魔法使いの家
杖を使って飛んでくればもっと早いのだが。
街から飛ぶと流石に目立つのもあるし、ほとんど身体の調子も治っているとはいっても、気分的に魔法をバンバン使いたい気分でもないし、何よりこの街を。そしてこの道の雰囲気を知るために歩きたいという感情があった。
なので、ついて来ようとするミーアちゃんやシルラーズさんを押しとどめ、一人でゆっくりと道のりを歩いていたのでした。
……そして到着した場所こそは、二人が遺した魔法使いのお家。
オネイルズから貰った記憶のおかげというかせいで、本当は二回目の訪問、しかも前回はつい先日だったというのに、妙な懐かしさを憶えさせられる。
嫌な感覚ではないけどさ。
でも少し、寂しさも入っているので、手放しでは喜べないかな。
二人分の別れを、見守ってしまったから。
「うん……気分を沈めさせてる場合じゃないか」
これから俺の家となる場所なのだ。その第一歩が悲しい感情だなんて、元の持ち主に対して失礼である。
首の鍵を取り出し、差し込む。
古い筈なのにすんなりと入った鍵を右に回して、扉をゆっくりと開けた。
……流石に、扉の蝶番は少し音が鳴ったけれど、それでも感触は軽く、年季を強く感じさせるようなことは無かった。
泣き女というあちらさんは家の守護者でもある。
同じく家を管理するあちらさんには、絹乙女もいるけれど、そっちは侍女的な雰囲気の方が強い。
まあ、力が弱いというわけではないけれどね。
そんなことを考えつつ、開いた扉の中へと進む。
「……あれ?」
靴を脱ぐ式の玄関で、履物を置き、前を見れば変わった光景が見えた。
何が不思議なのかといえば、今玄関の戸を潜ったばかりだというのに、向こう側の直線上に玄関がもう一つ見えるのだ。
裏口というわけでもなさそうである。きちんと玄関として、入り口の仕切りも存在している。
「そっか、向こう側は―――」
この家の向こう側は、妖精の森。
……あちらさんのための出入り口なんだ、あそこは。
表門は人を迎えるための門。
そして、裏門はあちらさんと共に生きる魔法使いとしての門。
この家は、双方のちょうど中間地点に立っている。立地的にも、その在り方的にも。
うん、流石はオネイルズ。シェーンを口説き落とした色男。
なら俺も、その在り方を引き継ごう。そんな魔法使いになる、それはとても面白そうだから。
ああ、でもこの家はオネイルズが生まれる前からそういう形になっていたのかな。だとすれば、シェーンを口説き落としたこと、それはこの家の魔法使いならば必然的とすら言えるのかもしれない。
あちらさんとともにある、古き魔法使いとしての素質を継承した、という事であるし。
「でもカーテンか布みたいなもので敷居はした方がいいかも……」
初めて見た人はちょっとばかり驚くだろう。このホールの中間地点、丁度家の真ん中あたりに暖簾のような掛け布を付けようか。
うん、ちょっといいアイデアかも。お金が貯まったらそういうインテリアも充実させないと。
とまあ、今現在はお金がないので、そんなことを考えていても詮の無い事。
それよりも先に、この家をしっかりと見ておかないといけないよね。
ではでは、お家紹介と行きましょうか!
家の中へ向けて歩く。……少しだけ広くなっているホールの左を見てみる。
「バスルームにトイレかー。うん、別々でちょっとうれしい」
なんというか、俺の家は現代の日本人が最も多く住んでいるであろう、まさに普通としか言いようのない家なので。
お風呂とトイレが一緒だと、ちょっと使いにくかったりする。
外国の人は、トイレもお風呂もプライベートだから一緒になっているという話を聞いたことがある。
逆に日本人は、トイレは必ず一人だけれど、お風呂は人と入ったりする。そういう価値観の違いからこういった差が生まれているそうだ。
本当かどうかは知らないけれどね。結局のところ人それぞれですし。
バスルームをちらっと覗くと、固定されたシャワーに大きな浴槽。その前には、大きな窓があった。
……見晴らしはいいけれど、これ外から丸見えな気もする。いや、景色はいいからいいんだけどさ。
そっとバスルームの扉を閉めて、今度は反対側に行ってみる。
つまりは玄関を右に曲がった場所ね。
「あ。階段そこなんだ」
そちらに行く前に階段を発見。
ここから見て、裏門の右側に木製のL字階段があった。表門と裏門があるだけで、構造自体は普通の家と同じなんだろう。
納得しつつ、今度こそ部屋に入ると、そこはリビングとキッチンがあった。
リビングに入ってすぐに右に行くと、コンロやシンクが。
真っ直ぐに行くと大きなリビングがある。家具は大きなテーブルとソファーが一つずつで、ちょっと寂しいけれど―――まあ、家具もこれから足していけばいいか。
二人だったからこの家具の量でもよかったんだろう。いや、正確にはあの二人であったからか。
彼らに必要なのは互いであって、住まう場所もそこにある家具も、ついでの物でしかない。
まあついでだったとしても、良い道具の方が好まれるのに変わりはないから、用意してあるのは長い年月が立っているだろうに、未だ現役で使用できそうな家具なんですけどね。
リビングは入り口から見て両端にそれぞれ大きな窓がある。妖精の森も、街の方角も両方見れるようになっているという事である。
ちょっと気持ちよさそうなので、両方の窓を開けておいた。うん、風も通っていい感じ。……それにしても、
「考えてるなぁ、オネイルズ」
確かに、魔導書”妖精全書”を書くだけのことがある。あちらさんのことが本当に好きなんだね。
そう納得すると、リビングを後にした。
窓から吹き込む新しい空気によって掠れていく彼らの―――この家に住んでいた二人の残り香を吸い込みながら。
では、次は二階―――に行く前に、一階の最後の一部屋に行かないとね。
それは階段の前にある部屋。……この家の中で最も魔力を感じる場所。
大体なんの部屋なのかは推測つくけれどね。魔法使いには必須ともいえるものだ。
「では、いざ!」
扉を開けば、古書の香り。……うん、とてもいい匂いだ。
ついで目に映りこんできた光景は、無数の本が乱積みにされた、書斎であった。
……記憶の中のオネイルズが、妖精の軟膏を作ろうと苦心していた場所である。
床にも積まれている本の上をなぞる。
埃一つつかない。シェーンはずっとこの家を守っていた。手入れして、外敵を排除して。
オネイルズの記憶を手放しても、この家が大事だっていう感情だけはどうしても手放せなかったから。
もうこの家の守護者はいない。だからこそ、代わりに俺がこの家を守らないといけない。魔法使いとして、そしてあの二人を送ったものとして。
「まずは書斎の掃除からかな」
色々と落ち着いたらそこから始めましょう。
最期のままになっているこの場所を片付けて、ようやく出発地点。
俺の魔法使いとして人生がここから始まるのである。
きっと、今回のような少しだけ悲しくなるような出来事や、大怪我や代償を支払うこともあるのだろう。
けれど。俺はそれらの感情を背負ったとしても、その過程、或いは始まりである出会いというものをとても愛おしく、何よりも楽しく思うのだ。
俺の性とでもいうべきものだから。あーまあ、双子やシルラーズさんに迷惑を掛け過ぎないようには注意しますけど。
兎も角だ。
俺は俺らしく、このセカイを生きていこう。
そういう風に、改めて思ったというだけの簡単なことなのである。
「……ん?」
書斎の隅に、年季の入った、しかし艶のある黒色をした魔女帽子が置いてあった。
ここに在るという事はこの家のもの。つまりオネイルズかシェーン、どちらかのものなのだろう。
手に取って被ってみる。……ちょっと今の俺の身体には大きいかな。
―――でもまあ、いいか。
もう持ち主も管理者もいない以上、ただ置いてあっても風化していくだけ。頂戴しても罰は当たらないだろう。
被ったまま、書斎を出る。
この先に在るであろう、新たな出会いに懸想して。
「―――はっ?!先に二階確認しないと!」
ドタバタと階段を駆け上がる音に混じって、風の音が聞こえる。
先程開けた窓から、風が運んだ花の香りが鼻先を掠めた。
……カモミールだ。古来から、伝統として大事な家族のお墓に、慰めとして植えられるハーブ。
今最もこの家に似合うであろう香りを吸い込んで、この新たなセカイの新たな我が家をしっかりと見分する。
さあ。ここから始めよう、俺の新しい人生を――――。
一章終了です、ありがとうございました!
この先は短編を幾つか挟み、次の章……という感じで進んで行きたいと思います。
短編は読まなくても本編には支障がないようにはするつもりですが、読んでいただけるとより世界観に浸れる(はず)と思います。
……では、この先の御伽噺。マツリの物語にもうしばらくお付き合いくださいませ。