解錠の魔法
……茨の蔓かな、これは。
鍵を持たない者に対しての防衛機構ということか。
「そうだ。魔法の蔓で守られているのさ。これがあるから、鍵がないと入室することはできないというわけだよ」
「ちなみに、無理やり入ると?」
「憐れ蔓に取り込まれあられもない姿にされる……って感じかな。前に上級生がこの蔓を破ろうとして、天井から吊り下げられていたよ」
「うわ恥ずかしいなそれ」
この図書館はとんでもなく広いため、二階以上の階の階段傍に体を置いていると、天井が半分以上見える。
―――だからまあ、昨日入り口から入った時に天井が見えたのだが。
まあ、それは置いといて。
そんなわけでかなり大部分にいる人が天井を見ることができるのだ。……ああ、うん…そこに吊り下げられているってかなり恥ずかしいな。
「そこに錠前が見えるだろう?」
「あ、ほんとだ」
古びた錠前だ。
だが、手入れはされているらしい。金属がやや黒ずんだ色になってしまっているだけで、錆などは見受けられない。
……ふーむ?この錠前自体も、何かしらの魔術的な道具のようだ。
「封印錠さ。それに適合する鍵じゃないと絶対に合わないようになっている。最高とは言わないけれど、最適な鍵さ」
「なるほどなるほど……」
―――さて。
手元に、階段でもお世話になった杖を取り出す。
いや、これ本来の使用用途は魔法のステッキですが、普通に歩くときに使用する杖としてももちろん使えるのですよ。
というかそれも使用用途の一つ。ま、お弁当箱ぶら提げてていまさら何をという話だけどね。
それをくるりと持ち替え、杖の先……パイプのボウルが付いている方を鍵穴に当てる。
この杖は俺の半分程度の長さだけれど、歩く際には自分の身体の一部かのようにフィットして歩くことができるから、本当に不思議だ。
プーカにはお礼言わないとね。ちなみにボウルの部分は杖の先よりも若干内側にあり、構造そのものはインディアンのパイプのようになっているため、見た目としても機能性としても違和感のない仕上がりになっている。
芸術的価値も高そうだ。売らないけどね。
「……いや、待てマツリ。僕の話を聞いていなかったのか?!」
「んー、大丈夫大丈夫。……ここに入らないといけない気がしていてね」
「いやそれでは入っていい場所ではない……入るなら入るで、シルラーズ学院長に相談しに行こう!」
「あはは、ヴェヒターはいい人だなー。でも、問題ないよ」
何故なら。
並の呪いでは俺を犯すことなど、できはしないからである。
俺自身が呪いの塊みたいなものだからね―――それにな。
しっかりと魔法を使えば、大丈夫。
「”古き錠前音一つ。堅き錠前音二つ。お前を開くは硝子の鍵”」
「―――――な」
ヴェヒターから、驚きの吐息が零れた。
魔法の物語では定番であり、必須でもある解錠の魔法。
……巧くいって何よりです。まともな魔法を初めて使うことも、鍵をしっかりと開けることができたことも、双方を含めてね。
「あり得ない……」
「不可思議な魔法のセカイで、あり得ないことの方が少ないんじゃない?」
人を生き返らせる、とかね。
基本、命は不可逆的。失ったものは取り戻せないのは、科学でも魔法でも同じこと。
だからこそ失わないように……なくしてしまっても後悔の無いように生きる努力をしなければいけないのだ。
……さて。杖を戻す。
そして、軽く床を叩くと、茨の蔓が緩やかに消えて、中にあった建物が徐々に姿を現し始めた。
木製の円形扉だ。だが、金属での装飾が施されており、より重厚さを増していた。
扉というよりも、門と言った方が正しいのかもしれない。実際扉と言いつつも、両開きであるわけだし。
「じゃ、ありがとねヴェヒター。ここまで道案内してくれて、助かったよ」
「……こほん。あー、マツリ、それに関しては礼を言う必要なんてないよ。女性をエスコートするのは男の役目だからね」
「わお紳士」
「でも、だ。魔術師として、その禁書架に入ることはお勧めできない……というか、引き返すんだ。君が高い魔法の才能を持っているのは分かったが、それでも……いや、だからこそ、その部屋に入るのはやめた方がいい」
「影響を受けやすく、与えやすいから――だろ?」
「そうだ。……分かっているのなら」
「んー……それでも、入らないといけない予感が、あるんだよね」
初めて魔法を使って確信できた。
あの夢は間違いなく、誰かが俺に伝えようとした、予知夢だ。
そもそも、魔法使いの見る夢というものは、何かしらの意味を持つことが多いのだ。場合によっては、誰かの夢に繋がってしまうことだってあるし。
―――神秘に触れるモノ達は、勘が鋭い。働く対象や場面に差があれど、人ならざる事象と向き合う我々にとって、それは必須の存在だ。
その直感がここに答えがあると言っているのだから、まあ、信じてみようじゃないか……というわけである。
……第一に。何かを伝えようとした、ということは、俺に何かをしてほしいということだろう?
なら、できる限りのことはしないとね。
「あぁ……もう、わかった。好きにやるといい」
「お、話わかるね!ありがと」
「うん。僕もまた好きにやるからね……さて、じゃあ行こうか」
「……うん?」
パシリと俺の腕をとって、禁書の部屋へと先導するヴェヒター。
……あれ?そんなおかしな光景が見えるけど、気のせいだろうか。
「少女を、危険な場所に一人で行かせるわけにはいかないさ。危険から守るのもまた、紳士の役目だよ」
「紳士っていうほどの歳じゃないでしょ、ヴェヒター」
「まあね。でも僕はね―――これでも王子なんだ。だから、紳士的な振る舞いをするのは当たり前のことなのさ」
「……王子?」
確認の問いかけには淡く笑って濁したヴェヒター。
でも、嘘ではないのだろうな。
俺に嘘を視抜くような加護は備わっていないけど、ヴェヒターはくだらない嘘を吐くような質ではないというのは分かっている。
でも、一つ訂正する場所があるよね。
「危険から守るのもいいけど、まずは自分を大事にしないと。命大事に、だぜ?」
「―――君がそれを言うのか……」
「ん?」
俺が言ってはいけない言葉なのだろうか。
解せない言葉が返ってきて少々困惑する。
なにか変な箇所あったかな……などと思案していると、大きなため息をついたヴェヒターが、俺の手を引っ張った。
「まあ、いいさ。じゃあそろそろ行こうか。禁書の部屋の前で……それも、封印が解かれた鍵の前で話している所が見つかれば、先生たちが鬼の形相で止めに来るからね」
「さらっとやっているけど、これ悪いことだもんねー」
「そうさ。僕らは悪い子供たちってことだね」
―――二人で小さく笑い合う。
うん、こいつとはいい友達になれそうだ。
友達は友達でも悪友だけどね!
「では、いざ悪事の部屋に!」
「禁書に祟られるよ……」
「気にしない気にしない。もし祟られたら、俺が払ってあげるからさ」
くだらない雑談をかわしつつ、禁書の間の扉を、俺たちは潜り抜けたのだった。