依頼開始
***
「ふむふむ……つまり、この地図の場所まで言って、この場所の写真を撮ってくればいいってことだな?」
丁寧に道筋に沿ってラインまで描かれたありがたい地図を指しながら、そう確認する。
この中世的な時代に写真?と思ったが、写真を撮るための道具は、小さな宝石が埋め込まれた箱であった。
そういえば、小さな穴からの光で写真を撮る仕組みは昔からあったのだったか。
これはそれを魔法……魔術?的なもので発展させたものなのだろう。……おそらく。
ミールちゃんは、確認にうなずくと、
「そう言うことだ。その服では少しばかり歩きづらいだろう、服などはこちらから支給しよう」
「おお、ありがたい!」
パジャマ姿で出歩くのはそろそろ勘弁だ。いかにパジャマがほとんどジャージだとしても、眠るためのイメージがついているこれをあまり汚したくはない。
「こちらになります」
……いつの間にかすべて用意されていた服と靴。
流石妹様、準備がいい。
その後カーテンで仕切られたドレスルームに案内された。
「おお……いや、これ女物じゃね?」
「いい忘れていましたが、親衛騎士団はすべて女性です。そしてここは親衛騎士団の詰め所です」
「つまり、女性ものの服しか置いていないと」
「はい」
……まあ、着れれば何でもいいんだけどな。
実際、スカートでも穿かされない限りは、女物でもたいして男の服と変わりはしない。
若干生地が薄いくらいか。
あと胸元の隙間が目立つくらいだな。
うん、男の俺にはそこは一切関係ないことだ。
「ちなみに、このマントに意味はあるのか?」
「魔除けの加護を編んであります。悪霊や妖精にいたずらされることくらいは防げるでしょう」
「あれ、妖精さんとか結構エンカウント率高め?」
「森に入れば彼らの領土です。彼らは魔力限度など関係ありませんからね」
「……どゆこと?」
MP的な?
「ミーア。武器は持たせたか?」
「いりますか?確かに彼らは鉄を怖がりますが」
「有事の際にいるだろう」
「いやー……俺は剣とか持ったことないし、持ってても特に役にたたないからな。いらないよ」
「……ずいぶん平和なセカイから来たのだな、お前は」
まあ、日本は安全神話があるとまで言われていたからな。
剣道とかやってればまだましかもしれないが、残念ながら俺は万年帰宅部。
荒っぽいことなどは縁遠い人生を行っていた。
「さて、じゃあ行ってくるよ」
女性ものとはいえ、騎士の服。なかなか動きやすいものだ。
地図を見るに、目的地は森の中。軽い登山になりそうだが、これだけの服を支給してもらったおかげで、そこまで苦労することにはならないであろう。
いやはや、ここまでよくしてもらえたのはうれしい誤算だ。
そして、可愛い二人の騎士とお知り合いになれたことも、個人的にはグッド。
「お気を付けて」
「楽な依頼だ、ミスしたら笑ってやる」
「まっかせろ~」
巨大な木戸を思いっきり開け放ち、元気よく駆け出して行った。
……インドア派な俺が全力疾走なんてことをしたため、出だし早々、すごく疲れた。
だが頑張ろう。
――そう思い、走るのを継続したのであった。
***
「いやっほ~、可愛い娘ちゃんたち。元気してるかい?」
「……うげ……」
「うわぁ」
「おい、その反応やめろ」
マツリが去ったあと、入れ違いのように詰め所に訪れた真紅の髪の女。
髪の赤さは、ミーアがややオレンジがかった赤なのに対し、女の髪は火よりも赤い紅であった。
「……学院長様、その残念な口調で毎回入ってくるのはあなたの頭の残念さが際立ってしまうのでやめてくださいと何度もおっしゃっていますが」
「というか気持ち悪い……やめろ。あとここは禁煙だ」
学院長……そう呼ばれた女は、口にくわえた煙草を乱雑にもみ消すと、椅子にどかりと座った。
「あー、で。本題なんだがね」
「はい」
「お前たちに出した依頼、あったじゃないか」
「あったな」
「あれ、やっぱ取り消していい?」
「―――はぁ……?」
悪い、とは思っているらしく、ばつの悪そうな顔を作る学院長。
しかし、双子の騎士は顔を見合わせ、どうしようかという表情が浮かび上がってきた。
「あの、理由をお聞きしても……?」
「魔術カメラを利用する写真撮影なんて、確かに珍しいとは思ったが、ただ写真撮るだけだろ?」
「もともとはそうだったんだけどねぇ……」
「目的は、大気中の魔力が奇妙な渦を巻いていた、からですよね。たしか」
「原因は千里眼使っても霊視使っても不明、だからカメラで直接撮影しようって思ったんだが……。今日、急遽長老から鳥文が来てな。―――曰く、あの場所に”千夜の魔女”の残滓ありて、だそうだ」
「「――――――ッ!!?!」」
「ということで、触らぬ神に祟りなし、魔女の残滓が失せるまで放っておこうとしたんだ。ということで、依頼用紙……返してくれない?」
「――――すいません……。あの依頼……異邦人に、代わりに受けさせてしまいました…………」
「な……!?なんだと??!」
立ち上がった勢いがあまりにも強く、椅子が倒れた。
しかし、それに一切気を止めることなく、
学院長はミーアに詰め寄る。
「一体いつだ!どんな異邦人だった!」
「つ、つい先ほどです……」
「―――おい、学院長。ミーアに近寄りすぎだ」
「……おっと、済まない」
椅子をもとに戻し、しかし座らずに壁に寄りかかる学院長。
首の動きで続きを促した。
「続きは私が説明しよう。まず、異世界人だ。随分平和なセカイから来たようだが」
「異世界からの異邦人など、数百年現れていないというのに……クソ、最悪なタイミングだな……」
「お、追いかけますか?」
「いや、私が行く。体を剥がれ、魂だけとなったあの魔女には、お前たちもあまり役には立たないだろう。マントを借りるぞ」
「は…はい」
「あー、気にするな。確かに”千夜の魔女”は最悪の象徴だが、魂だけのあれは多くの事柄に対して干渉を封じられている。ちょっと私が過剰に反応してしまっただけさ。必ず連れもどすから、安心しろ。……というか、私の責任だしねぇ、これ……」
「まったくだ」
「そこ、少しは年上をいたわる」
「名は、マツリだ。たのんだぞ」
「分かってるさ。――ッチ、魔力の渦のせいで転移不可能か……走るしかないな」
そうして、ついさきほど茉莉が出ていったその扉をくぐり、学院長が走り去っていく。
「……マツリさん……」
「大丈夫だ、ミーア。あれで学院長は凄腕の魔術師だからな」
「姉さん……。そう、ですね。しかし、戻ってきたのなら、またお詫びをしなくてはいけませんね」
「あー……確かにな。お礼のつもりでひどい依頼を押し付けてしまった訳だし……」
少しだけ明るくなった妹のミーアの顔色に安心したミールは、しかして祈っていた。
礼をするべき相手を喪わぬように。
――どうか、魔女に囚われぬように、と。