癒しを求めて
「……強力な惚れ薬、だな。マツリ君の魔力でとんでもない効力となっている。まあすぐに解ける物ではあるが」
「今、魔法を使ったのですか。どこで覚えたのです?」
「プーカにでも教えてもらったのか、それとも長老か。妖精たちは確かに魔法も詳しいが、長老もそうなのか?」
「いや、違いますよ。誰かに教わったわけじゃないんだ」
目を閉じて、俺の頭を指さす。
「千夜さんの身体に……ここに最初から入っていたんです。まあ、確かにその事実は長老様に教えてもらったんですけどね」
その言葉を聞いて、息を零したのはシルラーズさん。
「なるほど……そういうことか。どうりで見つからないわけだ」
「学院長。一人で納得していないで、どういうことか教えてください」
「また今度だ。信頼できる人間にすら説明したくない事柄でな。全く、マツリ君は厄介事の塊みたいな存在だな」
「うぐ……すいません……」
「冗談さ。私はその厄介事に興味がある口だからな。寧ろどんどん厄介事を生み出してくれたまえ」
ならいいんですけどねー……。
本当に毎度のことながら、迷惑を掛けっぱなしですいません。
厄介事を生み出してっていうのは流石に冗談だろうし。冗談……だよね?
「ならば、確かに私が無理に教える必要はないだろうね。いいだろう、明日にでも件の家に行くとしようか」
「やった、お願いしますー」
シルラーズさんと話を進めていると、横のミーアちゃんが不服そうな顔をしていた。
いや、違うな。心配そうな顔……その二つが混ざった顔の方が正しいか。
「……安全、なんですよね」
「あはは、正直分からないよ。俺は実際のところ家がどんな場所かなんて知らないから」
重要な記憶をいくつか貰って。そして誰かから……そして長老様からお願いされたから、俺は行くのだ。
俺自身の目的である、お家の確保という理由もあるけれどね。シルラーズさんからの依頼とも言い換えられるけど。
―――でもそんなことよりも、託されたことの方が重要で、大きな理由だ。
でも。
そういった理由であったとしても。隣で俺を心配してくれているミーアちゃんを悲しませていい理由にはならないから。
「無事に戻るから、大丈夫だよ。というか、え?その家危険なの……?!って感じだからね!」
何度も言います。俺、その家に実際に行っているわけじゃないからね?夢というあやふやなものと、貰った記憶だけしか持ってないからね!
あぁ……自分で行こうって言っておいてなんだけど、こんな感じで大丈夫なのかねぇ。
ま、なるようになるか……というかなるようにしかならないか。つまりはいつも通り、と。
じゃあ俺もいつも通りに―――足を動かすとしますかね。
それが俺という生き物なんだからさ。
「信じていますよ。期待、裏切らないでください」
「任せといてよ。女の子の期待に応えるのは男……?と、友達の甲斐性ってやつだから……」
「言葉尻すぼめないでください。ちょっと不安になるじゃないですか!」
いや、男と言い切っていいのか本当に分からなくなってきていますので……。
お風呂に入って自分の身体を無駄に認識してしまったから、なおのこと男だった頃とは差異が出ている気がするのだ。
あ、目を隠していても他の五感で認識はできるからね。寧ろ目が見えていない分、より生々しかったかな!
「とにかく問題ないって!……だから、気にしないでいいよ、ミーアちゃん」
背伸びしてミーアちゃんの頭を撫でる。うーむ、背丈の差がっ!
でもまあ、笑ってくれたので良かったとします。
「はい。……まあ、当日近くにいるのですけどね」
「あ、そうなんだ……。恥ずかしいじゃんやめてよ……」
顔を手で覆った……いじわる。
「いつも心配かけられている意趣返しです―――ふふ」
「…………っ」
そんな風に舌を出されて悪戯っぽく笑われたら。
俺は何も言い返せないじゃないか。ずるいなぁ、もう。
まあ心配してくれているのは本当で、どんなに近くにいても心配だってことに変わりはないという事も理解している。
だから、そのいじわるもきちんと受け止めないとね。
「あ~そろそろいいかな?」
「…………あ、はい」
シルラーズさんに促されて、なんか甘酸っぱい香りのする空気から現実に戻る。
思いっきり見られてましたよねこれ。うわぁ……。
「では、今度こそ帰ろう。準備などもあるだろう?」
「……そうですね。魔法使うなら、絶対に。シルラーズさん、ちょっと学院内で明日の朝寄りたいところあるんですけど、先にそちら寄ってもいいですか?」
「うん?好きにすればいい。ほかに必要なものがあるのなら言ってくれれば工面しよう。できる物に限るがね。私たちも君の行動をサポートするが、あくまで主役はマツリ君だからね」
皆が一緒にいてくれるなら、とても心強い。その言葉に存分に甘えさせてもらうとしようかな。
―――さて。じゃあ、きちんと名前も知らない彼女の笑顔を、取り戻すとしましょうか。
あちらさんを助けるのもまた、魔法使いの役目だからね。……多分。
***
という事で翌日。
「おはよーございますっと……」
もうすでに見慣れてきた保健室の天井に挨拶を告げて、朝早いうちから学院内へと歩き出す。
もちろん、昨日シルラーズさんに言った、”行きたい場所”へ行くためである。
朝早く起きたのも理由がある。一つは、その目的の家へ行くための集合時間が意外と早めだったという事。
もう一つは、あんまり人がいないうちの方がいいからである。
相棒の杖を持って、今度はきちんと移動装置を駆使して学院内を移動していく……ああ、本当に便利だなぁ、これ。
「まあ、空を飛ぼうと思えば飛べるんだけどね」
こう、箒みたいに。だが、結構目立つのです。
人が少ないとはいえ、居ないわけではないので、人目につくような行動は避けたいところだ。
正直目立つのはあまり好きじゃないし。脇役っていいよね。主役とか無理です、キャラじゃないので。
そんなことを考えながら、転移装置から出て、すぐ隣に入る。
その隣とは、学院を支える幾つもの立派な柱の先にある場所。
即ち、神聖な巨樹がそびえる香草の庭園だ。うーん、なんだか久しぶりな感じがする。
「ん~っ今回も変わらずいい香りだねぇ」
調香師であり、この庭園の管理人であるあの娘……リーフちゃんのおかげなのだろう。
あ、調香師っていうのは俺が勝手に呼んでいるだけなんだけどね。リーフちゃん自身はそんな気持ちは無いだろうし。
樹木の精である彼女は、無意識に自然の最もいい在り方を識っているから、普通に世話をしているだけでこんなにもいい空間を作り出せるのだ。
今回の香りは、ラベンダーとタイムが一番強いかな。あの二つは合わせるととてもいい香りを生み出すから、うんすごくいい感じ。
……というか、この庭園内って季節感があまりないよね。樹木の精の魔力で、季節に関係なく植物が育っているからだと思うけど。
まあ、だからこそ今回ここに来たんだけどね。リーフちゃんに会いたくなったっていう理由も結構強いけどさ!
「……まつ、り?」
「あ、リーフちゃん~。会いたかったよ~」
オークの樹から顔を出したリーフちゃんに垂れかかるようにして抱き着く。うーんもふもふ……。
今俺より小さい娘っていないから、貴重な妹成分なんですよね。最近ミーアちゃんも、どちらかというと年上感だしてきますしぃ……元は俺の方が年上の筈なんだけどなぁ……。
やっぱ背丈のせいなのかな。背って大事なんだね。
「よし、よし……どうした、の?」
「んー用事もあったけど会いたかったのもあるー」
顔をリーフちゃんの髪の中に埋めて、漂う草木のいい香りを吸い込む。……あ、ちょっと甘い香りが混ざっている。
―――実際の事情を話すと、これからの事……ちょっとだけ不安だったりするのだ。
ミーアちゃんにあれだけ安心してって言っておいてなんだけど、やっぱりまだ魔法使いだって自信もって名乗れない程度の俺である。
あの娘の前では残り少ない男の意地を張っていましたけどね。緊張とか、自分に記憶の中のあの娘の笑顔をしっかり取り戻せるのか、とか……いろいろ思うところはあるのです。
俺は自信家ではないから、絶対の自信なんてものは持てない。俺がやるべきことだから、やるだけでしかないのだ。
……だから、そんな不安をどうにかしてくれそうで。
あの時、俺を心の底から癒してくれたリーフちゃんに会いたくなったのだ。
「あーすごく安らぐぅ……」
「…………?」
思った通り、リーフちゃんと触れ合ってるとものすごく癒してもらえる。まあ、実際は俺の気分的な問題なんですけどね。