怒られました
***
「で、何か言うことはあるか?」
「本当にごめんなさい」
―――禁書の間を出たら、シルラーズさんが目の前に居ました。
即土下座です、はい。
いや、迷惑かけられないとか思っていたのにこれですよ。我ながらなんというか……ですよね。
……あ、今思った。これ、土下座じゃ伝わらないかなぁ、文化違うし。
「――ヴェヒター。お前も一緒になって何をやっている」
「申し訳ありません。……僕が、連れてきたのです」
「いや、鍵を勝手に開けたのとか中に入ったのとかは俺なんですけどね」
「うむ、だろうな。並みの者にあの鍵は開けられない……さて」
ぽん。
頭の上にシルラーズさんの両手が置かれる。
それが段々と横にズレてきて……。
「あっふ、痛い!痛いですやめて~?!」
「話半分に聞いて居た感じはしていたが、やはり私の言葉を聞いていなかったな?」
「冷静に梅干しやらないでぇください!」
というかなんで梅干しなんて知っているんですか痛いポイントの知識っていうのは万国共通だからですかそうですか!
「……おい、涙目にならないでくれ、悪いことをしている気分になる」
「うう、すいません……」
両腕から繰り出される痛みから開放され、地面に突っ伏す。
……すごく痛い……。
ので、杖を抱えて丸まることにした。くすん。
「パンツ丸見えだぞ。誘っているのか?」
「そんなことはありません!」
起き上がってスカートを抑える。
そして、こんな行動を当たり前にやった自分に少し驚愕する。
……ますます行動が染まってきている気がするのだけど、気のせい?
うーむ、気のせいではない気がしているけれど、まあいいか。
「まったく、結界を張り直していたら、いきなり新しく結界が破られたのが伝わってきたのだが」
「あ、あの鍵の製作者、シルラーズさんだったんだ」
「正確には管理者さ。あれは魔法を魔術で制御するという革新的な技法を使っているのだ」
「おお、コストパフォーマンスよさそうですね」
「魔法使いも魔術師も、術の難易度が高すぎてまともにできるものはほとんどいないという欠点はあるがね」
それはあんまり意味なさそうですねー。
要は若くして龍を倒すほどの才能を持った人じゃないと扱えないと……いや無理ですね。
というか、そのシルラーズさんと同レベルの才能を持つ魔法使いがいることにも驚きだ。
いや、セカイって広いね。
そして、やはりではあるけれど……結界を破れば術者にそれが伝わるんだね。
いや、正確には跳ね返るの方が正しいか。
「まあ、解錠だからすぐに修復できるのがまだ救いだな。プーカのように片っ端から破ってきたら頭を抱えていたよ」
「プーカぁ……」
「あれはあまりにも強すぎるからな。そもそも結界に気がついてすらいないだろう」
強い力のあるあちらさん特有のってやつですか。
あれ、それは逆に、通るだけで結界を軒並み破り去っていったということでは……?
―――まあ、プーカなら、それもあり得るか。
「……ええと、学院長とマツリの関係は?」
「拾った」
「拾われましたー」
千夜の魔女さんに乗っ取られかけているところを。
「つまり、正しくは助けられただけどねぇ」
まあ、意味はあまり変わらないかもしれない。
「さて、マツリ君。何故禁書の間になんぞ入ったんだ?」
あ、やっぱり聞かれますよね。
質問タイムが始まったようです。そりゃそうか。
……と言っても、理由なんて、とてつもなく曖昧なものなのだ。
「えっと……勘に従って……」
「―――勘?」
「はい……」
いやもちろん、禁書の間というものに興味がすごくあったのも事実ではあるけれど。
――それでも、入ろうと強く思ったのは、この勘によるものだ。
結果としてはまあ、目的の物は発見できたのだけど。
「ふむ、勘か。ならいい。ヴェヒター、マツリ君はほかに何かしていたか?」
「禁書を一冊、還していました」
「ほう。……ではそれで今回はチャラにしておくとしよう」
「う?」
何故に?
禁書というものはかなり貴重なもののはずだ。
それを還す―――消滅させてしまったのならば、怒られても仕方ないと思っていたのだけど。
というかものすごく怒られるよね、どう考えても。
「マツリ、最初にいっただろう?禁書の間には、読むだけで危険とされる類いの本がある、と」
「うん、いってたね」
「――なるべく、危険な書物というものは無くしていきたいのが本音なのさ。千夜の魔女の本以外にも、焚書の難しい書物はいくらかあるからな」
「……つまり、危険地帯に勝手に入った代わりに、爆弾解体したからせーふです、ということです?」
「ああ、そういうことだ」
あの本は、そこまで危険な本には思えなかったけどねぇ。
それでも、まあ。おかげで怒られることがなくなったので、感謝しないとね。
「さて。それだけ動けるようになったのならば、もう頃合いだろう」
「頃合い?」
「……長老のところへ行く、という話だ」
「……。……。…………ああ!」
「忘れていたようだな」
「あは、まさか……そんなことーないですよー」
物凄く忘れていました、はい。
うーむ、そういえばそんな話もあったなぁ。
結構前に感じるのはなぜだろうか。
つい最近の話だったはずなのに。
……たくさん寝ていたからかな、うん。
「長老さま……ですか?」
「ああ。……好奇心は猫をも殺す。あまりマツリ君に対して、首を突っ込まない方がいいぞ、ヴェヒター」
「―――。……ですが、僕は」
「ま、無理だろうな。あの娘はあまりに奔放だ……故に人を惹きつけてやまない。これもまた呪いなのかもしれないが、さて」
「はい?何か言いましたー?」
「いや、何も言っていないさ」
何か言っていたような気がしたけど、シルラーズさんが肩をすくめて何も言っていないというし、そういうことなのだろう。
ヴェヒターも若干、何とも言えない表現のしがたい顔をしているけれど、なんだろうか。
……うーむ、まあいいか。
「さて、ではそろそろ戻るぞ、マツリ君」
「はーい」
古びた鍵に触れて、再び封印を施してから、シルラーズさんが階段を指さす。
あぁー、中に入っている書物、見たかったんだけどなぁ……。
そんな甘い話はないかぁ……。そもそも危険だっていう話だし、ほかの人が入らないように施錠をしないわけにはいかないのだけども。
でも、それはそれ。心情はそれはもう、あの中に入りたいですとも。
ソロモン王の書物とかみたいに決まっているじゃないですか!
……ん。
「ソロモン王……。ねーシルラーズさん。ソロモン王って実在した人物なんですか?」
「ああ、いたよ。古き王だ。数多の魔術を操り、魔神というものたちを初めて使役した偉大なる魔術師だ」
「魔術師なんですねぇ……。魔神まで使役しているのに」
「魔神だからこそさ。あれらの制御は非常に細かい精度が要求される。ムラの大きい魔法では食い破られるのが関の山さ」
「そういう……んまーそっか。そうですよね」
細かい図形や幾つもの前提条件を用いて契約するのが魔神というものであるし。
魔法だと魔力によって従わせる……つまり、喧嘩で倒してー、みたいな、強引に力ずくっていうことになるだろうけれど、魔法をもってしても魔神が使役できるのかは正直なところ分からないし。
……ソロモン王は存在していた、か。
そういえば街にも十字架とか、教会とかあったし、当然十字教とかもあるんだろう。
街に出れたら、そのあたりも見分したいところですね!