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サウザント・ナイト ~謎の異世界転移からの魔法使い生活~  作者: 黒姫双葉
第一章 魔女と魔法使いと異世界と
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夢を見せた人

***





再びの夢を見る。

誰かの記憶を、盗み見る。

いや、違うかな。彼岸に近づいたために、記憶の共有がより鮮明に行われているのだ。

死と眠りは兄弟である。だが、冥土に近い死。それに近づいた方が、死者からの交信はやりやすい、というのは自明だからね。

きっと、この記憶の主と俺は、その在り方が似ていたのだ。

それに加え、千夜の魔女という肉体を得たことで、マツリという存在が発煙筒のように目立ち、鮮明になった。

最初に夢を見たのは、そのせいで。その時の誰かの思いとはつまり、願いを受け取ってほしい、という事なんだろう。


「あなたが、この記憶の主?」


俺の姿は、意識を手放したときと同じ。

つまり、お腹に大穴空いたままの重症患者状態だ。

……ま、痛みがないのが救いと言えばその通り。魔法の酷使によって発していた痛みの方は残念ながら今も続いていますが。

同じ痛覚から感じる痛みの筈なのに、在ったりなかったりするのは不思議の限りです。

千夜さんの身体が作用しているんだろうけどさ。

んま、それは置いておいて。


「まさか、死人に口なし……なんて言わないよね―――魔法使いさん?」

「うん。もちろん、ここまで来てくれたなら喋れるとも。初めまして、魔法使いにして、魔女の身体を持つヒト」

「魔女的意識はそこまでないから、ちょっと違和感だけどね」


曖昧だった記憶の主の姿が、俺の前に鮮明に表れる。

朗らかな表情を浮かべた、柔い金髪を揺らめかす青年。彼岸の彼方にいるなどとは、思えないほどの生気をもつ……魔法使い。

さて。ではでは、まずは―――文句を言わないとね!


「泣き女さん強情すぎるよ、君いったい何したわけ!」

「あれ?そこまで記憶見れていないのかい?」

「見れてないよ、長老様からもそんなプライベートなところまで教えてもらってはいないよ!」


当然である。プライベートの侵害なんてものを、あの長老様がするわけないじゃないですか。

俺が見せてもらったのは、只々、泣き女さんが泣いている風景だ。なぜ泣いているか、なんてそんなことは―――。

……ふと。貰った記憶の中に映る風景に、思いを馳せる。

あの娘は、何の前で泣いていたのだろう。

祝福を受けた妖精、泣き女。泣き女が泣くときというのは、そうだ。

家人が、亡くなった時。

そして、あの娘にとっての唯一の家人は―――目の前の魔法使い。

すっかり泣き女というあちらさんの在り方を、特性を忘れてしまっていた……知識としては知っていたはずなのに、実体験として薄かったのだろう。

所詮、俺は異世界から来た部外者。完全にあちらさんたちを理解できていたわけじゃない、か。

当然理解できるなどと言い切る事自体も傲慢ではあるけれど、俺はあちらさんと似た存在なのだから、言い切れるくらいにはなっていないといけなかったのに。

怠慢だなぁ、俺は。


「ついてきてくれ。記憶を案内する」


自分の鈍間さを自覚していると、青年が手を差し伸べた。

案内するから手を取れと、そう言っているらしい。


「……その前に。君の名前は?」

「いるかい?」

「もちろん」


差し出された手に掴まり、一緒に歩き出す。

―――俺のお腹からは依然、血が垂れたままだったけれど、これはこれでいいのだ。

残してあるこれが、やがて道しるべになるから。


「ハーミット。僕の名前さ」

「……隠者。偽名でしょ」

「ふふ、もちろん。……彼岸の住人に、名前なんて尋ねる者じゃないよ。まだ魔法使いとしての経験が足りていないね、君は」

「……うるせーい」


見習い擬きですよ、どうせ。

というか、それを言うなら名前を尋ねるな、じゃなくて姿を見るな、じゃないのか。

つまるところ、見るなのタブー、というやつ。まあ、もう遅いけど。

というか今の状態だと、俺も半分そちら側なのでタブーもくそもありゃしない。


「さあ、ここからが僕の記憶だ。うん、僕としても、彼女が悲しみ続けるのは嫌だからね、全部覚えて行ってくれると嬉しいな。この記憶でしっかりと彼女を救ってほしいんだ」

「……大体ハーミットの自業自得な気がするけど?」

「まあね。一応彼女のことを思ってやった行動ではあるけど」


誰かのための行動が、本当に誰かのためになるかは分からない。

そういうことだ。

良かれと思ったことが悪に働くことなど、ざらなのが現実なのだから。

パチリ。

ハーミットが指を鳴らし、暗闇が大多数を占めていたこの空間が、組替わる。

この空間もまた、泣き女さんが支配していたあの場所……つまり、死にかけの俺の身体が置いてあるあの場所と同じようなものなのだ。

一つ違うのは、ここはほとんど冥界と呼ばれる概念に近い場所で、現実の方は妖精の国の道中という事だけど。

俺の身体とか才能とかを加味すれば、行きやすいのは現実のほうです。なにせこっちは死にかけてなおかつ招待されないと入れないからね。

ま、そんなことはいいか。今はまず、うつされた風景を記憶しないとね。

なにせ、あの娘を助けるためには、指輪だけでは足りなかったようだから。質問を返す前に俺が倒れてしまったというのもありますが。

……我ながら未熟ですね、はい。

―――手を引かれつつ、組み上げられた風景を眺める。


「この景色は」

「見覚えがある?まあ、そうかもね。一番初めに送った手ごたえのあった記憶だから」


ハーミットの言う通り。

この景色は、俺が夢で一番初めに見た記憶だ。

それだけじゃわからない、と叫びながら飛び起きたやつ、はいあれです。

今見てもやはりこれだけじゃ何を伝えたかったのか全く持って解りませんでした。とりあえず魔法使いという単語だけは重要だってことは覚えておいたけれど―――。


「これ、君でしょ」

「うん、これ僕」


ベビーベッドに眠っている赤子を指さす。

俺は最初、あの赤子の視点として夢を見ていたわけだ。そして、その赤子。それは当然のことながら、ハーミットである。

赤子かぁ。どうりで身体が動かないわけですよね。


「で、この時にちらっと見えたのが」

「彼女さ」

「凄いなぁ、魔法使いの素質ありありじゃん」

「君には劣るよ」

「―――俺の場合、ちょっと違うから」


千夜の魔女と呼ばれる人に浸食されること。

気にはしてないのも事実だし、色々と助けられているところもあるんだけど、当然厄介なところもあるのだ。

体を覆うトリスケルの紋様とか、生み出し続ける魔力による反動とか。

その分、いろいろな人との出会いで帳消しだけどさ。

……そう、泣き女さんだって、このハーミットだって、俺にとっては大事な出会いなのだ。

パチリ。

再度、指が鳴らされる。音に従って、また風景が切り換えられた。


「ここは、書斎かな?」


無数の本に囲まれた、年季が入った木の色をした空間。

本の数が膨大過ぎて、書斎というよりは図書館の一室と言った方が正しい気もするけど。

それでもハーミットが頷いているのだから、書斎なんだろう。

……その書斎の机に向かって何かを書いている、小さな影を見つけた。

少年だ。羽ペンを羊皮紙に向かって熱心に走らせ、時折近くに置いてある書物を見ては頷き、また作業へと戻る。

そんなことを繰り返していた。


「あれも」

「僕さ」


うん、知ってた。

というかこの人の記憶なんですから、登場するのはこの人に決まっていて――――あれ?

おかしい。なにか、引っ掛かりを覚える。

言葉にするにはもう少し時間とヒントが必要そうだけれど……少し、変だ。

然りとて、なにが変なのか。

そう、違和感は今、この記憶を覗いているときに発生したものだ。長老様の記憶や、最初に夢で見せられた時には、そんな違和感は発しなかった。

……なんだろう。

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