薬草籠を頭にのせて
でも気分こそが大事なのです。プラセボ効果とか、バーナム効果だってようは心の感情とかに作用されているのだから。
……さて、と。ここに来たのは俺がリーフちゃんに会いたかったっていうのと、もう一つ理由がある。それは、この空間に漂っている香りの元をお借りに来ました、ということだ。
まあつまりはハーブです。俺の魔法はどうやら薬草とかを下地として使用するようだから、経験のない今の状態では実物のハーブがあった方が助かるのだ。
それで、ハーブと聞いて真っ先に思いついたのがこの庭園だったのです。ここのハーブは樹木の精であるリーフちゃんの魔力を受けて強力に育っている。魔法の材料としては魔法使いが自分のために育てたり摘んだりしたもの並に有効だろう。
まさに理想的といえるけれど、俺のものじゃないからね、きちんと主であるリーフちゃんに貰ってもいいかっていう確認は取らないといけない。
―――ということでー。
「リーフちゃんお願いがあるんだけど!」
「うん、なに……か、な?」
「ハーブを少し貰ってもいいかな?」
首を傾げつつ聞いてみる。
……あれ、なんか自然にこんな動作出てきたけどこれあれだよね。おねだりするときの仕草だよね。うん、益々染まってきているのは錯覚だと信じたい。
「やくそ、う?いいよ、すこしなら、だけど」
「そんなに貰わないよ~。香りを損なわない程度だから安心して」
「うん、わかっ、た」
快諾してくれました。いーやったー。
野に出ればハーブたちも普通に育っているけれど、魔法の材料ともなればほとんどは自分で栽培したものの方がいい。
魔力とか思いとか籠もるからね。そういうのが大事なエッセンスとなるのです。まあ例外はあるけどね、しかも結構たくさん。
でも、この庭園ならば話は別。すべてのハーブに清廉な魔力が宿っているから、いい魔法を作れるだろう。
流石樹木の精だよねえ、リーフちゃんは。
そういうわけで、リーフちゃんと一緒にハーブを摘む。摘み方も教えてもらいながらね。
「ななめ、に、きって、あげて」
「こう?」
手渡された鋏を使って、ローズマリーの枝を斬ってみる。
これは立ち性の品種のようで、それなりに大きいものだ。俺の胸あたりまであるからね。
ローズマリーの場合は剪定ついでにもらっていけるので、下に伸びてしまった物や蒸れの原因となる密集枝を刈り落とし、貰っていく。
「じょう、ず!」
「リーフちゃんに比べればまだまだだよ」
いやほんと、リーフちゃんは樹木の切ってしまいたいところが分かっているかのように自然に落としていくからすごい。
もしかしたら自然の声が聞こえているのかもしれないね。あちらさんならそういうこともあるだろうし。
しかも、俺は要らない部分の剪定だけなんだけど、彼女はなんと見栄えも意識して剪定している。ハーブたちの健康と見た目両方を整えつつ、香りまで調整しているとは……ううむ、熟練した職人さんみたいだよね。
「タイムも少し……あ、セージも」
「はい、どう、ぞ?」
「ローリエとかもいい?」
「ちょうど、あまってた、の」
と、少しだけと言っていたのになんだかんだで結構いただきました。
いやはやほんとお世話になりました……。
「うーんありがと!きちんとお礼はするからねぇ~。あ、何かしてほしいことあったら言ってね。俺なんでもするよ?」
「ほん、と?」
「うん。こんなにたくさん貰ったし、俺にできることっていう制限はできるけれどね」
鋏と一緒に渡された薬草籠いっぱいに入れられたハーブたちに目を落としつつ、リーフちゃんにそんな約束をする。
「小指出して?」
「こゆ、び?……はい」
「ではではちょっと失礼して」
リーフちゃんの小さな手……おや俺も今はあんまり変わらないけどさ。
その手の小指に、俺の小指を絡めて―――。
「指切った~っと」
そういって、小指を放す。
不思議なものを見るような顔をしていたリーフちゃんが、小指に目を向けながら俺の発した言葉について質問してきた。
「ゆび?けが、したの?」
「あはは、そういうことじゃないよ」
いや元ネタである遊郭の花魁さんたちは実際に指を切っていたけれど。
それを実際にやったらただの傷害事件である。というかリーフちゃんの柔らかい手に傷をつけるなんてできるわけないじゃないですか。
―――これはそう言うものじゃなくて。
「約束するときはこうやるんだよ。俺の地域では、ね」
「かわって、いる、ね」
「そうだねー。多分日本だけだと思うよ」
他の地域にはそこ特有のものがあるだろうけどね。
より正確には嘘ついたら針千本っていう言葉も前に付けないといけないのだけど、それはちょっと怖いと思われるかもしれないから省いた。
大事な約束だけれど……いや、だからこそ普通にしたいのだ。恐怖で約束を守らせるっていうのはちょっとね。全てを否定はしないけど、俺が接する人たちとはそんな風な約束はしたくない。
「うん、というわけでしっかり約束は守りますとも。この小指に誓ってね」
「おねがい、かんがえとく、ね」
「あまり無茶なのはちょっと厳しいかもしれないからそのあたりは容赦お願いね~」
頭をふわりと撫でて、リーフちゃんから一歩下がる。
「じゃあ、またね。ありがとうございました」
「もう、いい、の?」
小首を傾げながら訊ねてきたリーフちゃん。
あら可愛い。細かい仕草一つ一つが本当にかわいいなぁ……。これが本当の女の子の可愛さってやつだよねぇ。
それはそれとして、質問には答えてっと。
「だいじょぶだいじょぶー。―――また、会いに来るからね~」
「まってる、ね」
名残惜しいけれど、今日は俺もやることがあるからねぇ。
薬草籠を頭の上に置きつつ、リーフちゃんに一旦のお別れを言う。
色々片が付いたら、この庭園でリーフちゃんと一緒にお茶でもしたいね。ハーブティーとかコーヒーもいいけれど、緑茶とか抹茶とかも淹れてあげたいなぁ。
あ、ちょっとリーフちゃんには苦いかも?まずは一度味見してから、かな。
……ま、そんな未来の展望はさておいて。
「ばいばーい」
リーフちゃんに手を振って庭園を後にした。
頭の上から漂ってくるいい香りを周囲に振り撒きながら。うん、いろんな魔法が思いつけそうだ。
少しだけ、薬草籠からハーブが落ちないようにスキップしながら学院内を歩いていったのだった。
さあ、シルラーズさんや双子が待っているだろうから、準備を整えて速く行かないとね。
***
「遅かったね、マツリ君。準備は完全か?」
「はい、完璧です」
……図書館の一階入り口。そこが集合場所であった。
見渡してみる限り人はそんなにいないようだ。まあ、まだ時間は早いからね。
ハーブを摘みにいくために、俺がかなり早起きしただけの話。
何せ今は七時くらいだからね。十分今のままでも早いと言える時間である。
普通七時とかに学校行かないよね。……え、行く?うーん熱心な生徒さんだ。
「ミールちゃんとミーアちゃんも、重装備なんだね」
「そうか?重装歩兵といえるほどではないがな。私は重い装備は好まない」
「私は諸事情で革製の装備ですが。荒事になってもいいように、私たちはこの格好で行きます」
普段は侍女服的なイメージも与える双子の騎士服だけど、今回は騎士という側面が強調されている服装だった。