をはたき、落ちたものを箒で集めてから雑巾をかける。学校の時間の掃除がこんな場所で役に立つとは思わなかった。
確かに似ているよね、こういう大きな屋敷と学校って。通路が広くて長くて、内装が細かいのであっちこっち掃除をしないといけないっていうところ。
この屋敷は俺の家と違って、きちんと水道設備が整っている。まあそれは俺の家が、見た目に似合わずかなり古い物だからなのだけれど、それにしたってこの時代背景のセカイでここまで水道設備が完備されているのは珍しい。
配管とかどうなっているのだろうか。もしかして魔術とか使っているのだろうか。
移動魔法陣とかがあったわけだし、水を引くために使用しているなんてことは普通に考えられる。
このセカイは魔術や魔法と人が近いからね。
「あとは乾拭きして……っと、三階の通路は終わりかな。あとは部屋の掃除をやらないと」
部屋の数も多いのでなかなか大変。
問題のシルラーズさんの部屋は一階にあるそうなので、それまでは使用していない客室や物置となっている部屋、単純な空き部屋をどうにかすればいいだけなのだが。
手入れしないと部屋はすぐに傷む。人が住んでいたとしても、使っていなければ同じことだ。
だからこそ、たまの掃除くらいしっかりとやってあげないとね。
「う、ベッドが埃っぽい……仕方ない、一回外に出そう」
階段の上り下りが重労働だけれど、これじゃ掃除した気にならないし。出窓だとベランダがないのですぐに干せないのが難点だ。
まあシーツ類だけなので、頑張りますか―――。
木の籠に全部の部屋のシーツを詰め込み、移動。そして掃除用具置き場から棒を幾つか取り出すと、庭にある洗濯物を吊るす用の樹に置いてシーツを干す。
洗濯もしたいところだけれど、流石に時間がない。お日様に当てるだけでも随分と変わるし今はまだこれくらいしかできないかな。
ふと屋敷の方を見れば、庭にある屋根付きのテーブルベンチでシルラーズさんが本を読みながら、珈琲を飲んでいた。
いい香りがすると思えば、これが理由でしたか。もしかしてシルラーズさんって、珈琲好きなのかな。飲んでいることが多い気がするけれど。
俺も珈琲は好きだ。でもこのセカイに来てからは淹れられてないなー。少し余裕が出来たらああいうのも買ってみよう。
……さて、全部が干し終わったところで掃除に戻りますか。