魔法使いの家
ミールちゃんのほうは、鈍色を纏う金属の鎧だ。体にフィットするようになっていて、急所以外はチェーンメイルとなっているのが特徴。
ミーアちゃんは本人も言っているとおり、薄黒い革の鎧だ。でも、革だからと侮るべからず。強靭な繊維を持つ革鎧は、斬撃や刺突の勢いを大幅に緩めてくれるのです。ちなみに左手には麻袋を持っていました。お弁当でも入っているのかな?
……うーむ。それにしても、こんな装備をしている二人を見ると改めて騎士なんだなぁという感慨が浮かんできた。
初めて会ったころの、黒かったミーアちゃんが頭の中をよぎりました。最近は俺には柔らかく接してくれているけど、たまーに黒いところが出てくるんですよねー。
愛情も感じているから嫌な感じではないんだけど。というかミーアちゃんみたいな女の子からされて嫌なことなんてありませんゆえ。
ほんとだよ?
「うん?その薬草籠、そのまま持っていくつもりかい?」
「仕舞うところもないので……」
「ふむ……ミーア。ローブを」
「はい」
左手の麻袋からひょいっと取り出されたのは黒いマントのような……うん、まあ、はい。ない語彙力を振り絞ろうとしたけど何の意味もないことに気がついてやめた。
改めて。まあ、今シルラーズさんが言ったけれど、つまりは魔法使いが着るような、典型的なローブでした。
「結構大きめですかね。マツリさん、手を広げてもらえますか?」
「はーい」
「姉さん、端をお願いします」
「任せろ」
両手を横に広げて、双子にローブを合わせてもらう。見た感じデザインはそんなに凝ってはいなくて、普段街中で着ていても目立たないであろう程度だった。
個人的に服はあまり種類を持つのは好きじゃなくて、特に上着は同じものを使い続けたいタイプなので普段使いできるのはうれしいよね。
……というか、これ貰えるのかな。やっぱり貸し出し?
「やはり少し大きいですね。袖や裾が余ります」
「ま、それでも収納スペースが多い方がいいだろうさ。大きい分には捲ればいいしな。ということでマツリ君、これを君にあげよう」
「頂けるんですか!」
「薬草籠をそのまま持っていくよりはましだろう?それに―――魔法使いはローブを着るものだ」
「……それ、お前の偏見が八割だろう」
「ばれたか。何にせよ魔法使いも道具は使う。ローブは必須さ。マツリ君は持っていないだろうし、私が用意しないとな」
ミールちゃんから的確なツッコミが入っていた。なんにせよ貰えるのはうれしいよね。心遣いありがとうございます、シルラーズさん。
……いやぁ、実際魔法使いが着るような服っていうのにもちょっと憧れがあったりするわけで。
あとは魔女帽子があれば確実ですよね。あ、それじゃ魔法使いじゃなくて魔女か。
でも某魔法使いのハリーさんが出てくる作品でも魔女帽子被って魔法使いの判別してたしなー。うーむ、よくわからない。
―――あれ?でもこの学院内の教室の一つには、魔女帽子なんかも置いてあったような。気のせいかな。
ま、それはそれとして、服を双子から受け取り、実際に着てみる。あ、確かに大きい。腕は指先がちょっと見えるくらいの長さである。
裾は結構ぎりぎり……というか地面につきそうかな。圧倒的に身長が足りないなぁ……。
んー、ついでに色々と調べてみようか。
「あ、ローブの内側にたくさんポケットが」
「摘んだ薬草を入れることができるようになっているようだな。……知り合いの魔法使いがそのような服をしていてね、作ってみた」
「……自作ですか?!」
裁縫スキルもあるとは、本当に何でもできますね……。
うん、確かにドイツなんかの薬草摘みの女性たちは、ポケットに薬草をパンパンに入れたりしていた。薬草を摘む婦人を形にした木工細工もある。
ポケットに薬草を入れるのは一般的といえば確かにそうなのだ。
ちなみにだけど、どのドイツでは薬草魔女なんて呼ばれる人たちもいる。ちょっと親近感。
さてさて、薬草籠の中身をポケットに移してっと。
「えへへー、似合います?」
「白と黒の対比がいい感じなんじゃないか?」
「裾のおかげで子供感が増している感じもありますが」
「え」
「魔法使いらしさは向上しているだろう。ええと、東の方でこういう自分を表わす言葉があったな……確か、馬子にも衣裳……」
「それ褒めてないです……」
馬子にも衣裳て。豚に真珠とかと同じ意味合いじゃないですか、俺豚ですか馬ですかそうですか……。
確かにそんな美人さんだっていう自覚はないけど……ちょっと傷つきました……。
「安心してください。私は好きですよ」
「ほんと?」
「はい。かわいいです」
「………褒められてるのかなぁそれ」
かわいいって。まあ、嬉しくないわけじゃないけどさ!
「あー、ミーアよ。そろそろ行かないと人が増え始めるぞ?」
「確かにそうですね」
「マツリ君、忘れ物はないね?」
「杖もあるし、ローブにハーブも詰めたし……うん、あれもある。大丈夫です」
「よし、では行こうか―――件の家に、な」
***
街中を透明になって移動して、さらに街はずれへ。
そこからさらに一時間程歩き、ようやくたどり着きましたるは件の家!
……いや、地味に遠いよね、一時間歩くのって。まあ俺は歩きなれているから、苦じゃないけどさ。
でもこの時代の人たちもかなり健脚だから余裕なんだろうな。
さて、道のりへの感想はここまでとして、家に目を向けるとしましょうか。
「―――ここが、その家なんですね」
「私は初めて見ました」
「……前も来て思ったが、この家かなり古いのに、壁も屋根も綺麗なままだ。やはり、あいつか?」
「ああ、彼女が手入れしているのだろうね」
ミールちゃんが言う通り。
……この家の外観はその経年劣化から相当旧いという事が窺い知れるけれど、それだけなのだ。
住んでいる人が居ないという話は聞いていたから、相当汚れていてもおかしくないと思っていたのに、家には経年劣化から来る汚れしか見受けられない。
イギリスにはロストガーデンズと呼ばれる観光地がある。あそこは数十年もの間人々に忘れ去られてたために一度は荒れ放題になってしまった場所で、今では人々に復興されたために人気スポットとなれた。
でも、ここには人は来ていない。気配を感じないし、人々の往来がないから道も消えかけていたほどだ。
だから、ロストガーデンズの様な手入れはされていない筈なのだ。なのに―――あまりに、この家は美しかった。
「マツリ君?」
「ちょっと黒い煉瓦の家。長くあることを前提に作られているんですね」
西洋、とくにイギリスあたりの建築という物は非常に長持ちすることが特徴だ。築年数が長ければ長いほど価値があるとされる。
そういった歴史と共に歩むための建築構想の中でも、この家は折り紙付きだ。
形状はデタッチド・ハウス。郊外に立っていることが多い、大型の一軒家だ。色褪せても美しいままであるために、やや黒みがかった赤煉瓦系統のもので外壁を覆っている。色味を具体的に表せば、横浜にある赤レンガ倉庫よりは黒色が強い……かな。
屋根は夜に融ける黒煉瓦。長い期間が立っているはずなのにいまだに濡れ羽色が美しい。
美しい物を、美しいままに。そんな思いが染みこむように伝わってくる。
もっと触れようと一歩家の方に近づくと、
「うわっと、と……」
空気が、波立った。
景色が少しだけ歪み、白く霞んで。それがようやく収まると俺の視界の中央には、美しい女性が佇んでいた。
銅色の髪。真っ白な肌。見たことはないけれど、見覚えのある彼女。
俺はこの人のことを知っている。知らないけれど、識っているのだ。
「君が、泣き女?」
「……」
答えは返ってこなかった。
真っ直ぐな髪が目元を覆っているため、表情は見えないけれど……あの本に描かれていたあちらさんと瓜二つだし、間違いはないだろう。
うん、ならここからは俺の仕事だよね。渡すものと、伝える言葉があるんだ。
未だ分からない誰かから託されたものが。
今回この家に来た目的は、家の確保と魔法の試練みたいなもの。ようは俺の都合でしかないのだけど、それでも果たすべき役割はきちんとやりたいからね。
魔法使いのお仕事、きっちりとやりますか!