やっぱりお姉さん
頭に置かれた方と反対の手にある包みに目が行く。
あれなんだろ?
と思っていたけど、そんな俺の目線に気がついたミールちゃんがきちんと説明してくれました。
「ああ、忘れていた。ミーアからお弁当の差し入れだ。本当は学院長の分もあったんだが……あいつを探さないといけないな」
「わーい♪……シルラーズさんなら自分で料理作れるんじゃない?」
「作れるが、作らないんだ。あいつはどうも自分のための料理をしなくてな……時間がもったいないとか言っているが」
……魔術師の思考と言いますか、何と言いますか……。
時間は黄金よりも尊い、とか普通に言いそうだもんねぇ、シルラーズさん。
事実お金で買えない以上その表現も間違っていないわけだけど、身体を壊してしまわないかそれはそれで心配だ。
身体は大事、身体は資本!いや、一回でも今回みたいに怪我とかすると、そういうのが強くわかりますよね。
「だが、学院内を捜索するのは面倒くさいんだよなぁ……」
「あれ、移動装置あるけど」
まあ、ついさきほど知ったばかりだけどなー。
「だから、だ。移動先は自由に設定できる以上、どこに行ったのかが分かり辛くて敵わない」
「あ、選択肢が多すぎてっていう話か」
なるほど。
確かに人探しをするには、どこにでも簡単に行けるっていうのはちょっと面倒なのも事実か。
手伝ってあげたいけれど、どうするか。
……うーん。そうだなぁ――――。
「ミールちゃんとミーアちゃんって、きちんと双子なんだよね?」
「そりゃそうに決まってるだろう」
「じゃあ、ミールちゃんがお姉さんっていうのは?」
「……別に、たいした理由ではないがな。ただ、一瞬だけ私の方が出るのが速かっただけだ」
「そっか」
今まで、俺の生きてきた近くに双子はいなかったから、そういう所はよくわからなかったのだ。
「ミーアのやつは、身内以外には本当に人見知りというか、つっけんどんというか……まあ、対応が雑だからな。自然と私が人前に出るようになっていた」
懐かしそうに目を細めているミールちゃん。
あー……確かに、目に浮かぶかも。
ミーアちゃんって、最初に会った時……特にあの青年に対しての扱いは、若干の怒りがあったにせよ、かなりSっ気のある対応だったもんなぁ。
いやその前にミールちゃんの方が切れていたけど!
詰め所にいっても、俺に対してもあくまでその場限りっていう感じだった気もしていた。いやきちんと丁寧に仕事の説明とかはしてくれてたけど。
「というか、いきなり聞いてきてなんなんだ……」
「う?ちょっと対価を貰っただけだよ。うん、しっかりと話を聞かせてもらいました―――さて」
ベッドに立てかけてある杖を取り出す。
素材があればもっと楽なんだけど、残念ながら屋内でそれは叶いそうにない。
……リーフちゃんの庭園に行けばあるかもしれないけれど、まあそこまで行くんだったらちょっと強引に作ってしまった方が速いからね。
リーフちゃんには、何かのついで、ていう形で会いに行きたくはないし。他に用事があるんだって言ったら、絶対がっかりしちゃうだろうからね。
―――では、魔法を使いましょう。
「よっと」
立ち上がり、深く息を吸う。
さて、人探しの魔法には心当たりがあるのだ。今は眠っている知識さんだけど、眠りにつく前に残してくれた幾つかの知識の断片はあるから、それを引っ張り出せば魔法を扱うこともできる。
本当は学術書とか、書物で勉強するのが一番なんだけど、今回に限っては活用させていただくとしよう。
「『煙りくゆるタイムの小枝、霧に交わるセージの葉香』」
コツンっ―――。
杖を床に軽く当て、調子を取る。
「『木の末摘みて、転じ、出万象をこの身へと』」
もう一度、杖を突く。
今度は、魔法を顕現させるために。
……霧煙よ覆え、そして形を為せ。
地面から延びた煙に宿っている香りは、ハシバミのもの。
今はまだ無形状だが、俺の胸あたりまで上ってくるころには枝葉の形を成していた。
「よっと」
胸元をはだけ、掛けていたペンデュラムをハシバミの形を持った煙へとあてがう。
すると、その煙は形を変えて、蝶の姿へと変容した。
「―――ふぅ、なんとかなった」
「マツリ、お前…いつの間に魔法なんて使えるようになっていたんだ?」
「ついさきほど?」
「ええい、適当な……勉学に励んだわけでもないのに、何というやつだ」
勉学にはこれから励むつもりなので大目に見てください。
……っと、この蝶が消えてしまわないうちにミールちゃんに渡さないとね。
本物のハシバミの枝を使っているわけではないので、意外とこれは脆かったりするのだ。
「これ、シルラーズさんを追ってくれるはずだから」
「なんだ、えーと……導きの魔法というやつか?」
「あっははー、実際適当だからあまりわからないんだ。多分そういう魔法なんだろうとは思うけど」
「本当に適当だな」
「そう言うものだよ、魔法使いって」
いや、俺だけがかなり適当なんだと思うけどさ。
実際のところ魔法は不定形の力なわけで。
結局感覚ですよね、感覚。
とはいっても、勉強しないで感覚のみで魔法を使うと手痛いしっぺ返しをくらうのだろうけど、さ。
「ま、ありがたく使わせてもらうな。実際助かるのだ……あいつすぐどこかに行ってしまうからな!」
「見つけるのに手間取ってからの飛び蹴りまでが想像できました」
「な、何故分かった……?!」
うん、まあ、なんとなく。
ミールちゃんの行動は結構読みやすいから。そこが魅力でもあるけどね。
「では探してくる。魔法、助かる」
「はーい。あ、ミーアちゃんにご馳走様って言っといてもらえる?」
「おうとも。ではな」
相変わらず、背筋をピンと伸ばしたまま、部屋を去っていくミールちゃん。
いつも思うけど、本来男のはずである俺よりもずっと男前だよね。
格好いいし、きっとすごくモテるのだろう……女の子に。
本人は気がつかなさそうだけど。
さてさて、ミールちゃんも出ていってしまったので、とりあえず晩御飯のお弁当を開けるとしましょうか。
むふー、楽しみだなぁ。
「おお、魚…の香草焼きだ」
少し顔を近づけて、香りを嗅ぐ。
……タイムと、フェンネル。
オーソドックスなハーブだけれど、優しさがこもっている。
フェンネルは口や胃腸などの調子を整えるのに最適なハーブだし、古来から邪気を払う力を持つものとしても扱われてきたものだ。
例えば―――九つの薬草の呪文とかね。
これは、病や傷を治す九つの薬草についての呪文が記されたものだけれど、二つのハーブはこの中に含まれている。
まあ、その呪文を唱えるのはまだ今度にしておいて。
「まだほんのり暖かいうちに頂くとしましょうかね!」
フォークを掴み、付け合わせのパンと一緒に食べたのでした。
うん、おいしい。
優しい薄味だ。何事もちょっぴりの塩っていうのが一番いい。
それにしても、俺の近くには料理がうまい人がたくさんいてすごく助かるなー。
俺もできるにはできるけど、ずっとやっている人に比べたら劣るから。
でもいつかは俺の得意料理であるナポリタンを振る舞ってあげたいところではあるかな!
……ま、おいおいやっていきましょう。まずは家を手に入れないことには、どうしようもないからなー。
「ご馳走様でしたっと」
美味でした―――。
食べた後すぐ寝ると牛になってしまうとはよく言うけど、今日は英気を養いたいので牛になってしまう気で寝ることにしましょうかね。
……あ、歯はもちろん磨くけどな?
「お手洗いお手洗い……」
とまあ、そんなわけで。
洗面台を探しに行ったのでした。