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宝石の記憶



「『………ふん』」


そっぽを向いた後、ヴィーヴィルの女性が岩に凭れ掛かって眼を閉じる。

そして、ゆっくりと遠い日の思い出を語り始めた。


「『ヴィーヴィルには、命そのものである宝石が存在する。人が手に入れれば巨万の富を約束する、膨大な魔力が籠められたものだ』」


ヴィーヴィルの宝石は、それこそラインの黄金にも匹敵するほどの黄金とのつながりを生み出すものだ。

だからこそヴィーヴィルという龍種は群れで暮らし、外敵から身を守っている。いつだって、龍というものは黄金の番人ではあるものだが、とりわけヴィーヴィルは彼女たち自身が宝物そのものなのである。

この世界には魔術師という存在もいる。触媒にもなるヴィーヴィルの宝石を狙う輩は、存外に多いのだ。


「『私は生まれたての頃に、その命たる宝石を喪った』」

「ほう」


水蓮の視線がヴィーヴィルの透明な宝石へと向く。


「喪ったって、どうして?」

「『私たちには水浴びの際、宝石を濡らさぬように外すという習性がある。この習性は、余程の事がない限りは変えられないものだ』」

「それは例えば………命を失いかける、とか?」


素馨の言葉を鼻で笑い飛ばしたヴィーヴィルが、それを否定する。


「『その程度では何一つとして影響する物か。天使が門を閉ざし、星が回り、魔神が贄を求めるようなものだ。命程度では、変わらない』」

「うん。補足しておくと、要は彼女たちのその習性というやつは、法則と言い換えてもいいんだ。魔法に手順が必要なように、或いは怪物に弱点があるように、基本的にそれを変えることは難しい」


ヴィーヴィルの女性の言葉に知識を付けたして、素馨に教える。

習性とは即ち、彼女たちの在り方の問題だからね。魔術師が知識を求め、自身の術を磨くのが止められないのと同じこと。

けれど、ね。そっと素馨の目の前で、近くの岩場を指さした。静かに頷いた素馨がヴィーヴィルに問いかける。


「………ねえヴィーヴィル。今の貴女には、その宝石が見当たらないけど」

「『私はその習性から抜け出した側の存在という事だ。それもまた、群れから嫌われた理由の一つなのだろう』」

「ん。まあ、違う(・・)っていうのは確かに、居心地は悪くなるよね」

「『………お前もそう言う口か』」

「まあね。それで、習性から抜け出した事と、貴女が宝石を喪ったことは繋がりある訳だよね?」

「『ああ』」


軽く頷いたヴィーヴィルの女性が自らの瞳に指を当てた。

コツンと硬質な音が響いて、その瞳が純然たる生物のそれではなく、ヴィーヴィルの魔力によって命と同じ形質を得た鉱物であることがはっきりと理解できる。

そしてそのまま、己の眼孔からその鉱石の瞳が引き抜かれた。


「『果たして、これは人の世では何という宝石なのか、私にはわかりもしない。だが、この鉱物が―――この宝石が、石を盗まれ、死を待つだけだった私をこの世に繋ぎとめたのだ』」

「………宝石なんだよね?それ、まるで生きているみたいだけど」

「ヴィーヴィルの宝石とはそういうものだ。あれらの命そのもの、即ち龍種における心臓なのだからな。だが、私の知るヴィーヴィルに宝石は一つしかなく、片方の瞳は普通の龍の物である筈だが」

「『種によるな。私の一族は片目が宝石だが、他の棲家にて暮らす同胞は瞳は龍のそれで、額に宝石を付けるものもいる。その龍にとってあるべき場所にあることが重要なのであり、見かけ上の付いている場所そのものは関係などない』」

「そうなんだ………身体の外に生み出された心臓、かぁ」


シルラーズさんがそうであるように、龍の心臓を貫いた存在はドラゴンスレイヤーと呼ばれ、強い力を得るという。

旧き龍にせよ、新しき龍にせよ生物の頂点に立つ存在を人間が狩り取るという事は英雄の領域のものであり、逆に言えばそれだけ龍を狩ることは難しい。

ヴィーヴィルとて、正面から戦えば並の術師では相手にならない。特に、己の心臓そのものを触媒として常に保持しているようなヴィーヴィルは自在に魔法を操るため、魔術師にとっては天敵である。

魔術師の放つ魔法は全て掻き消され、それを上回る魔法を浴びせられるのだから。

そういったヴィーヴィルからどのようにして心臓たる宝石を奪い取るかと言えば………まあ、習性を利用して盗み取るしかない、という事だ。


「その宝石を盗んだのは、誰なの?」

「『分からない。石を盗まれ、気が付いて攻撃しようとした瞬間に、私は残った眼を潰され、拘束された。魔術師だったのだろうとは思うが』」

「碌なことをしないな、魔術師は」

「善いも悪いも、人だから色々といるんだよ。ひとくくりには出来ないかなぁ」


とはいえ、水蓮も魔術師に被害を被った側だから愚痴が出るのも分かるけれどね。

悲しいけれど、世界には不幸が満ちている。悪意と善意が入り混じり、混沌を呈するのがこの世の常というものだ。それこそが人が人たる所以であり、人生という物語が生まれる訳だけれど。


「『残った肉の目を潰されたのは、追ってくるのを防ぐためだったのだろうな。宝石がなくとも私たちは龍だ。略奪者を探すことは出来る』」

「………そこまでして人のモノが欲しいの?」

「魔術師の大多数は、己の事しか考えていない傲慢な生物だ。そもそも、人間など全てそんなものだ」

「『魔術師に対しては同感だ。だが、存外に人間には善いものもいるものだぞ』」


そこで初めて、ヴィーヴィルが柔らかく微笑む。

懐かしむように瞳から引き抜いた宝石を撫でると、ゆっくりと空を見上げる。


「『あいつが、くれたのだ。死に引きずり込まれる間際の私に、二つ目の命を』」


―――目を潰された麗しい龍の姿が浮かぶ。

宝石は魔力を蓄える。そしてそれそのものが魔力と力を持ち、想いすら記憶する。ましてや彼女の瞳となったその宝石は、大地において最も深くから存在している宝石の一つだ。

特別な記憶を、誰よりも鮮明に閉じ込めているからこそ、幻視するほどに、その想いは濃く刻まれている。


足音、息遣い。

死への恐怖、生への諦観。恨み憎しみ、悲しみに慟哭、後悔。

龍の姿である下半身が蠢き、目の前にあるであろう生命に対して、牙を剥く。

死に向かうだけの彼女の力では、とても本来の力は発揮できず。その命を殺すことは出来なかった。ただ、強い衝撃を与えただけだった。


………呻く声が聞こえる。ヴィーヴィルが殺しきれなかったことを悟る。


ヴィーヴィルは龍の価値を知っている。龍の死体が人間とって利用する価値があることを知っている。時には魂をすら隷属させることがあると知っている。

己の命と尊厳はここまでであると、消えかけの意識で理解した時に。

その瞳に、灯りが戻った。


「『………何故』」


片方に灯りが戻って、そう問いかけた時にもう片方の瞳にも光が宿る。

両の目を開いた時、ぼやけた視界の中に血塗れで静かに笑う、青年の姿があった。


「宝石が、貴女を選んだ。貴方に宿りたいと、輝いた。そこあるのが最も美しいと。そして私も、そう思ったのです」


身動ぎをする。命たる宝石を取り戻したヴィーヴィルに、再び生命の息吹の祝福が与えられる。

視界が戻り、聴覚が戻り、嗅覚が戻り、そして目の前の人間の青年が、ヴィーヴィルの宝石を奪ったものでは無いと理解する。

ただ、どこまでも宝石が好きなだけの善良な人間であると、識った。

ヴィーヴィルに浮かんだのは感謝と、そして悔恨の念―――そして彼女自身が未だ理解していない、他種族である人を愛するという、小さな蕾のような恋心。


「良かった。生きて、そしてその宝石の瞳をどうか、長く美しく、大切にしてください」


深い森の奥にひっそりと在る泉。

正しく宝石の声に耳を傾け訪れたとしか考えられない青年の行動。

彼に命を救われて、彼の匂いが混じった宝石を二つ、その瞳に宿して彼女は眠りにつく。奪われた宝石の代わりとなったその瞳を、己の色に染めるために。

それが、彼女の両の眼に刻まれた、それこそ宝石のような記憶だった。


「『それから暫くの時が立って、私は群れに戻り、しかし群れから離れ、こうして生きている。とても、この瞳の代わりにはならないが―――あいつの愛する、宝石を送り続けている』」


自然界に、宝石をカッティングするという行為は存在しない。ヴィーヴィルが持つ宝石は美しく磨かれたものだが、それは特別な物であり、普遍的に存在する宝石とは即ち原石である。

だから、ヴィーヴィルはテレンティウスさんに彼女にとっての宝石を送り続けたのだ。その一つ一つに小さな、けれど強い想いを込めて。

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― 新着の感想 ―
[一言] 素晴らしい縁でありますなぁ
[一言] あぁ、宝石が繋げた恋だ!子を成した伝承もあるけれど、彼女は何処に着地するのかしら!楽しみすぎる
[一言] 命の、それも尊厳そのものを救ってもらったのかぁ…… しかし、本来のものではない宝石でどの程度命は繋げるんでしょう。 同胞からも離れて、想い人に正体も明かさず、彼女はそれでもいいのかもしれませ…
感想一覧
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