魔女の伝承
まあ、本人も言っているとおり、すぐ戻ってくるみたいだけど。
部屋から人が随分少なくなってしまった。
やることもないので、天井を見上げる。
「……そういえば、どこだ……ここ」
「アストラル学院と呼ばれているところだ。私たちの詰め所ではとてもじゃないが呪いの処置などできないからな。何とかして運んできたのだ」
「俺呪われてんの?」
「ああ。とんでもない奴からな」
まじかー。
怪我は男の勲章だが、呪いは勲章にはならないよなぁ。
……そもそも、俺いま女じゃん……。
「……あ、服借りっぱなしだったわ。ごめん、鼻血とか汗とかついてるし……ちゃんと洗って返すよ」
「そんなことは気にするな。……むしろ、謝らなければならないのは私だしな………」
神妙な顔になったミールちゃんは、剣を地面に置き、そっと頭を垂れた。
……いきなり脈絡もなくそんなことをされた俺は、ぽかーんと間の抜けた顔で見返してしまう。
「ミーアは責めないでやってくれ。悪いのは私だ」
―――全く、姉妹そろって責任感が強い。
別に俺は気にしていないといっているのにな。
でも、罪の意識は本人次第で感じてしまうもの。与えられるものである罰とは違う。
本人たちが罪だと感じてしまっているものを取り除くことはできない……だから、俺はせめてそれを軽くできるように振る舞おう。
むしろ、彼女たちに迷惑かけているのは異邦人――部外者である俺のせいなんだし。
「そうだなー……じゃあ、悪いと思ってるならー」
「ああ……私にできることなら何でもする。言ってくれ―――」
「俺がこのセカイで生きていくことに、少しだけ協力して?」
「……それは、なんというか……普通のことだろう。こう、もっと」
「いやいや異邦人……世界にとって赤の他人な俺が生きていくには誰かの助けが必須なんだよ?だから、俺は二人に支えてもらえればそれでいいんだ。……あっ!でもあれだぞ、甘やかし過ぎはだめだぞ!」
いや個人的にはだだ甘にしてくれた方がうれしいけど!でも甘やかされるとどこまでもダメになっていく自信があるから、そこはかとなく突き放すことも大事だと思う。
でも、間違いなくこれから、このセカイで暮らしていく以上は…………そんな、罪で得たものよりも、もっと普通のものがいい。、
「だから、友達になろうぜ。俺は美少女二人と友達になれただけでもう……何も嫌なことはない!……あ、それとなーくミーアちゃんにも言っておいて?きっとまだ気にしているでしょ」
「……そうか。お前はそういう人間か……ああ、了解した!―――だがな、マツリ」
「はい?」
「私たちは、もう既に友達だろう?それとも、そう思っていたのは私たち姉妹だけだったのか……」
―――あ。
確かにこのタイミングで”友達になろう……キリッ”とかやったら、確かに今まで友達じゃなかったのかよ、ということになる。
異邦人である俺にこんな仲良くしてくれた二人にそんなことを想わせてしまうとは―――!
「いやまさかそういうことじゃ!」
「いやー悲しいですね……私たちの感情は一方的なものだったのですね―」
「棒読み感半端ないなおい!……おかえり、ミーアちゃん」
「はい。ただいまです」
扉を見ると、開けっ放しのそこから、小さく笑みを浮かべたミーアちゃんが立っていた。
……絶対途中から聞いてたよな、これ。
あれ、俺なかなかに聞かれたら恥ずかしいこと言ってたような気がするんだけど……。
「ええ――私も、了解しました。あなたの友となることを、ここに誓いましょう」
「そんな真剣になられても」
まるで王様か何かに向かっているかのような口調。
どれだけ真剣なんだ……。
「私たちは、いつまでもあなたの友であり続けることを誓います。例え、あなたが敵になろうとも、あなたが友であることを否定しようとも、あなたが怪物になろうとも―――」
「絶対に友人であり続けることを誓う。……だからまあ、気長に暮らせ。私たちが手助けしてやる」
こんな可憐な容姿をしていても、しっかりと騎士なのだと理解できるな。
誇り高く、自らの意思とやるべきこと、そして誓約を大切にする姿勢。
……すごいな――。
ただの一般人である俺には、ここまで潔く美しい生き方はできないから。
少しだけ、うらやましい。
「さて。ではお勉強のお時間です」
「うわーい!早速嫌な単語だぞー!」
「安心しろ。お前の言う通り―――甘やかしはしないからな!」
「うっわさっきの言葉やっぱり撤回したいわ」
だだ甘やかして!
勉強とか俺嫌いな単語なんだ!
……まあ、科目によるのも事実だが。
数学とか無理……なんであんなものあるんだ……。
「ダメです―――撤回なんて、させませんよ?」
「ああ。お前は私たちが死ぬまで、友達なのだからな」
「……――はーい」
撤回は無理なようだ。
……ま、撤回なんて心の底から望んでいるわけじゃないけどね。
この二人と友達じゃなくなることの方が恐ろしい。
さて……じゃあ勉強とやらを開始しますかね―――。
***
手渡された本を開く。
表紙には、”千夜の魔女の呪い”の文字。
中を見てみると、簡単な絵がついた書物であるらしい。
ただ、絵がついているとはいっても、ラノベのようなものではなく、必要な場所に必要な図解として載せている感じ。
参考資料的なものか。
ただし、最初のページのみ、人の恐怖を煽るかのような、ひどく恐ろしい絵が描かれている。
……なんだろうか、白い怪物が、数多の翅ある存在を喰らい尽くしている……という絵のようだが。
「……あれ?」
そういえば、と思う。
今、俺は普通に表紙に何が書かれているかを読み取らなかったか?
表紙へ戻り、再度確認。
……うん、書いてある内容がわかる。
中を開き、適当なページを開き、閲覧する。
「えーと、なになに……。「ああ、ああ!なんと恐ろしき怪物か!其れは―――」……」
これも同じだ。
このセカイに来たときは全く読めなかった文字が、何故か読めるようになっている。
「まさか――これが魔法なのか!」
「違います」
即答だった。
……通訳魔法という線はなくなったか。
あれ、あるならあるで便利なんだが。
「……先ほどといい、マツリの身体に何が起こっているんだ……?」
「呪われてるとか言ってたよなー」
「……学院長は何かを知っているようでしたが。まあ、彼女が放置しているのならば、深刻な事態にはならないのでしょう」
扱いこそあれな感じだが、その力量には信頼を置いているらしい。
俺はあの人の凄い炎を間近で見たから、凄い人という印象だけだが、長く付き合っているらしい二人には色々あるのだろう。
……まあ、所々適当だったりとか、片鱗は覗いているが……。
胸をどさくさに紛れてもんで来たりね!
元男と知っているのになぜだろうか。人間って不思議だね。
「それはともかくとして……まあ、読めるということだし。最初から読んでみよう」
読書は好きだ。
昔から、ラノベやら漫画やら、古い書物、有名な作家先生の本と……まあ雑多に読み漁っていた。
俺の変な知識などもここからついたものが多い。
日常では役に立たないけど、あると便利ではあるんだよな、ああいう雑学っていうの。
というわけで、本好きな俺としては文字が読めるようになっているということは、呪い云々などを加味してもうれしいものである。
「さてさて~じゃあ、初めから行きますかねー」
「読めない字などがあったら言ってください。手伝います」
「うん、ありがと」
ベッド、俺の隣に腰かける形でミーアちゃんが一緒に本をのぞき込む。
その時に近づいた髪から、良い匂いがふわりと漂ってきた。
……やばい、俺結構匂いフェチな気があるのだ。
こういい香りがしてくると、妙な気分になる。
ちなみに、生来嗅覚が鋭いのが原因ではないかと思っている。
ちなみに、ミーアちゃんからは少し独特な花の香りがしました。
「……?どうしましたか?」
「……い、いや……何でもない」
匂いで気分が高揚していましたー……なんて言ったら絶対変な目で見られるし。
「まあ、気を取り直して――いざ!」
あの絵の次のページからスタートである。
……読み進めてみると、どうやら一人の少女の物語であるらしい。
魔女、と呼ばれている少女…………すなわち、千夜の魔女。
この千夜の魔女に関する物語自体は、少し長めの絵本程度しかない。
あとはそれに対する考察や、捕捉の説明などで埋められている。
……まあ、この本自体結構薄いので、重要な情報だけしか載せていない感じだな。
というよりは、魔女に対しての本を残すことを嫌がっているかのような感じだが。
「『其はこの世に零れ落ちた時から魔女であった。尤も初めに生まれた魔女であった。最も古き魔女であった。……そして、最も力ある魔女であった。』……か」
さらに続きを読み進める。