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サウザント・ナイト ~謎の異世界転移からの魔法使い生活~  作者: 黒姫双葉
第一章 魔女と魔法使いと異世界と
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枯草の龍

「我らが生み出した力を吸う。それはつまり、力を蓄えているということだ」

「翆玉の樹の中には、膨大な魔力が詰まっているってことね?」

「ああ。大いなる森。その仕組みというわけだ」


神の森の所以。

膨大な魔力を蓄えるこの森は、森自体が生きているといってもいいのだ。即ち、意思を持つ森ということ。

この森が最初に見せていた風景は、森自体がそう判断して姿を変えていたわけだ。

そして、部外者は侵入することを許さないという話も防衛機構の一つなのだろう。

……こう思うと、普通に入れてよかったなぁって心から思う。


「じゃ、これはここにきちんと戻しておいて」


ちょっとだけ息を吸う。

うん。香りが強くなっている。

多分呼ばれているんだ。

種をもとあった場所に戻し、立ち上がると、なんとなくの気分に任せて直進する。

困ったときはやはり直感だよね。歩くのが俺の基本だとしても、歩き方は勘任せだ。

いやもちろんある程度は考えてますけどね。ほんとだよ?


「あ、見えた。蔓の扉……かな?」

「その通り。長老へと通じる門だ」


無数の年月を重ねた蔓が何層にも重なり、侵入を拒んでいた。

一本一本の蔓は樹木といわれても違和感のないほどに太く、到底人の手では開けそうにない。

……うーん、どうやって入ろうか。

いや、違うかな。頭を振って入ろうという考えを否定する。

入るんじゃないよね。俺は招待者で、そしてすでにこの森の仕組みを分かっている。

なら、開くはずだ。俺が何かしなくても、長老様が開けてくれるはずだ。


「んじゃまーいってみよー!」


意気揚々と歩き出したのだけど、蹄の音が聞こえなかったので後ろを振り返ってみた。

プーカはその場から動かずに、俺をじっと見ていた。


「行かないの?」

「ああ。我はここにいる。二人きりで話してくるがいい」

「……ん。分かった」


つまり、二人きりの方がいいといっているのだ。

なら、そうするべきだ。先達の言葉は聞くものだからね。

なにせ、プーカは俺にとってあちらさんの先輩なんだから。

プーカの視線に見送られながら蔓の扉へと向かうと、ほらやっぱり。

蔓が横に移動して、真ん中に人ひとりが何とか通り抜けられる程度の空間が開いた。


「じゃ、行ってくるね」

「うむ」


小さく手を振って、穴の中に身体を潜り入れた。

はて。うむぅ?

潜り入れたはいいけれど、前にすすま、ないぞ?


「あ、胸がつっかえてる!ぷ、ぷーかぁ、押してぇ?!」

「……やれやれ」


おしりをなかなかの強さでくいっとやられまして、ようやく扉の向こう側へと行くことができました。

帰りはきちんと広く開いてくれればいいんだけど、どうなるかなぁ。

まあいいか、その時はその時に考えましょう。

――ということで、薄い霧に覆われた扉の向こう側のセカイへと、目を向けたのだった。




***





「意外と狭い……かな?」


地図に見えた広大な範囲を持つこの翆蓋の森。

何せ遥先に見える山のふもとまでがこの森の領域なのだから、その広さたるや、というものだ。

でも、それだけの広さを持ちながら、長老様の住まうと思われるこの蔦の扉の向こう側は、そこまでの大きさではなかった。

見渡せる範囲内のみ、樹木が生えてこないというだけの領域。

巨大な翆玉の樹が柵であり、境界線のようになっているのだろう。樹に絡まった蔓草ですらそこを超えては来ない。


「あれ、羅針盤が」


この場所の確認のために取り出した羅針盤。

しかし、残念なことに針はぐるぐると盤の上を行ったり来たりしていて、役に立ちそうにはなかった。

他の道具も出してみるが、ほとんど意味はなさなかった。……あ、水晶に至っては罅が入っている。

え、罅?これ、やばいんじゃない……?

なにがやばいって、お金的な問題である。これ、弁償とかいう話になったらどんな値段がかかるんだろうか。とりあえず途方もない値段ということだけしかわかっていないのですが。

あれこれ身売りでもしないとまずいのでは?


「うそ、どこで罅なんて入ったんだろ……?」


そんな変な動きしてない筈なんだけど!なんだけど?!

うう、シルラーズさんに素直に言って謝るしかないかなぁ。怖いけど、仕方ないよねぇ。


「ふぅ……んじゃまー、行きましょうか」


沈んだ気持ちを振り払い、基本見渡せる程度でしかいないこの空間の、唯一先が見えない場所……中央に広がる道へと歩みを進める。

先ほどまでの森の中は、若い翆玉の樹が日光を淡い翠の色にして世界を照らしていたけれど、ここは違う。

翠は深緑の色を帯びて、少しだけ暗さを感じるほどだ。

美しさは変わらないけれど、どこか神聖な気配をもたらしている。

不思議と不気味さは感じないけれどね。たぶん、この空間に漂う香りのおかげなんだろう。

林と森は、若干だけど空気が違う。感じ方的なことになってしまうから言葉にするのは難しいけど、林の方は日の香りも一緒にあるから、少しだけ暖かいのだ。

その一方、森は太陽よりもそこに住んでいる樹木や草木が出す香りの方が強い。雨の日なんかは特にその違いが顕著に表れる。

ここは、この場所だけは空気が森に近いのだ。人の近寄らない秘された森に、原初の森に。


「こんにちは。おはようの方が正しいですか?」

「…………」


人が歩くから道ができる、という言葉を思い出した。

道は人のためにあるもの。人が居ないのなら道は要らないのだから。

……とまあ、人が通らないが道ではなく。故に遮るものなくのびのびと育つ草花を超えて歩くこと数分。

多分現実ではそこまでの時間はかかっていないのだろうけど、ここは現実離れしているため時間の間隔自体が曖昧になっているので。

つまり、全ては体感でしかないということだ。ま、それはどうでもいいか。

重要なのは、辿り着いた果てにいるこの人のことだ。


「ここに時間などない。どちらでも構わない」

「そですか?じゃあ、こんにちはで」


軽く一礼をして、こんにちはと一言。

この森の主。長老様。

……旧き龍。


「ああ……確かに。懐かしき魔女の香りがするな」

「あはは、まあ身体は千夜さんのものだし」


大きな鼻を微かに動かし、空気を嗅いだその人の姿は、御伽噺に出てくるような巨大な龍であった。

薄墨色の身体に、無数の鱗。その中のいくつかは翆玉色をしていて、翆玉の樹は長老様の鱗から出来ているんだということを再確認する。

眼は開いておらず、また、見えていなかった。故に香りで俺を判別したのだろう。

そして身体からは、いくつもの樹木や、新芽が芽吹いていた。

その威容はまさに森そのものともいえるほどの大きさなのだろう、俺からは顔とそこから延びる首、そして二枚の翼しか見ることはできなかった。


「お前が継いだのは千の夜のみか。悲しき魔女のみか」

「……?」

「ああ、どうやらそのようだ。黒き妖精はいまだ彷徨うか」


あ、俺にはたぶん理解できない話だこれ。

見ている次元が、知識が違う。分からないし解れないので、黙っていることにした。


「名乗りが遅れたな、魔法使い。私の名前はモーディフォード。枯草の龍、モーディフォードだ」

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