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サウザント・ナイト ~謎の異世界転移からの魔法使い生活~  作者: 黒姫双葉
第一章 魔女と魔法使いと異世界と
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司書フェネル


「ごめんね、ちょっと今いいかな?」

「…………」


後ろから、カウンター越しに声をかけてみた。

……うーむ、スルーですか。

いや、無視(スルー)というか、最初から聞こえていない感じだな。

すごい集中力ですね。感心感心。


「いや、感心してる場合じゃない」


俺も用事を済ませるための情報を得なければ。

さて、遠くから声を掛け続けても無駄そうだな、これは。

じゃあカウンターを超えて直接行こう。

カウンター全体を見渡して、入り口を探す。

あら。円形のカウンターの四方に当たる部分が小さな戸になっていた。

おそらく、あそこから出入りするのだろう。

いやおそらくも何も、そこから以外ではカウンターそのものを乗り越えるくらいしか手段がなくなるけどさ。

―――では。狭いところでは持ち運びに不便な杖をカウンター脇において。


「お邪魔しまーす」


この言葉が正しいのかは不明ですけどね。

でもテリトリーに入る以上掛け声は必要ですよね。

そんな思考でとりあえず声を出してみた。

うん、安定のスルー。分かってた。

これ以上は後ろから声を掛けても無駄そうだと判断したので、肩をそっと叩いてみることにした。

手を、少女の深い瑠璃色の長髪に埋もれた肩に近づける。


「―――失礼します」


一瞬さわってもいいのだろうかとか逡巡したけれど、声を掛けないとまさに話にならない、ということなので。

仕方ないことなのです。変な気持ちとかはないから問題はないだろう、うん。

近づけては遠ざけた手を、再度肩に近づけて……今度こそ、手を置いた。

少女の頭が、本から離れ、後ろ――つまり、俺の方を向いた。

やや億劫そうであった表情が、一瞬だけ驚きに変わった。

……あれ、やはり後ろからはまずかっただろうか。普通に正面から回り込めばよかったと、今更思った。

確実に遅いよね、思うの。


「えとー……。こんにちは」

「……。ええ、こんにちは」


一瞬の間の後に、挨拶を返した少女。

顔はなんとも別嬪さんだった。

体格と同じく小柄な顔、薄い唇に、表情の現れにくい瞳。

まるでお人形さんのようだった。……あ、体の大きさは俺と大して変わりませんね。

なにせ今の俺の身長は、ミーアちゃんより低いからね!

……やばい、男としてのプライド的な何かがぽっきりと折れてしまいそうだった。

これ以上自分の心を刺しに行くのはやめよう、うん。


「なにか用かしら」

「あ、ごめん。ちょっと本を探したいんだけど……」

「……。本?」

「そー、本」

「……。どんな本かしら」

「えーっと」


どんな本か。ちょっと俺の中でも纏まっていなかったので、今少し時間を貰って分かりやすく定義することにした。


「ごめん、ちょっと伝えやすくするから、時間ちょうだい?」

「……。いいわ。私もその方がやりやすい」

「うん、ありがとなー」


さあ、纏めよう。

――そう思って視線を漂わせたときに、少女の周囲に薄くはあるが、黒い靄が掛かっているのが見えた。

……なんだ、あれ。

少なくとも、いいものではない。思わず、手を伸ばす。


「痛っ……」


バチリ……まるで電気に触れたかのような痛みが、指先に走った。

靄が俺の指にも纏わりつく。触れた右手の人差し指が、靄に干渉されているのか――微弱ながらも、痛い。

思わず指先を左手で抑えた。

なに、なんといいますか、この痛み……。そう、弱い静電気が何回も起こっている感じといえば、分かりやすいだろうか。

つまり、地味に痛い。ほんと、なにこれ?


「……?」


少女は不思議そうに、いきなり指を抑えた俺を見つめていた。

そうですよね、いきなり変な行動し始めたら不思議に思うのも当たり前ですよね。

話をしたい以上、変に思われるのは避けたいところだけど―――でも。この、確実に良くないものが少女にまとわりついている、という状況を放っておくのも、人としてどうかと思うしなぁ。

あ、だから俺は半分人じゃ……いや、今はどうでもいいって。

さて。……俺の中の知識さん、出番のなのでどうか出てきてくれませんかね。


「あ、消えた」


靄は数十秒経つと、溶けるように消えてしまった。

無意識に、深呼吸をする。……ああ、何だろうか。この墨のような香り。

濃い――あまりにも濃密な魔力の匂いだ。

それに誘発されたのか、頭の奥から知識があふれだす。

情報量に若干頭痛を起こしながらも、その情報を解読する。……ふぅむ。


「なるほど、ねぇ……。いたたたた」

「……。大丈夫?」

「うん、大丈夫……。八割自分のせいだから」


主に今の痛みは、知識さんがフル回転しているせいです。

……まあ、便利だけどね。こういった場合においては、特に。

おかげで、正体がわかった。

あの、少女を取り巻いている黒い靄は―――呪いだ。

しかも、かなり高度なやつ。

いやまあ、俺の身体ほどではないけれど……ただの人が負うにはあまりにも大きすぎるモノ。


「君のそれは……。いや、うん。何でもない」

「……。なんなのかしら」


不審に思われたかなー、これ。

まあ、いきなり痛みに襲われて何か話しかけてやめる……とか、病気もっているひとみたいだし……。

いやこの身体が病気みたいなものだといわれればそれまでだけど、身体自体は健全なので!

さて、それはともかく。

昨日もミーアちゃんの地雷を踏み抜いたばかりだし、この呪いもこの娘が触れられたくない類のものかもしれない。

だから、取りあえず今は触れないことにしたのだ。

嫌われて本を探せなくなっても困るしなー。

――けれど、もし触れられるほど近くなって、それを俺が解決できるのなら、必ず手を貸そう。

そう決めた。

……そういえば、この娘の名前、本人から聞いていないことを思い出した。


「こほん。えっと、君の名前を聞いてもいいかな?」

「……。ええ。私はフェネル。フェネル・シード」

「フェネルちゃん。うん、よろしく。俺はマツリって言うんだ」

「……。女の子なのに、一人称は”俺”なのね」

「まあ、いろいろありまして……。気にしないでくれるとありがたい」

「……。ええ、いいわ。秘密の一つ二つ、人には――特に、貴方たちみたいな魔術師や魔法使いには特に、あるものだから」


何とも理解のある少女である。

この身体になった経緯を話すには、途中で必ずこのセカイで嫌われているという千夜さんの話をしなければいけないからなー。

シルラーズさんからも、あまり口外しない方がいいとも言われているし、ともかくは、つまり……率先して話したい事柄ではないということです。


「で、まとまったのかしら?」

「そうそう、それが本題だった。……そうだな、魔法使いが見る、夢の種類に関しての本、とかあるかな」

「……。夢ね」

「こんな感じで、特定の本を探しているわけじゃないんだよねぇ。心当たり在ります?」

「……。夢、魔法使い。その種類、分別。……ちょっと待ってて」

「はーい」


手で俺を制した彼女は、本を閉じると椅子に凭れかかり、目を閉じた。

この時代、この図書館。

本を探すのにパソコンなんてものに頼れるはずがないからね。

いや、こう思うと前のセカイでの、十進法に分類された、パソコン等を駆使することによって本を効率よく探し当てることのできるシステムというのは、かなり便利なものだったのだと理解する。

誰が貸し借りしたのか、からどこの棚にあるかまで、一瞬でわかるのだから。

でも、魔法によって彩られたセカイもそれはそれで好きだったりする。変なところで不便さを求める浪漫なんかも、普通に生きていれば持ち得るものだし。

つまるところ、科学技術と魔法魔術……どっちも捨てがたいということだ。

うーん、我ながら欲張りですね。

でもどっちもあった方が絶対便利だと思うんだぜ?

このセカイでは、科学がないわけじゃないけど、発展は遅いし。俺のこの思考は科学の浸透した世界で生きてきたからこそ生まれたものなのかもしれないけどね。

さて、そんな思考をしている間に、彼女は再び目を開けたようである。

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