見通せない森
「その森は翠蓋の森と呼ばれていてな。長老の力によって観測が不可能となっている森なんだ」
「観測不可能……」
「肉眼では普通の鬱蒼とした森にしか見えないがね。だが、奇妙なことにその森を突き抜けて下の地面を見ることができないのだ」
「一面森の葉だけしかないってことですか?」
「そうだ。普通は、どんな森であれど植物たちが自然に距離を保つため、上空から見れば必ず地面は見えるはずなのだが……」
それは確かに奇妙だ。
魔法的な匂いを感じる。
「そして、決定的なものが、千里眼をもつ魔法使いの眼ですら、内部を確認できないということだ。この街にいる最高位の目を持つものですら、内部はおろか表層すら捉えられない……」
「実際に入ってみるとどうなんですか?」
「いい質問だ。答えは単純―――入る資格を持たないものは、すぐさま戻ってくる」
……主である長老様の、つまりは領域ということなのだろう。
魔法的な力によって、出入りすら管理できる。
旧き龍は概念的な存在が形を持ったものらしいし、そういうことも簡単にできるのだろう。
長老は何の概念が形を持ったものなのだろうか。結構興味あるけれど―――うん、物凄く会いたくなってきた。
というか、ぜひに話を聞いてみたい。楽しみです。
「私も何度も挑戦しているのだが、まったく入れないのだ。……何が悪いのだろうな」
「心意気じゃないですか?」
「―――たまにマツリ君の言葉は心を抉ることがあるが、事実なので甘んじて受け入れるとも」
「いや双子も全く同じこと言うと思います」
しかも、珍しく完全に息ぴったり同じタイミングで。
あの二人は顔立ちこそ似ているけれど、性格とかかなり違うからね。
それなのにここまで合わせるだろうな、という予測が建てられるシルラーズさんへのツッコミは、ある意味ではシルラーズさんすげぇ、ということになるのだろうか。
「翆蓋の森ですか。かなり広い範囲にある気がしますけど」
「ああ。かつてはこの街もまた、翆蓋の森の一部だったらしいが、街を起こした男が長老と取引をして以来、この街は人の住まう地として成り立ったということだ」
つまり、逆なのか。
この街の近くに翆蓋の森があったのではなく、翆蓋の森の領域にこの街がある。
……あちらさんたちがたくさんいるのも、その影響があるのだろう。
問題としては人の交易路に関してだけど―――
「どちらにしても、この森の向こうは人の住めない神々の山だ。魔術師でも、また魔法使いですら訪れる者はいない」
そう、翆蓋の森の森の先にあるのは、巨大な山の数々……即ち山脈だ。
この街からもうっすらと見えるけれど、あそこをわざわざ超えてくるようなものはそうはいないだろう。
そもそも、地図を見る限りこの街には駅もあるし、翆蓋の森の反対側は都市と都市を結ぶ道もしっかりとあるようだし……まあ、うまくできているのだろうね。
このカーヴィラの街はあちらさんと人間、双方の境に成り立っている……そんな感じがするのだ。
そうじゃなきゃこの学院自体ができないか。
妖精たちと魔法使いと、魔術師。みんなが共存している光景の、何とも珍しいことか―――いや、またこのセカイを見分はしていないけれど。
でも、そう思うのです、はい。
よくわからないかなー、分からないですよねごめんなさい。
「というかまず問題ですけど、俺…ちゃんと中に入れるんですか?」
「さあね。正直なところを言えば、私にはわからない」
「えっ」
「だが、プーカが行けと言っている以上、恐らくは問題ないのだろう」
ううむ……確かにプーカが言うなら問題ない気もする。
あちらさんだから、感性が人間と少しずれているけれど……プーカの言葉は不思議と納得できるのだ。
長く生きているからなのか、プーカというあちらさんの特性なのか。そこまでは分かりませんが。
両方かな。たぶん。
「―――そっかー。じゃあ、行ってきますね」
「……軽いな」
「そですか?」
「普通、得体のしれない場所に行くとなれば多少の忌避感は覚えるのではないかな」
「でもシルラーズさんも興味本位で入っているんでしょう?」
「私は人格が人間としては破綻しているからな」
あ、自分で言うんですかそれ。
……というか、自覚あったんですか。
「んー。そうですねぇ」
唇に指をあてて考える。
軽い……と言われても、ねぇ?
そこに理由を付けるとすれば、そうだなぁ。
「少なくとも、戻ってこれる保証はあるわけじゃないですか」
入る資格がなければ、外に出されるだけなのだ。
見せしめとして晒されるわけでも、首を取られるわけでも心臓をキャッチされるわけでもない。
なら、別に深く考える必要とかはないと思うのです。
……第一、長老様に結構興味が沸いているからね!
是非とも会いたい。なら、そこに理由は要らない。
……理由を考えていたのに、理由がいらないという結末になってしまった。解せぬ。
なおも首をひねっていると、シルラーズさんが納得した表情で俺を見ていた。
「なるほど。そういうことか」
「……?」
「いや、君の性質が少しつかめたというだけさ。もう理由はいいぞ。マツリ君は、そういう生き物なんだということで納得した」
「どんな納得の方法ですかっ」
そういう生き物って。
俺は皆と種族違うんですか。あ、違いましたね、そういえば。
「まあ、私は納得したが……ミーアは納得しないだろうな。やれ、気苦労が増えそうだ」
「はいー?」
「何でもないさ。さて、では本題……翆蓋の森の中を歩むための準備をしなければね」
そういうと、シルラーズさんはベッドの横にある台……ああ、電話が乗っている台とは別のやつね。
その上を覆っていた黒い布を静かに取り去った。
台の上には見たことがあったりなかったりする道具の数々が。
……いや、まあ、見たことあっても使い方はほとんど知らないから実質分からないものの方が多いですけど。
でも何個かは名前も分かる。知識さんが起きてくれれば多分全部わかるだろうけど、さっきからずっと眠っておりますので当てにはできなさそうだ、残念。
まあ、最近頼りすぎている気もしていたし、ここらへんでしっかり自分の知識として蓄えないとね。
「観測不可能である翆蓋の森は、当然外部からの情報もシャットアウトしてしまう。我々魔術師たちでサポートするということは不可能だ」
「つまり、一人っきりでダンジョンに行くようなものですね!」
「うん?マツリ君は迷宮に行ったことがあるのか?」
「……はい?」
「…………うん?」
あれ、会話がかみ合ってない気がする。
―――ま。いっか。
「魔術による通信もできないからな。どのタイミングでどうすればいいのか、などアドバイスすらできないのが、かの森の内部……ということになる」
頼れるのは自分の腕と、長老様の気分だけってことですか。
うわー大変そうだ。
「そこでこの道具の数々だ。なに、多少私の私欲も交じっているが、きちんと君を守ってくれるであろう道具を用意してきたぞ」
「堂々と私欲混じっているっていうあたりがもういっそのこと清々しいですよねー」
おもしろいなぁ、もう。
「さて。……その杖はもちろん持っていくように」
「はい。もう体の一部みたいなものですから」
魔法を使ってから尚更、そういう感覚が強くなった気がする。
使ったといってもかなり低級な魔法だと思うけどね。鍵開けただけだし。
そんなわけで、俺の言葉にうなずいたシルラーズさんは、そのまま道具の傍に立ち指をさすと、次々に道具の名称を教えてくれた。
「これは内部の情報を記録する水晶だ。魔術的な原理で動いているため、一日は稼働し続ける優れもの……作るのには苦労したよ」
「製作者シルラーズさんですか……」
何でもやりますねぇ、本当に。