お清め
***
「ん~っ!!」
グイッと大きく伸びをする。
うむ、あんまり寝れなさそうとか言っていた割には一瞬で眠りに入っていました。
……まあ、元から寝つきはものすごくいいからなぁ。
疲れていなくても、全然寝ようと思えば寝れるのだ。
だったら暇とか愚痴るなよって話だよね。
「朝日がきれいだなぁ。ちょっと大部分隠れているけど」
朝日は昇るものだから、この校舎の形状だとどうしても最初の方は隠れてしまうのだ。
そこは仕方ない。いや、角からは光がとおるから、全部が全部日陰になってしまうわけじゃないけど。
――などとぼーっと窓の方を見ていると、コンコンコン……三回、丁寧なノックの音が聞こえた。
あ、これはミーアちゃんだなぁ。
「……おはようございます」
「おはよーミーアちゃん」
まだ寝ていると思ったのだろうか、小声で挨拶をしつつ入ってきたミーアちゃん。
右手を軽く突き出しつつ挨拶を返した。
やった、推理当たったー。……いや推理ってほどじゃないよね、ごめんなさい。
「早起きですね、マツリさん」
「んー。長老様のところに行くんでしょ?早い方がいいかなって」
「ええ、確かにその通りです。……ですが、その前に準備があります」
「準備?道具の確認とかなら昨日やったけど」
お守り貰ったし。
「いえ―――マツリさん。今から、お風呂に入りましょう」
「―――――。ん?」
「お風呂に入りましょう」
「なんで!?」
いや、唐突過ぎるでしょう!
一回聞き直してしまった。……いや、それにしてもなんでだ?
「だってマツリさん、お風呂入っていないでしょう?」
「寝る前にきちんと身体は拭いてますぅ!」
「それはそれ、です。さあ、行きましょう。大切なことなのです」
「大切ってなんで!」
さっきからなんでばかり言っている気がする!
いや、お風呂は今度でいいんじゃないかな、森に行ったあと汚れるし、そのあとはいった方がいいって……。
あと、一人で入ります!
腕を地味に強い力で引っ張るミーアちゃんに、思いのほか力の出ない俺の腕で対抗する。
ぐぬ、ぬ……ダメだ、負ける……あっだめ!
「それに関しては私から説明しよう」
「あ…学院…長……!」
「諦めてください。さあ、行きましょう。はやく」
「……説明するといっているのだ、双方力を抜いてくれない?」
思いっきり呆れた表情で肩をすくめられました。
確かにその通り……緩やかに力を抜く。
ミーアちゃんも同じように抜いたから、どっちかの方に突っ込むという漫画みたいな事態は避けられた。
いやあ、あれ実際痛いよなっていつも思ってた。
だがしかし、手は離れず……ミーアちゃんは、ベッドに腰かけている俺の隣に同じように座ったのだった。
……手、繋いだままなんだけど……ま、いっか。
「……あれ?」
そういえば―――最初のころ、不用意にミーアちゃんに触れてかなり慌てられた気がするけど、今回は手を繋ぐほどに普通に触れ合っている。
なにが違うんだろう……あ。
繋がっている手に目を向ければ、すぐそこに答えがあった。
ああ、手袋だ。ミーアちゃんは、その侍女服のような騎士の装いに絶妙にマッチする、小さな装飾付きの手袋をしている。
ミールちゃんも同じようにしていたから、服と一体化していて気にしなかったけど。
つまり、直じゃなければいい……ってことなのかな。
「どうしました?」
「いや、何でもないよ」
でも、まあ―――まだ、この娘の秘密には触れられないから。
気がつかなかったふりをしてしまうのだ。
そんな俺の視線を、じっと見ていたシルラーズさんには、気がつかなかったけれど。
「さて、問題の風呂の件だが。まあ、有体に言ってしまえば、禊だ」
「……あー……」
禊。
自らの穢れ、汚れを祓う儀式。
旧き龍は、神様みたいなもの……なら、うん。
確かに禊をするのは理解できてしまう。
そもそもの話、儀式などをする前に何かを清める、という作法は何処にでもあるものだし……西洋で言えば、魔術道具の聖別や、儀式前の沐浴など。
「まあ、長老相手にそこまでする必要までは無いのかもしれん。だが、一応な」
「気を損ねられたら、永久に森の中を彷徨うかもしれませんから。念押しは必要です」
「う、ん」
真面目に俺のことを考えてくれている、というのは分かったけれど。
……あれ、これって普通に俺が一人で入ればいいだけの話だよね。
「分かりました、入ります……あ、シルラーズさん、お風呂ってどこですか?」
「隣の部屋だよ」
あらま、ものすごく近い。
まあ、保健室だし、稀に使うことになるかもしれないし、おかしくはないか。
そもそも魔法陣で簡単に移動できるから、どこにあってもたいして変わらないけど、
「じゃあ、行ってくるね?」
「はい、行きましょう」
「……あの、ミーアちゃん。一人で入れるからね?」
立ち上がって部屋を出ようとするも、手が繋がったまま……はて。
もしかして一緒に入るおつもりでしょうか?
……いや、もう自分の身体にはなんとなく慣れてしまったから、身体を見ても何とも思わないだろうという確信はありますけど、他人のものとなれば話は別だ。
だって俺女の子と付き合ったことないもん!
それとなく手を放そうとするも、悉く失敗。
抜けられない……ぐぬぬ。
「いいですか、マツリさん」
「は、はい……」
試行錯誤していると、鼻の頭に指を押し付けられた。
ぷにっとされ、柔かい手袋越しの指の感触がそれとなく伝わる。
「―――マツリさんは、女の子になったばかりです。おわかりですね」
「おわかりです、はい」
確かに、俺は女性歴数日……いやこの表現は何だ、ちょっとおかしい気がする。
「お風呂の入り方……洗う場所など、何一つとして知りませんよね?」
「……場所は同じだと思うけど」
「あまい!甘いですよ、マツリさん。いいですか、女性のお風呂は自分自身をケアする……いわば戦場の一つなのです!」
「そこまで!?」
今まで見たことがないくらいミーアちゃんの目が本気だった。
確かに女の子のお風呂は長いよねぇ、とかって思ったことはありますけども!
まさか戦争しているとは思うまい。
「肌のお手入れ、髪の洗浄……怠れば女性はすぐに輝きを落とします……一切手入れしてないのに美しいままの人はいっそのこと殺したくなります……」
「まって、目から光がなくなってるんだけど大丈夫?」
「ふふ。マツリさんは、しっかり手入れしますよね?」
「します!しますから!」
するので、空いている左手を顔に近づけてくるのは、今の状態だと怖いからやめてほしい。
「でも、恥ずかしいから……せめてミーアちゃんが服を着てくれれば……」
「手袋は付けていきます」
「そこ以外もつけようね?」
いや本当に。
手袋だけ付けて一緒のお風呂とか、なかなかマニアックな趣味過ぎるでしょ。
「……ふむ。解決策があるが……聞くか?」
「是非!」
少し離れておれたちのやり取りを傍観していたシルラーズさんから、救いの手が差し伸べられた。
迷いなく取りますよね、当然。
ありがたや……ありがた……。
「なに、簡単なことだよ。こうすればいいのだ」
そう言うと、近くにあった布を掴んだシルラーズさんが俺の背後に回ってきて――。
きゅっと、布が擦れる音がして、俺の視界が真っ黒に染まった。
……あれ、これって。
「マツリ君が目隠ししてしまえばいいだけだろう?」
「え、すごく怖いんですけどー」
どうしてこうなった……。