療養
「ふむ、用事も済んだ所で今回の問題点を幾つか上げさせてもらおう。覚悟はいいかな?」
「……あ、はい……」
問題点ならばかなり多く上がると思うのです。
だって問題だらけですからね!
もちろん、誇ることでは無い。気を付けないとなぁ……千夜さんの身体があったとしても、今の実力で首を突っ込みまくったらもしかしたら死んでしまうかもしれないし。
だからと言って、首を突っ込むことをやめることはできないのだけれどね。俺の性分ですから。
「マツリ!目が覚めたと聞いたぞ!」
「あ、ミールちゃん」
シルラーズさんから遅れること十数分。
扉を大きな音を出して開け放ち、ミールちゃんが現れた。
「姉さん、警備当番はどうしたのですか?」
「替わってもらった。……さて、マツリ。怪我の具合はどうだ?」
「えっと、傷自体はほとんどもんだいな――――」
いから、大丈夫と言おうとした瞬間であった。
「では一発……拳骨だ」
「あふわっ?!」
そんなに強くはないけれど―――代わりに心のこもった拳が頭に振り下ろされた。
頭を押さえつつ、ミールちゃんを見上げる。
「騎士の仕事を奪うな!私はお前を守りに行ったのだぞ……!」
「……はい、ごめんなさい……」
「お前が死んでいたら、私は一生悔いていた。もちろんミーアもな。周りの人間のために、少しは行動を考えろ」
「それ、姉さんが言うのですか」
「ミーア、今は少し静かにしていてやれ。真面目な時だ」
「おい、全部聞こえているぞ!」
周りの人のために、か。
身に染みます……出来るかなぁ、俺に。
誰かのためにと思ってしたことが、その誰かのためになるとは限らない。また、別の誰かにとってはためにならない。
それは、理解してはいるのだけれど、どうにも難しいものだ。
「ふぅ!……では、あれだ。あとはさっさと身体を治せ」
「うん、養生します」
次は優しく頭を撫でられた。
本当にお姉さん気質だよねぇ……ちょっと手が出るのが速いけどさ。
面倒見はいいのだ、すごく。
ちなみに横のミーアちゃんが若干膨れていたけれど、何故だろう。ミールちゃんが俺を撫でているのが気に入らないのだろうか。
あれかな、自分も撫でてほしい、みたいな?
「姉さん、そろそろ仕事に戻っては?」
「―――え?ああ、そうだな……まあ二人とも抜けるのは確かに良くないしな。では、またな、マツリ」
「またねミールちゃん」
扉を開けて出ていくミールちゃんに手を振って応える。
双子は騎士という職業に就いているのだ、仕事中にわざわざ来てもらってほんとありがとうと、振る手に込めつつ。
ふと思う。うーん、職か。
職に就いているという事は、自立しているという事でもある。この身体になる前の癖でちゃん付けしているけれど、二人とも俺よりもずっと大人であるのだろう。
年上の俺が、あまりだらけていてもかっこつかないよね。
こんな醜態をさらしておいて、いまさらじゃない?という話は置いといて、仕事という物をきちんと探さないといけないな。
このセカイで生きていくっていうならば、尚更に。
……元のセカイに戻るという選択肢ももちろんあるけれど―――この身体で戻っても仕方ないだろう。戻るためには、先に身体を元通りにする必要がある。
その方法は現在、皆目見当もつかないので、帰る選択肢はしばらく放置するしかない。
シルラーズさんには、魔法使いにしかできない仕事を振ってもらえるようだけれど、頼りきりになるのは駄目だと思う。
自分でも仕事をとれるようにならないと。
そのためにはやはり、魔法使いとして頑張るのが一番の近道ってことか。
少しこんがらがってきましたが、まあ―――魔法使いとしてしっかりと生きていこうか、まずは。
「で、さらにそのために身体を治す……みんなの言う通りってことだね!」
「はい?」
「あ、うん独り言だよ」
考え事の最後が口に出ていたようである。
……よし、じゃあさっさとこの身体を治そうか。
ミーアちゃんに頼んで、近くの机の上に置いてある俺のローブの中から幾つかのハーブを出してもらい、それをシルラーズさんにお願いして燃やしてもらう。
ようはお香だね。インセンスともいう。
今は魔法を使っては、治りが遅くなるので普通に使用したのだ。
「セージにタイム、カモミール……あとはヘベイリーフにサンダルウッドか。守護と治癒のハーブだな?」
「治りを早くするために、です」
「良い心がけだ。魔法使いとしての意識が芽生えてきたようだね」
「何にせよ、早く治してくださいね。……そうしたらまずは、マツリさんの服を買いに行きましょう。女の子ですし、そのあたりはしっかりしませんと」
「いや俺は元男だって忘れてません?」
酷いよミーアちゃん……。
「ふふ、冗談です。まあ、家に必要なものの買い物は手伝います。特に女性用品などに関しては助けがいりますよね?」
「確かに……お願いします」
「お願いされました―――で、ではあとはゆっくりと休んでください」
ミーアちゃんがおずおずと伸ばした腕は、俺の頭をさわさわと撫でた。
最近俺の頭を撫でるのは、流行っているのだろうか?
まあ、気持ちがいいので悪い気はしないけどね。
「カーテンは閉めておくよ。どうせ眠りっぱなしになるだろうからね」
「おねがいしまーす」
「それではマツリさん、お大事にです」
「うん、ありがと」
保健室を出る二人にも手を振り、完全に出て行ったのを確認すると、布団を頭から被る。
よし、今度の俺のやることは、なるべく早くみんなの前に元気な姿を見せることだ。
そうと決めたら、すぐに寝ようそうしよう!
とまあ、決意を決めた瞬間に、意識は融けていったのだった。
***
そして、気がついたら数日が経過していた。
いえあの、本当に気がついたらっていうところがミソなんですけどね?
……飲まず食わずでぶっ通し三日寝ていたという、本当に人間離れした睡眠をやってのけた自分の身体に驚きを覚えつつ、今俺はこの首元に掛けられた鍵を使うべく、街はずれを歩いていた。
まああれだけ出血しておいて生き延びているっていう時点で、既に肉体そのものが人間から離れているのは自覚していたのだけれど、魔力や知識以外での異常さを実感したのはなんだかんだで初めてだ。
身体能力的にとんでもない力を持っている、というわけではなかったし。
寧ろ単純な筋力で見れば、明らかに前の身体よりも劣っている。
「なんにせよ、怪我の治りが速いならいいけどねー」
結局はそれに尽きるというわけで。
人離れしているとしても、便利であるという事実が貶められるわけでもないし、今のところという制約は付くけれど、代償などもない。
ならば、普通に享受しますよねーってことだ。
「―――さて、と。やっとついた」