二度目の図書館
***
「ちょっとまってそれじゃ全然わからない!」
夢が終わってすぐに目を開き、上体を起こしてそう叫んだ。
……ただ不思議な夢でしたね、で終わらせられそうな気配ではないよね、この夢。
だとしても、これでは何を俺に伝えたいのか全く分からない。
「んー。んー……。まあ、それならそれで仕方ないか」
さてさて、俺には数少ない言葉や情報の断片から真実へ辿り着くような、探偵みたいな能力は備わっていない。
だからこそ歩いて見つけに行くというのが信条なのだ。
自分で言うのもなんだけど、頭いい方じゃないからね、俺。
探偵には頭脳以外にも重要な才能があるとか聞いたことがあるけれど、まあそれはそれとして。
ともかくは、この夢をきちんと記憶しておくことにしようか。
――さて。
「おはようございますっと」
誰もこの病室にはいないけれど。
なんとなく挨拶をして、布団から出る。
窓から小鳥のなく声。まだ朝日の力が弱いなー。ちらっと窓を覗いてみると、樹に止まっていた小鳥が羽ばたいてどこかへ飛んで行ってしまった。
……うーむ、随分と早起きになってしまったようだ。
まあ、早起きは三文の得ともいいますし。
いいことだと考えていきますか。
「お。椅子に服が置いてある」
昨日ミーアちゃんかシルラーズさんか……どちらかがそっと置いていってくれたのだろう。
まあ同じ服っていうのもあれだしなー。
こう――汗とか?気になりますよね。
寝ていたことも多いし、身体をものすごく動かした、ということでもないから、汗びっしょりかいたわけではないにしろ、寝汗などもあるし。
なるべくは着替えたいところだ。……あれ、下着がない。
「……いや、ここで全裸になるわけにもいかないか……」
常識的に考えて。
病室……より正確にいうなれば保健室で服全脱ぎとか、変態ですかそれ。
それに、ほとんどこの身体に慣れたとはいえ、女性もの下着をそっと置かれていてもそれはそれで微妙な気分だ。
「よっと」
新しい服に袖を通して。
……あ、完全に女ものだこれ……。スカートがすーす―する。
なぜ女の子っていうのはこんなに心許ない物を普通に着こなせるんでしょうかね。元男である俺にとっては永遠の謎です。
それにしても――。
「ちょっと、胸が苦しいかな……」
着るのに少し苦労したり。
上手い着方っていうのがあるのかねぇ……。そういう所全く分からないのです。
さて、と。
服も着終わったことだし。
人が集まる前に、図書館にいって調べ物をするとしましょうかね――――。
***
「いや、やっぱり遠いわ図書館……」
到着しました、大図書館!
今度はきちんと一階の入り口から入ったけれど……それでも遠いものは遠いのだ。
廊下をかなり歩かなければいけないからなー。
地味に疲れる。
「ま、もう着いたからいいけどね」
マジで生徒たちの移動手段どうなっているのか、切実に聞きたいです。
最短ルートでこれだからなぁ……。
病室を出てから十数分は経っている。
人が居ないからそれなりに早歩きできたし、道草も食っていないからこの前よりは全然早いけど……。
日本の学校の校舎内を歩く距離、時間と比べれば段違いだ。
西洋の学校はこう言うものなのかねー?留学もまたしたことがないので、よくわからない。
土地がたくさんありそうだ、という偏見じみた印象なら持ち合わせているけどね。
俺の中の知識さんに聞けばわかるかもしれないけど、今は静かにしているため、聞けそうにない。
うまく知識を取り出せるようになればいいんですけどね。
まあ、それはおいおい、ということで。
「まずは本を探すかな」
俺がここに来た目的はそれだし。
今回は、前と違ってなんとなく本を手に取る……ということではない。
ちゃんと意思を持って――欲しい知識の対象があって、ここにきている。
キーワードは夢、そして魔法使いだ。
……つまりはまあ、あの夢についてを調べに来ているだけなんですけどね。
でも、気になるじゃない?それに、魔法使いとなれば、俺にとってきっと有益になるはずだし。
ということで本音と建前が混ざっていてどちらか分からなくなってしまっている現状ですが、とりあえず調べに来ましたよ、ということである。
さてさて。そういうことで、探し始めますかね。
人のほとんどいない図書館の中を、足音を忍ばせて歩く。この図書館、結構足音が響くのだ。
なんとなく、人が全然いない大広間を一人で歩くときとか、足音立てないように……とかやりません?
やりませんかそうですか。
……とりあえず二階に向かって、この前本を取り出したあたりに移動する。
「それにしても、本当に人が居ないなー」
小鳥が仲良く囀っている時間だし、当然か。
俺はすっかりこの学院の病室で寝泊まりしてしまっているけれど、本当はここは学校である。
寝泊まりする場所じゃないのだ。つまり、学生のみなさんはまだ登校前。
人が居ないわけである。
……それでも、ほとんど、というのには理由がある。
「……すごい美人さんだ」
二階の手すりから、一階を見下ろす。
この図書館。一階から入ってきたときに、まず中央にある大きな円状のカウンターが目に入るのだが……。
そのカウンターの中で座っている少女が、これまたとんでもない美人さんなのだ。
今この図書館の中にいるのは、俺とカウンターの少女のみである。
つまるところ、ほとんどという言葉は少女一人を指している。
彼女が、おそらくこの図書館の司書さんなんだろうね。
確か名前は……
「フェネルさん、だったっけ」
今も本に目を落としているさまは、まさに本の虫、といった感じ。
本の虫の使い方がこれで正しいのかは知らないけどね。というか詳しい意味知らないけどね。
本の虫いこーる紙魚虫ということでつまりは本を食べちゃうくらい好きということ……?
うむ、よくわかんない!……まあ、今度詳しい意味は調べときましょう。
それこそこの図書館で調べればいいだろうしな。
「うーん。すごい集中力だよねぇ」
さっき扉を入って、カウンター前を横切っても全く気がつかないくらいに本に見入っていたし。
相当好きなのだろう。
本というものが、ね。
「まーいいことだけど。本を読めば勉強できるようになるらしいし」
―――俺は勉強苦手だったけど。
まあ、系統学はすべての人間に当てはまるわけじゃない、ということだ。
仕方ないね、人間は千差万別なのだから。
……さて。それにしても目的の本が見つからない。
魔法使いと夢に関して、っていうとあまりにもざっくばらんすぎる、というのがあるのだ。
大雑把過ぎて絞り込めない、というわけですね、はい。
本がたくさんありすぎるというのも、こういう場合は少し厄介だねぇ……。
困った困った。
「おとなしく、本に詳しい人に聞きますかー」
最初からそうすればいいじゃないか、という話だけど。
……でもなあ。あれだけ集中した様子で本のセカイに入っている娘に、完全な私用で声をかける、というのもなかなかやりづらいものだ。
本に集中しているときに横から口出されると、ちょっと嫌な気分になりません?
必要な話とかなら問題ないけど、すごくどうでもいい話を長々されると困るよね。自分は本読みたいんだけど……という心持ちになるのです。
んま、何事も集中しているときにみだらに声をかけてはならないということだな。
そんな感じで声をかけるのを遠慮していたのだが……まったく本の場所に見当がつかないとなると、頼らざるを得ない。
失礼を承知で、ちょっと話を聞こう。
階段を下り、一階へ降りる。
ところで、この図書館の階段は基本中に浮いている。
手すりも付随して、一緒にだ。
本棚や、それを取り出すためのキャットウォークがあるために、階段を壁に隣接させることができないからなのだろうが……下がスケスケな上に、見た目では固定されているように見えないため、すごく怖い。
落ちない筈ではあるけど、慎重に階段を下るのが、ちょっとした癖になってしまっていた。
……あ、どうでもいいですね、はい。
ということで少し時間をかけて一階に到着。さあ、話を聞こう。