イケメン再び
思いついたのは当然のことながら脚立である。高いところに手を届かせる代名詞ともいえる。
誇張かな?そうでもないよね。
では、またフェネルちゃんのところに行こう――そう思った時に、目の前で俺の目的の本が抜き取られた。
「はい。これを探していたんだろう?」
「あ、どうも……?」
そしてそのまま俺に手渡してくれたのは、どこかで見た男の人の顔。
……はて。どこで見ただろうか。つい最近だった筈だけど。
まあ、そもそもこのセカイに来てからの話になるから、全て最近だと定義できてしまうんだけどな!
「”魔法と魔術における夢の解釈・構造”か。随分難しい本を読むんだね」
「フェネルちゃんに教えてもらったんだ。……えーと、あなたは?」
顔を見ていても確実に名前は知らない。
それだけは確信できたので、軽く首を傾げつつ男の人に問いかける。
ふと、腰のあたりに随分と古めかしい鍵がついているのが見えた。しかも、結構大きい。
……うっすらと魔力を帯びている。ただの鍵じゃなさそうだ。
「―――というか、杖かな、あれ」
「え?」
「うーん。なんでもなーい。ところで名前を聞いても?」
「ああ、失礼。僕の名前はヴェヒターだ」
「そっか。ヴェヒター、よろしくなー」
手を差し出す。
握手だ。これ大事だよね。
リーフちゃんの時もやったけどね。
少しだけ驚いた表情を浮かべたヴェヒターは、少しばかり戸惑いながら俺の手を取った。
「……あれ、鍵の杖……」
―――あ、思い出した。
あの鍵、どこかで見たことがあると思ったら、あの中庭の王子様か。
うん、あの時は遠目からしか見てなかったから大雑把な特徴しか把握できなかったけれど、確かにあの王子様だ。
見れば見るほど、整った顔をしている。イケメンだなぁ。
「――あ、自己紹介忘れてた」
握手しているというのに、俺の方が名前を言うのを忘れていた。
これは失礼しました。
「俺は茉莉。よろしくお願いしまーす」
「……マツリ。マツリか。珍しい一人称なんだね、君は。もしかして、男性なのかな?」
「いろいろあるので突っ込まないでもらえると助かります。……ま、一応女だよ」
身体はね。
「そっか。まあ、この学院に通っているものはいろいろ癖のある者が多いからね。それと一緒だと思っておくよ」
「うん、助かる」
「…………む」
「…………?」
他愛ない言葉を交わした後、少しの沈黙が落ちた。
俺はその間に本を開いて中の文字を追っていたのだけど……ヴェヒターが俺に視線を向けていたのが気になってきた。
はて、顔に何かついているだろうか?
うーむ。朝起きた時には別に何もなかったと思うけどなー。
「顔に何かついている?」
こういう場合、聞いた方が手っ取り速いよね。
ここに鏡があるわけでもないのだし。
「あ、いや……こほん。いくつか気になった点があってね」
「?」
「あー……まず。僕はこの学院に二年ほどいるけど、君の顔を見たことがないんだ。この時期に新入生なんて居ない筈だし……転入生なのかな?」
「いや、そういうわけじゃないぜー。多分、この学院に通うこともないだろうし。ちょっと訳あり。聞かないでもらえると助かる」
「そうか。……じゃあ、もう一点。それ、君の杖?」
ヴェヒターの指は、本棚に立てかけてある俺の杖を差していた。
その質問に頷く。
「そーだよ。プーカから貰ったんだ」
「……プーカ……?」
「うん。お馬さん……いや、鳥になったりもするけど。あ、人にもなるか」
「あの”山の牡山羊”から譲渡されたのか?!」
あれ、何故かものすごく驚かれた気がする。
「ということは、君は―――魔法使い、か」
「珍しいらしいね。まあ、あんまり俺はこのセカイに詳しくないから、人口比とか分からないけど」
「詳しくない……?」
「そこも、聞かないでくれるとありがたい」
説明がめんどくさいからね!
……異世界から来ましたー、なんて話、このセカイでは無くはないらしいが、珍しくないわけじゃないようだし。
身体の知識曰く、このセカイの中で別の地方に飛ばされることならあるらしいが、セカイを超えてくるのはそうそういないようだ。
ま、そんな簡単に異世界に転移できるわけないものな。
転移するにも大なり小なり、理由というものが介在するはずだし、いざ転移させるにも力がいるし。
転移する魔法は、どうやら高度な部類にはいるようだしねぇ。
「まるでマツリは―――妖精だね」
「うむぅ?」
まあ、確かに体の半分は妖精ですが。
どういうことだろうか。ヴェヒターの言葉の意味がわからない。
俺の行動は普通に人間のはずだし、見た目も……見た目は、普通の人間であるはず。
言葉の裏を推測するたびに、首が傾いでいった。
――うーむ?
……髪が顔の前に垂れた。邪魔ですがな。
「いや、何でもない、忘れてくれ」
「……?まあ、うん。わかった、忘れる」
よくわからないことを気にしても無駄だろう。
特に、心という推測でしか測れないものは特に。
まあ、心を図るなんて無粋極まるけどな。分からないから、触れにくいからこそ尊いものなのだから。
それはさておき……。
「気になった点っていうのはそれだけ?」
「――あー、うん。そうだね。……すまない、読書を始めるんだったね」
「まあねー。……ちょっと調べ物をするだけなんだけどさ」
「この図書館は魔術師や魔法使い以外は出入りを禁じられるほどに貴重な書物が収められている。調べ物には持って来いだろうね。……ああ、でも気を付けて。危険な書物もいくつかあるからね」
「え、危険?」
……霧の書のことを思い出す。
あれの場合俺はほとんど眠っていただけで済んだけど、シルラーズさんやミーアちゃん曰く死んでもおかしくないものだったそうだ。
あのような、魔導書がこの図書館には当たり前のように紛れ込んでいるのだろうか。
――いや、それはあまりにもロシアンルーレット過ぎやしませんかね。
「三階の一角に禁書指定を受けた本が収められている場所がある。普段は魔錠が掛けられていて、司書のフェネル女史のもつ鍵でしか開けられないようにしてあるんだが……」
「禁書……」
一般的な意味合いだと、禁書というのは政治的、或いは世間の風俗に適さない物に対して、出版を制限し、管理するための物だったはずだが。
このセカイだときっと別の意味合いもあるのだろう。
……あー、千夜の魔女の魔法、とかは禁書指定されているかもしれない。
「どんな本が禁書指定されているんだ?」
まあ、まずは聞いた方が速いですよね。
「僕もあまり入らないから、そこまで詳しくはないけどね。……そうだな、単純に読むだけで危険な魔導書の類いとか、魔女の記した特殊な魔術とか」
「魔導書かー……やっぱりあるんだ。ま、それはいいや。魔女の記した魔術っていうのは?」
「魔女は、その魔女だけにしか扱えない特異な秘術があるんだ。それを万人にも扱えるように型落ちさせたものが魔女術なんだけど……」
「なるほど、魔女術か」
「その中でも、魔女の秘術に近い物や、再現できても習得があまりにも危険なものなんかが禁書指定を受けている」
「……ま、それこそ千夜の魔女なんかが記した魔導書とかだと、悪用とかされそうだしなー」
その言葉をしかし、ヴェヒターは笑いながら否定した。
「まさか。千夜の魔女の魔導書……その中でも一級禁止指定を受けている物などは、極悪人ですら触らないよ。焚書すらできない、それそのものが怪物みたいな本なんだから」
「……本なのに?」
「本なのに」
わあお千夜の魔女さん本当に規格外。
悪用すら恐ろしくてされないとか、どれだけ危険なんだろうね。
……さて、これでシルラーズさんの言っていた、千夜の魔女に関わりができてしまっているということが危険、という意味が分かってきたな。
これほどまで危険な存在として扱われているとは思わなかった。確かに、これだと迫害とか……そういうことがあってもおかしくないかもしれない。
別に俺がどうこうされる分にはいいけど、絶対に双子やシルラーズさんにも迷惑が掛かるだろうし、あまり目立つような行為はしない方がいいなぁ、これ。