三人一緒に街へ戻ろう
***
「ただいまー!」
「帰ったか。無事でなによりだ、マツリ君」
大きめの岩に腰かけて本を読んでいたシルラーズさんが、帰ってきたという俺の言葉に反応してくれた。
森から出て空を見上げてみると、太陽は西の中ほど当たり。……結構長い間森の中にいたようである。
いやね、森の中だと日光は感じられても太陽がどこにあるかまではわからないから、正確な時間は分からないのですよ。
シルラーズさんも忙しいだろうに、随分と迷惑かけちゃったかな。
あ、ちなみにプーカとピクシーたちはここに来る前に帰っちゃいました。ほんとに自由だよね、あちらさんって。俺も大概かもしれないけど。
「マツリさん!怪我はありませんか?その足は?」
「え、あー足は……うん、ちょっと靴脱いで歩いてきただけだから大丈夫だよ」
「何故そんなことを……」
「気分、かなぁ?」
そうとしか言いようがないのですよ?
うん、結構気持ちよかった。いい散歩でした。今度からも、たまにこうして素足で歩くのもいいかもしれないね。
普段はしないことだし、気分転換にもってこいだ。
「で、だ。長老はどうだった。どんな姿だった?水晶は持っているな。ほかの道具は?」
「…………学院長?」
酷く冷たい目をしたミーアちゃんの肘打ちが精確にシルラーズさんのわき腹に突き刺さった。
わぁお痛そう……。
自分がやられたわけではないのに、同じ場所を手で押さえてしまった。
でも肘打ち受けても顔色一つ変えないシルラーズさんもシルラーズさんである。耐久力やばいですよね本当に。
―――て、そうだ。水晶……。
「あの、水晶玉なんですけど……」
道具の数々を納めておいた、小さな鞄から取り出した水晶。
それには罅が入り、水晶自体も随分と濁ってしまっていた。最初はもっと透き通っていたのに、長老様の前の時点ですでにこの状態。
めちゃくちゃ高価なものだという事は分かっているので、絶対に怒られるよねこれ……。
でも仕方ないのです、壊してしまったものはしっかりと謝らないとだめなのだから。
まあ怖いというか、嫌なものは嫌なんだけどね……。怒られるのが好きな人なんていないという事です、はい。
ということで目を瞑りながら、両手で持った水晶をシルラーズさんに見せる。
「おや、これは」
「ごめんなさい、壊してしまいました……」
「ふむ、残念だ」
「そうですよね、きちんと弁償を―――」
「また壊れてしまったか。ううむ、前回よりも細工の数を増やしたのだが」
「……?……んぅ?………………えぇ?」
ちょっとまってどういうことなんですか。
シルラーズさんの残念という言葉の行く先がちょっと俺の想定していたことと違うんだけどねえどゆことですかー?!
「えっと、壊れるの……もしかして、分かってました?」
「ああ。もしかしたらという程度だけどね。ほら、私もこの翆蓋の森の中に入ったことあるといっただろう?」
「すぐ放り出されたって言ってましたね」
「そうだ、放り出されて……ちょっと思ったのだが、私自身が放り出されても他の記録媒体を使えば、中の風景を見ることができるのではないかと―――な」
「な、じゃありません。長老様の森に対してさすがに失礼すぎます。二回目からすぐに水晶持ち出してきましたよね、たしか」
ミーアちゃんに全面的に賛成です。……なんだよもー、無駄に気苦労を背負い込んでしまったじゃないかー。
というか、転んでもただでは起きないシルラーズさんもさすがだよね……自分は放り出されたからじゃあ他の手段で記録しましょう、なんて発想が柔軟すぎやしませんか。
しかも次の挑戦時には既に携えていたというのだから本当に驚きです。
というか何回挑戦しているのでしょうかね……。
「マツリさん、今回の道具の破損については何も気に病む必要はありません。これの自業自得ですから」
ついにこれ扱いにまで落ちましたよシルラーズさん……。
いやまあ、最初から扱いはひどかったけどねー。
「ふむ、他の道具はどうやら破損はしていないようだな。機能はしたか?」
「いえ、羅針盤とか針がぐるぐる回ってしまって」
「……役には立たなかったか。魔力の強い方向を指し示すという単純なシステムである以上、狂いにくい筈なのだがな」
ああそっか、だから針が回転してしまったんだ。
羅針盤は魔力の強い方向を指す―――でも、翆蓋の森の中には大量の魔力をため込んだ翆玉の樹がある。
針はその樹すべてに反応してしまったから、回転を繰り返していたんだなー。
水晶のほうは、恐らく森が見られることを拒んでいるから壊してしまったのだろう。
意思を持つ森ならば、その程度簡単にできてしまうから。
「なにか真相を知っていそうな表情だな、マツリ君」
「なんでもないですよー?」
「まあ、言いたくないのならいいさ。魔術師にとって、魔法使いと妖精の心理ほど分からないものもないからな」
「そういうものなの?」
「そう言うものらしいです。私からすれば学院長の思考回路の方が理解できませんが」
「我々は単純だよ。実に単純明快だ。―――私たちが考えるのは、自分のことだけ。それが魔術師と呼ばれる、究極のエゴイスト共さ」
肩をすかしながらそんなことを言うシルラーズさん。
だけど、俺は魔術師がエゴイストだなんて思わないな。いや、シルラーズさんを見ての感想って言った方が正しいけれど。
この人は、自分のことも考えているだけ。他人を慮らないわけではないのだから。
他人を大切に。けれど自分も大切に。自己と他者と、上手に付き合っている人って言う感じ。
それは確かに、時には苦笑してしまうことだってあるけど……嫌なわけじゃないのだ。
「さあ、帰りましょー」
「そうだな。あまり此処に居ると日が暮れてしまう」
帰るときの並び順は最初と同じで。
ゆったりと街の方へと歩き出す。
「明日の予定はどうしますか。マツリさんに魔法を教えなければいけないのでしょう?」
「家の確保のためには、十全な力を持った魔法使いが必須だからな。当然教えるが……この街には魔法使いがほとんどいない。教えるといっても難しいものだ」
「おや、学院長が教育で悩むとは」
「畑違いのことまで教えられるわけがないじゃないか。だが、どうするか悩むのも事実だ。知識は授けられても、私に魔法は使えないからな」
三人で歩きながら、若干悩み始めた横の二人。
確かに知らないことは教えられない、それは事実であり核心である。今回は知っているけれど扱えない、の方が正しいけど。
……でもまあ、魔法については少しだけ教えてもらったから。心構え的なものだけどね。
それに、長老様に言われた通り、知識なら既に持っているのだ。それを開けるかは別として、ね。
俺個人としては、今はまだ感情的に魔法を使うことしかできないけれど、今回はこれでいい気もするのだ。
鉄は熱いうちに打てとも言いますし。
ということで、ちょっとお二方に提案してみる。
「あした、その家に連れて行ってもらってもいいですか?」
「なに?危険だぞ、魔法使いは特にな」
「マツリさん、まだあまり魔法使えないでしょう?」
両側から心配の言葉が降ってきました。
いやまあ当然かもしれませんけど!……でも、貰った記憶が鮮明なうちにあの娘のところへ行きたいのも事実なのである。
だからまあ、問題ないよっていう証拠を見せないといけないのだけど―――どうしようか。
考えつつ歩いていると、おやまあワイルドタイムのいい香りが……。
「ちょっとごめんね」
「マツリさん?」
急にしゃがみ込んだからちょっと驚かさせてしまったようだ。いやーごめんね。
さて、二人の目線の下、道の脇で伸び伸びと育っているその枝をちょっとだけもらい、軽く髪に巻き付ける。
ちょっと荒っぽい魔法の薬の作り方ですが、シルラーズさんならたぶんすぐに理解してしまうと思うんだ。
タイムに、俺の髪の香りも混ぜて……ちょっと呪文も唱えて。
スルリとタイムを取り出せばほら―――。
「魔法の薬でーす」