妹騎士の秘密、まだ触れるには早く
「私は魔法使いではありません。それどころか、魔法も魔術も、まともに扱うことはできません」
「うん」
こういう時、俺には何を言ったらいいのか、わからない。
―――だから、ミーアちゃんのお腹にとりあえず顔を押し付けてみた。
まあさっきから埋まっているんですけどね。もっと強く押し付けたということだよ。
どこか侍女的な特徴を持つ騎士服が、くしゃりと俺の顔を包む。
結構ゴワゴワしている。まあ、当然か、騎士の服だもんね。
「あ、あの……」
硝子の如き、あまりにも割れやすい物に触れようとするかのように……ミーアちゃんの手が何度か震え、宙を彷徨った後に、俺の頭へと落ち着いた。
「セクハラです」
「こふっ……!?」
いきなり氷の刃のような、鋭い発言が飛んできた。
ベッドから身体の半分がずり落ちそうになるところを、なんとか持ち直す。
……今は俺も女だもん!少なくとも体だけは女だもん!
若干変態っぽいかなとは自分でも思っていたけれど!うんこれ俺が悪いよねごめんなさい!
「でも、今はいいです。……人のぬくもりに触れられる、というものは久々ですので」
「……?シルラーズさんはしょっちゅう殴っている気がするけど」
「私は防御力が高いから問題ないのだ」
「もっと殴ってもいいということですか?」
「ふ……いらぬ墓穴を掘ったな」
いやキメ顔しても意味ないですよそれ……。
無駄にイケメン美人さんだから確かに見た目は映えるけども。
言ってることが残念でした、はい。
「お腹柔らかいよ?」
「――まあ、硬いといわれるよりはいいですけどね……。女性に向かってお腹の柔らかさを言葉に出してはいけませんよ、マツリさん」
「あ……うん。ごめん」
確かに、無神経極まりないですよね。
……こう、女性の距離感というのには縁遠い人生だったので……。
ごめんなさい。
「ところでマツリさんの髪はふわふわしてていいですね撫で心地抜群です顔うずめていいですか?」
「ミーアちゃん?」
「しかもいい香りしますねハーブのような感じですね顔うずめていいですか?」
「ミ、ミーアちゃん?」
「………………」
「ミーアちゃん?!」
あらやだ目が怖い。
……ま、冗談はさておき。
え、冗談だよね、これ?目が冗談じゃない気がするけど冗談だよね?
「私はただの騎士です。そして、マツリさんのお友達です。……それは、変わりませんし、代えられません」
「はい」
「魔力。それは、確かに私は持っています。ですが、私はそれを扱うことができない。ですが、知識はあります。教えることは、できます」
頭に乗った手が、さわさわと俺の頭を撫でる。
「知識がなければ、自らに食い殺される―――そんな恐ろしさを、私も知っていますから」
「ミーア。今日はもう遅い、帰りなさい」
「―――。そうですね」
手が頭から退かれる。
……少しだけ、名残惜しそうだったのは気のせいじゃないと思う。
「はい、私はもう帰ります。あまり遅いと、今日宿直をしている姉さんに叱られます。……ご飯をねだられる、というのが正しいですが」
「あれ家事スキル……」
「姉さんにそんなものはありません」
「辛辣ぅ……」
ミールちゃん……。
まあ、性格通りと言いますか、そんな感じではありますが。
ギャップ萌えというやつにはならなかったみたいですね。
でも、割と教えたらいい線行きそうだよね。個人的に料理は俺もよくするので、教えるのもいいかもしれない。
まあ、趣味の範疇だけど。プロと比べられても困るよ?
手荷物――とはいっても、手提げかばん一つだけだけど、それを持って扉の前に立つ。
「では、また」
「うん。またね」
互いに手を振り……別れの言葉を交わす。
うん、これでいいのだ。
ミーアちゃんにもいろいろある、というのはなんとなく分かっている。
でも、それを今すぐに話してほしいだなんて思わない。
だから、強制したりすることもしない。
なにか、ふとした拍子に打ち明けてくれたら、それでいいのだ。
―――だって、それが友達ってやつじゃないかな?
木製の扉の閉まる音が聞こえた。
「さて。マツリ君もそろそろ寝なさい。明後日か、その次の日あたりには―――家を、取りに行かねばならないからね」
「家、ですか」
シルラーズさんから俺への依頼……というか、試験か。
その報酬が、俺の住むことができる土地と、家のセットらしいけど、そのためには魔法を学んで何かしなければいけないらしい。
……荒っぽいことにならなければいいんだけどねぇ。
俺は喧嘩とかとは無縁な人生を送っていましたので、そういうのは苦手なのですよ。
その割にはいろんなことに首突っ込むよな、とは友達からよく言われていたけど、俺的にはそんな行動はしていないつもりなんだぜ?
あ、どうでもいいですね、これ。
「ああ、家だ。何をするにも拠点となる家は必要だろう。……魔法使いならば、そして君ならば、特に様々なものにも狙われる。多少謂れのある土地に居を構えた方が何かとやりやすい筈だ」
「あー。そういえば俺の身体――」
千夜の魔女と、同化しているからこその、この女の身体なのだった。
呪いとしては極上らしい。もちろんうれしくないですよ?
呪われてうれしいと思う人間なんて数少ないと思うんだ。いないわけでもないと思うけれどね。
セカイって広いから。何せ異世界まで含めれば無限に人が居るのですからね。
どんな人が居てもおかしくないのだ。
「そうだ。……千夜の魔女というのは、このセカイにとって何かといえば登場してくる存在なのでな。厄介なしがらみも多い。君がその因果に囚われるのは必然だろうし……ならば、土地くらいはいいものを得ないとな」
「俺がこのセカイに来てから得た物の中で、一番いいものは”みんな”ですけどね」
「そういう口説き文句は私ではなく、ミーアやミールに言ってやれ」
「はーい」
口説き文句ではなく、本気なんだけどね。
……この身体でもなく、この知識でもなく、この魔法の才能とやらでもなく―――このセカイで俺が今生きているのは、双子やシルラーズさん。おっさんやあの少年たちなど、様々な縁あってのことだ。
きっとだけど。その縁を結べなかったのならば、俺はこのセカイで何をするでもなくただ野垂れ死にしていたのだろう。
なにせ俺は特別じゃないし、特殊でもないし、選ばれたものでもない、ただの一般人だからね。
机を脚の方に押しやり、寝っ転がる。
枕のもふもふ感に表情筋を緩ませつつ、毛布を手繰り寄せ、顔の半分まで引き上げる。
「……おやすみなさーい」
「ああ。灯は消しておく、しっかり休みなさい」
「いえっさ~」
―――お休みなさいです、先生。
魔術的なもので動いているのであろう、魔力感じるランプ。
それにシルラーズさんの手が覆い被さり、灯が消えた。
それを見ながら、心の中でそっと、そう呟いた。
だって、シルラーズさんってすごく先生なんだもの。ぶっきらぼうで丁寧そうに見えてがさつだけど。
だから、俺の中ではシルラーズさんは、先生なのだ。
確実にどうでもいいそんなことを想いながら、俺はすぐさま眠りについたのだった。