二人きりのバスタイム
解決策がどう考えても強引すぎる。
……ありがた……や?
いやあまりありがたくないかもしれないですねこれ。
「ふむ。だが、別の解決策があるわけでもあるまい。そもそも、あまり長く問答されても私が困るし」
「う……」
そもそもの話、本来の目的は長老様に会いに行くということだ。
禊代わりのお風呂は、その前準備でしかないのである。
それからシルラーズさんは多忙な人であるし……ええーい!
「分かりました……ミーアちゃん、よろしくぅ」
「承りました」
前が見えないまま手を伸ばす。ぐいぐいー。
ふわっと手を取ってくれた。ミーアちゃんだ。
「ああ、ミーア。マツリ君が目隠しするんだ。お前は手袋を外しなさい」
「……なんと?」
ピタリと手の感触が停止した。
「マツリ君なら問題ない。分かっているだろう」
「ですが、万が一」
「万どころか、億に一すらあり得えない、安心しろ。……お前もそろそろ人ときちんと接しなさい」
「……はい」
一旦手が離れて、今度は布越しの感触ではなく、素肌の感触が返ってきた。
なんとなくにぎにぎと揉んでみる。
―――あ。ぎこちなく握り返された。
力が弱々しいけれど……でも、ちょっとうれしい。
「えっへへー、じゃあ、道案内よろしくぅ」
「……ええ、分かりました」
―――あれ?
今この時点から目隠ししておく必要なくない?!
と、思ってしまったけれど……この手を放してしまうのも何かもったいなくて。
何も言わずに、ミーアちゃんに連れられて行ったのだった。
***
「では、手をばんざーいしてください」
「は、はい……ばんざーい……」
移動距離は確かにものすごく少なかった。
視界がふさがっているので、感覚でしかないけれど、本当にすぐ隣くらいの部屋に入ったらこの状況。
……二人きりになったらものすごく恥ずかしくなってきたんだけど!
言われたとおりに体を動かして服を脱がせてもらっているけど、これがまた羞恥心を煽るのである。むむぅ……。
「……?マツリさん、コルセットを付けていないのですか?」
「付けますかい、そんなもの……」
現在軽くどこかに行ってしまっているけれど、男の尊厳がね?
尊厳さん帰ってきてもいいんだよ!行方不明なんですけど!
「ダメですよ。きちんとつけないと体が崩れてしまいます。せっかく美しいのに、台無しです」
「いや、付け方わからないし……」
「教えてあげますから」
ぴと……ぎこちなく、俺の胸元に冷たい手が当たる。
互いに変な距離になってしまっている気がしている……今だけだとは思うけど、ちょっと違和感だ。
でも、元は千夜さんの身体だとしても―――褒められるのはなんだかんだで嬉しい。
「はい、では下も取りますから」
「はい……」
「……しおらしいマツリさんというのも、少し新鮮な気がします」
「えぇ、そうかな……」
こんなタイミング、状況で新鮮味など感じられても、という心情である。
――というわけで完全に着ているものを剥ぎ取られ、生まれたままの姿になったところで、タオルだけ抱えておいて、じっとしていた。
身体が小さいからバスタオルだけで体隠れるのは数少ない利点だよね。心の底から思いました。
……布ずれの音が聞こえる。
目がふさがっている分、他の五感が強く作用しているのだろう。
布と布が擦れる音だけではなく、布と肌が擦れる音まで聞こえてくる。地味に音質違うんだなって、今初めて気がついた。
「さあ、行きましょう。湯船はあちらです」
「よ、よろしくね!」
声の方に手を伸ばす。
綺麗な花の香りがするから、位置は間違って居ない筈だ。
「あ、あの……いきなり手を放したりとか、置いて行くとか……無しにして……ね?」
「―――なんですかこの可愛い生物」
「え?」
「……こほん。なんでもありません。安心してください。友達の手は決して放しませんから」
ふらふら伸ばした手が、今度は強く握られる。
……ああ、安心した。
「……良かった」
やっと、手を強く握ってくれた。
思わず、頬が緩む。
無意識に、ミーアちゃんの顔があると思われる方に笑顔を向けていた。
それに対するミーアちゃんの表情は分からないけれど―――それでも。
もう、ぎこちなさはほとんど消えていた。
***
「あ。あったかい」
「ええ。学院内は石炭によりお湯が回っていますから」
顔に当たるのは温水だった。
おお、こんな所に文明を感じる。
……まあ、そうだよね。
一番最初にこのセカイに来て少しだけ見分したけれど、このセカイは完全なファンタジー世界というには少しばかり、文明の匂いを感じ過ぎる。
まあ、当然か。魔法も魔術もあるにせよ、それを行えるのが極一部であるのなら――セカイに浸透するのは科学であるはずだし。
人間の営みを便利にするなら……即ち、文明を発展するならば科学の進化は切っては切り離せないものである訳だから。
ということで、シャワーヘッドから流れるお湯を浴びせられつつ、久しぶりに入るお風呂に心も体も癒されていたのでした。
「まず、髪にお湯を浸透させます。ゆっくり時間をかけてですよ?」
「はーい」
声が聞こえてきて少しだけ緊張する。
……だって、後ろにはもともとは男である俺なんかとは違う、本物の美少女がいるわけで……。
どうやっても童貞……いや、処女?の俺には平常ではいられない状況である。
いま、その美少女が髪の洗い方を教えてくれているけど、全く身に入る気がしない。
ごめんね、ミーアちゃん……。
「最初と何回かは私がやってあげますから。今度も、一緒に入りましょう」
「―――うぇ?」
「嫌なら、いいですけど」
あ、今ちょっと怒った。
「嫌じゃないけど!……恥ずかしいだけだよ」
「気にしないでください。私は恥ずかしくありませんから」
「俺は恥ずかしんだってばぁ!」
「ふふ、知りません」
このどえすぅ!
……まあ、実際のところ一緒に入れるのは嬉しいんだけどさ。
誰かに頭とか洗われるのも、ほとんどされたことがないし、新鮮ではあるし。
それに、裸の付き合いという言葉があるくらいには――やっぱり、肌で触れあうっていうのは心の距離まで近づけるのだ。
あ、まあ今は目隠ししてますけどね。そこは仕方ない。
だって、一応異性なんだから。
向こうはそう思っていなくても、俺はやはりミーアちゃんのことはかわいい女の子として認識しているから。
「その割には、一緒に入るとか……大胆なことしてるよなぁ」
我ながら、というやつ。
……まあ、いいか。偶にはこういうことも、ね。
「では、まずは洗髪剤で髪を洗います」
瓶のようなものをとる音が聞こえた。
この時代にシャンプーってあったかな。
あれは意外と最近の発明だって聞いたことがあるけど。
「ハーブから取り出したエキスです。髪の艶を出してくれるのです」
「……あー、そういうことか」
「はい?」
「いや、なんでもないよ」
シャンプーではなく、洗髪剤……ということである。
どういうことかというと、俺たちのセカイで普通に想像する、液体を泡立てて髪を洗浄するというのではないわけだ。
つまりはリンスだけ、という方が正しいのかもしれないね。
そもそも、シャンプー自体が本来の起源は、インドあたりで行われていた頭皮のマッサージのことを指すのだし。
「つめたっ」
「あ。……申し訳ありません」
ひんやりした液体が、髪に浸透する。
あ、いい香り。
ふと、そう思った。この匂いは―――カモミール。
カミツレとも呼ばれるハーブで、その香りは林檎のような、甘い特徴的な香りがする。
確かあれには……髪を明るく、軽くするために使われたという話があったなぁ。
「乱暴にやってはいけません。揉みこむように、丁寧にやるのですよ」
本当に丁寧に髪が揉みこまれる。
ゆっくりと、ゆっくりと……あ、これものすごく眠くなるやつだ。
だんだんと舟をこぎつつ、気がついたら俺の長い髪全てが洗い終わっていた。
手際いいなぁさすがミーアちゃん……。