お守りペンデュラム
「これが羅針盤だ。魔力の強い方向を指すようになっているが……まあ、魔術師にも魔法使いにも基本的には必要のないものだ。我々は専用の感覚器を持っているからな」
「でも、もしそれが使えなくなったら……という時のためですか」
「ああ。小細工だが、道具と感覚、両方あった方がもしもの時は役に立つ」
そういう小細工は命を救うものだから、とってもいいと思いますよ。
「この宝石がついたペンダントのようなものは、ペンデュラムだ」
「振り子、ですか?」
メトロノームや、柱時計などに代表して使われる、あれだ。
どちらかと言えば工学的なイメージがあるけど、魔術的な意味合いがあるのかな?
「本来の使い方としては周囲の魔力の流れの安定を図る道具なのだが、今回はそれにルーンを刻んで護りとしている。首にかけておいてくれれば多少身を守ってくれるだろう」
「わあい、ありがとうございます~」
「いいか?あくまで多少だ。強い悪意による脅威は防げない。覚えておくんだぞ」
「分かりました!」
要はお守りなわけですね!
旅行にお守りを持たせてくれるとは、シルラーズさん分かってますねぇ。
こういうの好きだよ。あと、このお守りかなり見た目いいからなおのこと好きだぜ。
手に乗せたペンデュラムを眺めてみる。
「アメジストですねー」
「守護に関して高い適性を持つ石だ。今回は一級の石を調達したが……君の巻き込まれ体質ではどこまで役に立つか不安なところだよ」
「嫌ですねー、俺は巻き込まれ体質なんかじゃないですよ?」
巻き込まれ体質というのは、何もしてないなのに厄介事が舞い込んでくるやつでしょう?
俺は別に―――この身体に変わってしまったことも含めて、今まであったことを厄介だと思ったことはないし。
だから、巻き込まれ体質というのは違うと思うのだ。
「ふむ。本人がそう思うのならそうなのだろう。だが、お守りはあった方がいい。持っておけよ」
「それはもちろん!すごく綺麗ですし、いつも身に着けますね」
「……宝石にたいして、顔を輝かせていると、本当に若い少女みたいになるな」
「ちょっと、どういうことですかーそれ」
透き通るアメジスト水晶。
だが、中心に行けば行くほど紫の色は濃くなり、中に閉じ込められた淡い光によって、まるで星空のような風景を映している。
単純な語彙しかないけれど、ものすごく綺麗……それと同時に思うことは、これ絶対高いよねってことである。
「……あの、値段……聞いても?」
「うん?金貨が二十枚もあれば買えるぞ」
「………………おおう……」
とんでもなく高いじゃんこれ!
そんなものをタダでもらうわけにはいかないよねぇ……。
「えっと……身売りでもすればいいですか?!」
「何故そんなことをするんだ。私は君を買ってもいいが、恐らくミーアに殺されるからやめておく」
「高い品物を何もせずに貰うわけにはいかないといいますか」
「高い?……ああ、まあ確かにそれは値段が張るほうではあるが。―――正直言えば、そこの水晶や羅針盤の方がずっと高い物だぞ」
「えっ」
「なにせ一級の魔術師の特注品だ。しかも用途もかなり限定されている。ただの宝石に魔術的な刻印を刻んだだけのペンデュラムよりずっと高い」
そっと台座の上に無造作に置かれている羅針盤や水晶を見る。
……かなり、というかあまりにも適当に置かれているので、しっかり立ち上がって台座の上を整頓しておいた。
いや金貨って滅多なことでは使われないくらい高い物の筈なんだけど、当たり前のようにそれを使用する品物を、こんな適当においていいものなのか……?
「まあ、私はこう見えて結構稼いでいてね。気にしなくていい」
「いや、でも」
「いいんだ。何が起こるか分からない場所に放り込む以上、これくらいの準備をするということはある意味義務のようなものさ」
「―――。ありがとうございます」
咥えた煙草を放し、にやりと笑ったシルラーズさん。
なにそれ、めちゃくちゃかっこいいんだけど。
あ、別に煙草を吸う気はないですけどね。俺が吸っても絶対咳き込むところまで自信があるし。
「さて、では説明の続きを行おうか」
「はーい。お願いしまぁす!」
その後も、台座の上にあるいくつもの道具の説明をじっくりと聞いたのだった。
うむうむ。
大いに知識欲が満たされて大変結構です!
俺の知らない道具とか、面白い効果をもたらす魔術道具とか……いろいろなものを知ることができた。
やっぱり、こういうのは楽しいなぁ。魔法使いというのは、実は天職なのかもしれないね。
まだ見習いにすらなっていませんけどね。
―――ということで、気がついたら夜になっていた……というほどに熱中して話し込んでいたのでした。
***
……では、私はちょっと出かけてくる。
そう言ってシルラーズさんがこの貸し切り病室を出て行ったのが、今から一時間ほど前のこと。
出発は速い方がいいということで、明日には長老様のいる森へ行くことになったのです。
体を休めておくように、とは言われたけど。
「うーん。暇だ」
もうそこまで眠くなったりはしないしなぁ。
さっきまでがいろいろな道具の話を聞いて興奮していたのもあって、ただじっと眠気が復活するまで待っているのもなかなかつらいものがある。
というか夕ご飯食べ損ねた……結構さっきから腹の虫が何回も鳴っていたりする。
あれ人前でいきなり出るとめっちゃ恥ずかしいよね。
「というか、シルラーズさんも忙しいよねぇ」
なにかと用事があるみたいだ。
まあ、学院長という立場。
授業は無くても書類仕事とかいろいろやることがあるのだろう。書類仕事って具体的になにするのか分からないけどね。
「邪魔するぞー」
「……ん?」
ノックもなく木製扉があけられる。
この適当さは……というか声でもわかるけど、ミールちゃんだ。
今日も元気に蒼いポニーテールが揺れている。
髪のしっぽの先をなんとなく目で追ってみた。意味はないけどなんか楽しい。
「なにをしているんだ、お前は。私の髪何か変か?」
「ううん。いつも通りつやつやしてるよ」
「マツリの髪には負けるが。……学院長は?」
「用事があるみたい。出かけて行っちゃった」
「あーなるほどな。ここ最近書類仕事が溜まってきていたようだし、それだろう」
「俺のせいかな?」
「……それは無い。安心しろ」
ぱふりと頭に手を置かれた。
そのまま乱暴にぐりぐりー……って、やられた、けど。
「ふぁぁ」
「何だ奇妙な声を上げるな!」
「う、ごめん」
いや気持ちよくってつい。
―――こういう、ふとした瞬間に出る行動が、ミールちゃんはお姉さんなんだなって思い知るんだよね。