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サウザント・ナイト ~謎の異世界転移からの魔法使い生活~  作者: 黒姫双葉
第一章 魔女と魔法使いと異世界と
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指輪



「うう、また全身痛くなってきたぁ……」


トリスケルの紋様が熱を帯びて、さらに広がってきているのが分かるもの。泣き女さんの言葉に応じたのは痛みを紛らわすためだったりもする。まあ会話するのも目的ではあるけどさ。

この魔法が本来備えている反撃能力を抑えているから、尚更に疲労がたまっているのだ。魔法使いの見習いの分際でこんなに魔法使っている罰が当たったのかもしれない。

―――でも、負けるわけにはいかないんだよね。

うーむ、つまるところ、ここからは自分とも戦わないといけないわけだ。頑張れ、自分。


「愚痴っていても仕方ないし、さて行きますか」


というかじっとしていると串刺しになる。

魔法で水の槍を防いでいるとはいっても、魔力を生成している身体への負担は非常に大きいし、泣き女さんの言う通り、数を打ちまくれば防御を突き抜けてしまう可能性もある。

なので、なるべく攻撃は受けたくないのだ。この空間にいる限りそれは不可能なのも分かってはいるが。

そういうことで、立ち止まるという選択肢は無いのである。俺と一緒だね。誇る事でもないけどね。


「でも、ま……正直厳しいかなぁ」


槍の軌道をそれとなく察し、ひゅるりと避けながらふわふわと泣き女さんに近づく。

どうしようもないものはエルダーの枝で受け止めつつ進んでいるが……うーん。

この調子だと確実に辿り着く前に串刺しになる。これが単純に魔物とかだったらなんとでもなるんだけど、そういうわけではないのがつらいところだよね。

攻撃するという選択肢を奪われるのは何ともやり難いわけなのだ。

……仕方ない、かなぁ。

ある手段を取る覚悟を決めつつ、できるだけそれは使いたくないので急いで水中を蹴り進む。


「ちょっとでいいから、じっとしててよ……」

「煩い、煩いわよ。……お前みたいな人間に、生きる時間の限られている生き物に私の悲しみなんてわからないでしょう」

「そりゃあ、分からないよ。俺は普通にしか生きていないんだから」

「そう。最初から貴方たちと私は違うのよ……。この世に生まれ落ちた最初の時から、それが悲しいことだなんて、解っていたのに」

「……泣き女さん」


言葉をどう返すべきか、迷った。

……俺もそれなりに長く生きる可能性があるらしいけれど、今はまだ普通の人間と同じ時間しか生きていないのだから、その悲しみに対して本質を突くような言葉を送る自信は、無いのだ。

いや、そもそも、だ。

長命なあちらさんや、旧き龍たちもたくさんの人がいるのだから―――それだけの数、その長命な時間に対しての感じ方という物がある。

長老様は、朽ち逝く時間すらも大切な宝物だと思っていた。プーカは最初からそう言うものだと、そう感じているようだ。

じゃあ、この泣き女さんはどうだろう。悲しい、と彼女は言っているけれど……本当に、最初からそう思っていたのだろうか。

いいや。答えは、絶対に違う筈なのだ。

だって、本当に最初からそう思っていたのであれば―――。


「動揺が丸見えよ。……詰めが甘いのね、お前」

「……あ、……っ……?!」


詰めが甘い、まさにその通りだろうか。

こんな時だというのに、思考に没頭してしまった。……のほほんとしたセカイにずっといたから、そもそも荒事なんて経験自体がない。

それが、このタイミングで致命的に表れた。

魔法の防御膜に任せて、水の槍だけに注目していたから―――この水中の支配者、まるで滑らかに泳ぐように移動した泣き女さんの動きに対しての対応が、圧倒的に遅かったのだ。

あちらさんの力は魔法的だけではなく、物理的なものとしても強いことが多い。

もともと、本来の姿では巨躯を持っていたり、そも種族として人外のものも多いので、当たり前といえばその通りなのだけど。


「あ、はは……一本取られた……?」

「なんで、その状態で笑えるのかしら、お前は」


まあ、目的としては達成できた……いや、向こうからしてくれた、からかな。

俺がやりたくはないとしても、仕方ないと割り切った手段はこれだからね。要は自滅覚悟の突貫……特攻とも言いますが。

日本軍の場合は育成コストを嫌がってただの無駄死にになった神風だけど、どうしようもない鬱屈した状態では割と有効だったりします。失敗すると死ぬけどね。失敗しなくても大体死ぬけどね?

喀血しながら、服のポケットに手を伸ばす。

―――泣き女さんの腕は、俺のお腹を貫通していた。

手刀だけで人の身体を貫けるんだから、本当に強力だよね、君たちってさ。

口元と傷から溢れ出た血液が、空間を覆う水の中に融けていく。同じようにして、俺を守護していた魔法、『エルダーの枝』も効力を失い、消えていった。

流石に痛い……痛いけれど、その痛みがあるから意識を失うのを防いでくれる。

気合を入れてポケットの中の手を強く動かし、目的のものを掴む。

ついでに魔法もかけておかないとね。この泣き女さんが、逃げてしまわないように。


「『わが身と……その身を囲え、ネトルの草縄』!!」


霧煙によって生まれたネトル……イラクサが俺達の周囲を取り巻く。うん、本来は除霊のためとかだけど、日本でも聖域を作るための注連縄で進入禁止を表現していたりするし。

こういう使い方も、アリだったりします。


「ちゃんと思い出さないとだめだよ。この記憶、君のものなんでしょう?」


象牙の指輪を、彼女の胸元に押し当てた。


「何故、それを―――お前が」

「……っ…………」


痛い、痛い、痛いなぁ……。

未だお腹に突き刺さったままの泣き女さんの腕の周りを手で押さえる。

ズキリ。余計痛みが襲ってくる。

うわ、意識飛びそうだ。視界が点滅を繰り返している。頭は血が足りないからか、下に引っ張られるような冷たい感覚が襲っているし。

もう、持たなさそうだなぁ、これは。

感情では他人事に思っていたけれど、意識の断裂は抗いようもなく。

当たり前のことのように、視界は風景を映し出すことを諦めたようであった。




***



「答えなさい、何故この指輪をお前が持っているのよ!」


この指輪は、あの人の―――!


「……おまえ」


ああ、これは。

一瞬高ぶった感情が冷ややかになる。

冷静に、腕を引き抜き、この空間で私と戦って見せた魔法使いを見る。

私のセカイである、この水中に零れていた魔法使いの息の気泡が、止まっていた。

……人間とは、本当に脆い生き物だ。


「本当に、なにをしに来たのよ。おまえは」


ただ、私の守り続ける家を奪いに来ただけならこんな指輪を渡して終わり、だなんてありえない筈だ。

つまり、この魔法使いの行動は、どう考えても自分のことでは無くて。


「まるで、私のためにここまで来たみたいじゃないの……」


記憶に刻まれた、あの人みたいに。

妖精と人と、決定的に種族として違うと、知った上で妖精とともに行こうとする、あの人と!

やめて、これ以上私に……人を愛させないで頂戴。

貴方たちと私は、敵対しているのが一番いいの。……これ以上は、私が壊れていくだけ。どうしようもない寒さを、感じ続けるだけ。

嫌よ。もう、終わりにしてほしいの。

二度と帰らない、帰れない人を待ち続けるのには、疲れたのだ―――。





***




「……マツリ君の様子がおかしい」


泣き女の守る家の傍で、幾つもの道具を地面に並べた学院長がそう呟いた。

地面に……正確には、地面の下の妖精の国に引き込まれたマツリさんを遠方である地上から把握するための魔術を使っているのだ。

学院長が言うには、妖精の国と私たちの地上世界は、妖精たちによって開かれる道では繋がっているが、基本的には干渉不可能な、次元的にずれた場所にあるらしい。

深度で言うならば確かに地下にあるが、実際にこの地面を掘っても妖精の国に辿り着くわけではないということだ。

妖精の国に辿り着くためには、魔術、より有効なのは魔法的な力で干渉して、次元、位相の際を破るしかないのだそうだ。


「すぐに引き上げられないのか!」

「出来ないこともない。だが、今引き上げても再び引き摺りこまれる可能性がある」

「……私が、”毒”を撒きましょう」

「やめろ。有効ではあるが、妖精に危害が及ぶのは、マツリ君が嫌がるだろう」


唇を噛む。

……見ているだけしかできない歯痒さ。悔しい、あの人の隣に居られないことに。

お人好しなマツリさんの事です、きっとろくでもないことになっているに違いがありません。

なのに、私たちには何もできない。いや、学院長はその手段があるけれど。

私には、何もないのです。


「マツリさん……無事で帰ってくると、約束をしていたじゃないですか」


曰く、しっかり戻ってこなかったら殺す、とまで。

あれは冗談にしても、無事に戻ってくるとはしっかり約束したのだ。

それくらい、守って欲しいのだ。

手を組んで祈る。神にでも妖精にもでも、旧き龍にでもなく……マツリさんを助けてくれる力を持つ、知らない誰かに向けて。

―――名も知らない人。誰でもいいから、マツリさんを助けてあげてください。

強く強く、祈った。



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