禁断書架
既にいくつもの面倒をかけてしまっているからな、みんなに。いずれ返すけれど、今はまだ無理だから。
”これ以上”ってやつを作らないようにしないと。
……でも、こう……好奇心ってやつは抑えられないよね!
大丈夫、迷惑かけないようにすればいいんだから。それに、なんとなく―――俺の求めている知識が、そこにあるような気がしてならないのだ。
「―――ね、ヴェヒター。禁書の場所まで連れてってくれない?」
「え、僕がかい?というか、危ないって言っているじゃないか」
「どうしても調べたいことがあるんだよねー。……この本も面白いけど、欲しい知識じゃなかったし」
目次を参照して、中もちらりと見てみたが――あまり、俺の視た夢と関係ありそうな本ではなかった。
これは予知夢に関係する書物だ。俺はおそらく、誰かに見させられた…或いはどこかの夢に紛れ込んでしまったパターンのはずだから、面白い本だったけれどこれは今はお預けである。
「……僕たちの知識欲は抑えられないもの、か。仕方ない、連れて行くよ。……でも、鍵がかかっているから中には入れない筈だ」
「じゃあフェネルちゃんに貰ってこようぜ」
「ダメだ。というか、無理だ。鍵こそはフェネル女史が持っているが、それを貸与する権利は学院長であるシルラーズ先生しか持ちえない。魔術的な誓約をする必要があるから、無断で持ち出すことも不可能だ」
「つまりシルラーズさんに直談判しないといけないと」
「うん、そういうことだ」
……ダメって言われるに決まってますよねー。
この前も霧の書でいろいろあったのだし。
シルラーズさんは知識欲旺盛で自分に素直だけど、結構俺に気を使ってくれているし。
普通に危ないことには飛び込ませてくれないだろう。……不用意に許可出すとミーアちゃんからのお仕置きが始まるだろうし。
「そっかぁ……」
「―――ま、まあ。近くに行く分にはいいんじゃないかな?なに、場所を知っておくことも重要だろう」
「おー!話が分かる!というか助かる!」
「……そうかい。それならよかったよ」
では、地図を取り出して―――。
「この地図、フェネルちゃんから貰ったんだけど、三階は結構適当なんだよね」
「禁書の領域があるからね。三階は本当に大雑把にしか表記されないんだ。千夜の魔女以外の魔導書は悪用の危険性があるから。過去には、記された魔法陣によって悪魔を召喚してしまった例もあるし」
「なんだそれ……武器庫ですかね」
というか召喚魔術って高度なんじゃなかったっけ。
あ、そう言うものもハイリスクハイリターンでできてしまうからこそ、禁書としてそこに封印されているのか。
そしてその中でも悪用すらされない千夜さん。ある意味安全と呼べるのかもしれない。
「じゃあ、行こうか」
「はーい」
キャットウォークから階段に戻る。
この図書館の階段は一段がかなり大きい。キャットウォークへ行くことを想定しての物なのだろう。
そうじゃないと階段に戻るのがちょっと大変になってしまうからね。
ちなみに、階段は二つある。真反対で、螺旋を描きながら建物の天辺へと向かっているのだ。
これによって、キャットウォーク内は常に半周以内で好きな本の場所へ向かえるようになっている。
……一本しか階段がなかったら、キャットウォークとの接点も一つしかないから、真反対の本を取りに行くとき地獄だもんねー。
端的に言って、面倒くさい。んー、魔法でちょいっと手元に本を引き寄せられたら便利そうなんだけど。まあ、俺まだほとんど魔法使えないし、無意味な想定か。
「……図書館内では移動装置が使えないのが面倒だな」
「あ、やっぱヴェヒターも階段移動めんどくさいって思うんだ」
「それはそうだよ。魔術などは人の利便性を高めるためにあるからね。……まあ、魔法はその限りでもないけど」
「ふーん?……それよりもさ、移動装置って―――なに?」
そう、移動装置。
図書館内では、っていうことは……まさか、学院内ではその移動装置が使えるということだろうか。
そうだとしたら、かなり聞き捨てならない言葉になりますけど。
だって俺はそれを使わないで徒歩でこの学院内を歩いていたのだからね!
「……え、知らないのかい?」
「うん。いや、あんまり詳しくなくて……」
「これは、驚いたな……。いや、詮索を避けるといった手前、追及はしないけどね。……移動装置というのはね、この学院に設置された高度な魔術なんだよ」
「魔術?空間移動に関する魔法とか魔術って、かなり難しいんじゃないのか?」
「ああ、普通ならね。その普通を覆して、幾多もの連結魔方陣や力ある魔術言語を干渉させることで、可能にした人が居るのさ。シルラーズ先生その人なんだけどね」
「―――シルラーズさん流石だなー」
ただでさえ出力の弱い魔術で、魔法でも大変な空間移動を行うなんて。
まあ、魔術と魔法だと、大変な理由自体が変わってくるけれどね。
魔術だと出力……魔力が少ないために、移動しきれない事態に陥る。魔法だと、逆に魔力が多すぎて制御が難しく、空間を繋ぐ道が安定しない。
だから、単独で空間移動の秘術をおこなえるものはかなりの術者に位置するのだ。
……と、知識さんが教えてくれました。
いやー、もう知識さんに名前でも付けたらいいかもしれないな、これ。いつまでも知識さん呼びはよくないよね。
今度名前でも考えておこう。
「……つまり、だよ。それ使えば、この長ったらしい学園の通路、渡る必要なかったってこと?」
「全部歩いていたのか……それは会えないわけだ」
「うん、なにが?」
「いや、こっちの話さ。まあ、飛行道具や転移魔術を自前で扱えるものは移動装置すら使わないけどね」
「そんな人は数少なそうだけどね」
「そうだね。でも、いないわけじゃないよ」
ほう、つまりかなり練度の高い魔術師なり、魔法使いがこの学院にはいると。
―――ま、学院のトップであるシルラーズさんが、少なくとも魔術に感しては凄腕なのだから、その秘術を学ぼうとするものが集ってきてもおかしくないよな。
人格的問題?……まあ、些細なことってやつだよ、多分。
「さて、ようやく階段を登り切ったね。さあ、禁書の場所へいこう」
「はーい」
雑談をしていたら、思いのほか速く階段を昇れた、気がした。錯覚かもしれないけれど、人の感覚が時間を定義しているのだから速く感じたのならば実際速いのだろう。
……それにしても、この身体小さいなー。一歩が遠い。
ヴェヒターは俺の歩幅に合わせてくれていたから急ぐ必要はなかったけど、もし大の男と同じ速さで登ろうとしたらかなりの体力をつかったことだろう。
うむ、不便。そして、歩幅を合わせてくれるヴェヒターまじでいけめん。
「三階は初めて入るかなー」
始めても何も、この図書館に来たのは前回が初なんだけど。
「三階はかなり専門的な分野の書物が置いてあるからね。余程深く研究している人くらいしか来ないよ」
「だから、二階までよりも人が少ないのか」
時間が早かったのもさっきまでの話。もう三文の徳が得られる時間帯は通り過ぎ、普通の生徒さんが図書館内で思い思いの本を読み漁ってる光景が見える。
とはいえ、まだ数は少ないけれど。
……三階に行くと、その少ない人数がさらに減っているのがわかる。本棚に並んでいる本も、どうやらこの国、この地方だけの言語で書かれたものじゃ無くなってきているみたいだ。
つまりは異国の言葉。俺はこの身体のおかげで読めるからいいけど、普通だったらまずその言語を学んでから本に取り掛からないといけないわけだ。うーわ大変そう。
逆にいえば、そうまでして調べたいものがある場合には、この階の書物は役に立つということ。
――だけどねぇ……。この階の書物、見る限り変なギミックが備わっているのがあったり、なかなかに癖が強そうだ。
気を付けないと火傷するね、間違いなく。
ちなみに、俺が眠ってた小部屋は二階の一角。……いや、階段から見下ろしても見づらいとは、隠密性高いですね。
「……ここだよ、禁書の棚は」
通路を突き進み、到着した先。
ヴェヒターが連れてきた場所は……。
「金網……いや、蔓網?」
深い緑の蔓草で囲われた空間だった。