ヤドリギの鍵
***
ふわりふわりと揺蕩う意識の中で、最後の夢を見る。
きっと俺がこの二人の夢を見ることができるのはこれで終わりだから、忘れないように目に焼き付ける。
「――――!」
「……―――」
声は聞こえない。完全に冥府の向こうへと歩を進めた者の声は、現世に身を置くものには聞こえないのだ。
俺は例外的に聞くこともできるのだろうけれど、今はその力もない。
ただ見るだけで精いっぱい。
「それでも」
見れてよかったと思う。
記憶の中ではない、本当のシェーンとオネイルズ、二人の笑顔を。
ああ、幸せそうに腕を組んで―――ほんと、仲がいいなぁ、もう。
あんなにも綺麗に映る二人組は、今まで生きてきて初めて見たかもしれない。
生涯に一人だけの伴侶……ちょっとだけ、やける。
二人がふと立ち止まり、後ろを振り返った。
彼らの背中を見ていた俺からすれば、こちらに顔を向けたように映る。
「「…………!!」」
小さく手を挙げた二人。
もう行くよ、と言いたいのだろう。
―――うん、じゃあね。
俺も手を小さく振り返し、背を向けて反対方向へと歩く。
君たちに出会えて、とてもよかった。だって、これほどに美しいものを見ることができたのだから。
俺の歩く先にある光が、その強さを増す。
さあ、夢の終わりだ。
いち、にの……さんで目覚めよう―――。
***
「おはようございます。マツリさん」
「ミーアちゃん……おはよ」
目が開く。俺の瞳の中に映り込んだのは、ミーアちゃんと最近本当に見慣れてきた保健室の天井だった。
毎度お世話になっています、はい。
病院というものはあまり見慣れない方がいいとは思うのだが、上手くはいかないものです。
「起き上がらなくて結構です。どうせできないとは思いますが」
「あー、ではお言葉に甘えて?」
「……はあ」
ため息をついたミーアちゃん。
表情がなかなか硬い。ちょっと怒ってますね、これ。
対応が最初に会った時に近い感じというべきか、冷たい感触を与えるやり取りになってしまっている。
その理由は、これなんだろうけどねぇ……。
いつの間にか着せてもらっていた、黒レースのネグリジェ越しに見えるお腹を見る。
若干血で汚れた包帯が、白い肌の上で異彩を放っていた。ああ、太ももにも傷を負っているので当然そちらにも巻かれています。
足の方は下着があるのでそこまで歪には見えないけれどね。
……というか、レースなので透けているんですよね、これ。俺にはちょっとだけ恥ずかしい服装だ。
さて、怪我は感覚的に今も治っていっているようだが、魔力も血液も足りていないからか、千夜さんの身体をもってしても治りが遅いようである。
いや普通に考えれば、この傷と出血量ってショック死しててもおかしくない量だし、本当に千夜さんの身体には助けられていますよね。
そもそもこんな傷を負ったのはこの身体のせいでもあるという事が少しばかり厄介ですけどね!
「まあ俺自身の性格もあるけどさ……」
「……なにかいいましたか?」
「何でもないよー」
独り言ですから。
俺のせいでもあるのだし、身体のせいにだけするのもよろしくない。
実際魔法使いとして強い力を発揮してくれていたこの身体には随分と助けられたし。
おかげで二人の笑顔を見ることができたのだから。
「学院長。マツリさんが目覚めました」
「本当か、すぐ行くよ」
ああ、そういえば電話もあったっけ、この部屋。
話し声の方に目を向けてみれば、ミーアちゃんが電話の受話器をとり、シルラーズさんに俺の目覚めを連絡していた。
いやはやほんと、何から何まで申し訳ない。
「ミーアちゃん」
通話が終わったのを確認して、ミーアちゃんに呼びかける。
「何でしょうか」
「―――ごめんなさい」
無理矢理体を起こして、きちんと頭を下げた。
何せ心配かけたからさ。
案じてくれている人の好意を無下にすることは、誰だって知っているよくないこと。
だからしっかりとごめんなさいという言葉を伝えないといけないのだ。
「……はい。マツリさんの性格は大体把握していますけど、あまり心配は掛けないでください。期待はしていませんが」
「そんなぁー」
辛辣な評価を頂いた。
ま、自業自得か。きちんと期待されるような行動をこれからするように心がけるっていうのが、俺が今一番取るべき行動だよね。
「マツリ君、おはよう。―――ふむ、いい目覚めのようだね。顔つきからは特に問題は見えないよ」
「シルラーズさんもおはよ―ございます。体調は結構良好ですよ?」
体を動かすたびに襲ってくるこの筋肉痛のような痛み以外は。
さてさて、この痛みはどうやら、強大な魔法を使用すると発生するようですね。
なんとなしに頭の中に流れ込んでくる知識をそのまま流用すると、魔法を編むための魔力を生み出したこの身体、その人間部分が膨大な魔力に耐え切れずに発した悲鳴こそがこの痛みの正体であるらしい。
だから魔力を大量に消費したときに、痛みが生まれたわけですね。
トリスケルの紋様は逆に、魔力を生み出すためのあちらさんの部分を活性化させているからこそ浮かび上がっているようだ。
半分人間じゃない、と言っても体の細胞などがきっちり分かれているはずもなく、実際はなんとなくというべきか、まあ曖昧な状態で混ざり合っている訳で。
水に溶かした砂糖みたいな感じ。
だからこそ、無理をした場合の代償は全身に現れるわけなのである。
今もトリスケルの紋様はかなり広い範囲に広がっているが、その範囲内にも当然痛みはありますからね。うん……もう、すっごく痛い。
「では私も小言を幾つか言いたい……ところだが、先に君がなした成果について報告せねばな」
「成果ですか?」
「そうだ。君がその怪我と引き換えに起こした事さ。まあ、単純なことだが―――」
そういいながら白衣のポケットに手を差し込むと、チャリンという小さな音を立てて、古びた鍵が取り出された。
……この鍵は。
「あの家の鍵だ。これより正式に君の物となる。……地下で何を見たのかを、外にいただけの私が理解しているわけではないが、マツリ君ならば大切にしてくれるのだろう?」
「―――もちろんです」
だって、あの二人の残した鍵だもの。
頭を少し下げて、シルラーズさんの腕が通される。
鍵はネックレスのように紐が通っているので、そのまま首にかけてもらった。
首の真鍮製の鍵を弄びつつ、緻密に施された装飾を見る。
流石に鍵は金属じゃないと長持ちしないため、象牙製というわけにはいかなかったのだろうけれど……装飾にミスルトー、つまりはヤドリギが使われているところに、二人の鍵なんだな、という感慨を抱かせる。
そうそう、余談ではあるけれど―――ヤドリギの下で口づけを交わすと、その二人は永遠に結ばれるっていう言い伝えがあるのだ。
まったく憎いねぇ、オネイルズ。