魔力の探知
「……ごくり」
「ミーアちゃん?」
「い、いえ!なんでもありません」
いま、ミーアちゃんがつばを飲み込んだ気がしたけど、気のせいかな。
……とりあえずシルラーズさんに対して胸元を差し出す。
なんだろう、凄く不思議な感覚だった。
「では失礼して。……む、君は随分と体温が低いのだな」
シルラーズさんの細い指先が、俺の胸の中に埋もれる。
そのあとにそのようなことを言われたけれど、俺自身は寒いような感覚は覚えていない。
前から冷え性なわけではなかったし――ああ、でも確かに、シルラーズさん指が結構あったかく感じるのは、俺の体温が低いということなのだろうか。
「そうですか?特に何も感じないんですけど」
「……ふむ。まあそれはいいか。さて、では今から魔力を送る。魔術師の魔力量というものは少ないため、君にとっては微弱にしか感じないだろうが―――うまくやってくれ」
―――指の触れている胸から、熱がこぼれ出た。
「…………?!」
身体の回路にスイッチが入ったかのような感覚。
内部を何かが循環しているような感覚。
……ふわりと、木炭のはぜるような香りがした。
「――こほっ!けふっ!けふっ!」
「ま、マツリさん!?学院長、何をしたんですか!」
「問題はない。初めての魔力感知をうけて、身体が少し痺れただけだろう」
「大問題です!」
―――世界には、こんなにも匂いが溢れていただろうか?
俺は鼻の利く方ではあるけれど、これほどまでに一気に、まるで鼻に押し込まれるかのように注ぎこまれることはなかった。
頭がぐるぐるする、身体が熱を発して、凄く熱い……。
「……はあ、少し落ち着いてきた」
こほりこほり……咽ること数分。
ようやく、強烈な香りも消え失せ、身体も自由に動かせるようになってきた。
何だったんだ、今の……。
とにかく強烈―――そうとしか表現できないくらいの物だった。語彙力無くてごめんね。
顔を上げると、わき腹を抑えたシルラーズさんが居た。……あれ?
「ど、どうしたんですか?」
「いや、なに。双子は妹の方が存外暴力的なのだな、ということを今さらながら、初めて知ったところでね……」
「……?」
「気にするな。さて、マツリ君。これを見てもらってもいいかな?」
軽くさすっているわき腹から手を放すと、白衣のポケットから宝石によって装飾がなされた手袋を取り出した。
それを右手に嵌めて、俺に向けて差し出した。
はて?何だろう、と思い、眺めていると―――。
「今、この魔導具に魔力を籠めている。分かるかね」
ふわり―――また、木炭のはぜる、淡い香りがした。
その後、圧力のようなものを感じる……あ、これ魔力か。
言語化が難しいが、なんだろう……感覚としては熱量や電気のようなものが近くにある感じだ。
……まあ、魔”力”というくらいなんだから、似たような感じ方になりますよね。
人間が感じられる感触なんて、たかが知れているわけだし。
「くんくん……うん、やっぱりこの手袋から木炭の香りがします」
「香りですか?」
「そう。木炭の中に突っ込んだりしましたか、シルラーズさん?」
「そんなわけあるか。一級とは言わんが、それなりに手間と金が掛かっている魔術礼装だ」
宝石ついてますもんね……。
カーバンクルか、ルビーか……どちらかはわからないけれど、とにかく高級そうな宝石がついているのです。
俺は元来では、宝石に対する知識なんてほとんどないので、細かい種類は分からないのだ……ごめんね。
知識を引き出せればこういったことも分かるかもしれないけど、俺の頭以外から来る知識に、宝石なんかに関する知識があるのかも不明です。
分からないって不便だね。まあ、不便に決まっているよねそりゃそうだよね。
「君がこの手袋から木炭の香りを見つけたのは、君が魔力を感知する際に嗅覚をベースにしているから、だろうな。私たち魔術師や魔法使いは、最も鋭敏だったり思い入れのある五感をベースとして魔力を感知することが多いのだ」
「確かに、昔から俺鼻はいいですよ?」
匂いフェチを自称できるくらいには。
―――変態じゃないからね!だってなんか嗅ぎ分けられるんだもの!生まれつきなんだもの!
ちゃんと自制しているから、変態じゃない変態じゃない……。
「なるほど、だからだろうな。マツリ君にとって最も鋭敏で頼りとしているのが嗅覚のため、魔力も嗅覚を媒体としているのだろう」
「嗅覚ベースってことは、風邪とかで鼻詰まったら魔力追えなくなりそうですねぇ……」
なんだろう、途端に魔力感知が人間味を帯びてきた。
俺のつぶやきに、シルラーズさんはいやいや、と手を振ると、
「我々にとって魔力感知とは、魔力を五感に錯覚しているだけだ。実際に五感を用いて魔力を感じているわけじゃない」
「…………う?」
「ふむ。……鼻がつまったとしても、別に魔力を実際に鼻で感知しているわけじゃないため、普通に魔力は感じられるということだ」
「えーつまり?身体か脳か、はたまたどっちもか別のところかが、魔力を一番なれた感覚と重ね合わせて感じているってことですか」
「ほう、理解がいいな。そういうわけだ」
その理屈だと、目を頼りとして魔力を感知する人は、視力が失われても魔力だけは見れる……ということになるよなー。
なるほど、実際は五感じゃなくて、五感によく似た第六感で感じているわけだ。
で、その第六感は、一番身になじみのある五感に似た特性を持っている、と。
……においに敏感な俺は、そのため魔力を香りをとして感じたということですね。
「ま、それはそれでありがたいか」
確かに、なれた感覚ならば使い慣れない感覚器でも多少は扱いやすいだろう。
「ちなみにだが、ほとんどの魔術師や魔法使いは、魔力を触覚としてとらえる。次に多いのが視覚としてとらえるものだ。嗅覚でとらえるものはほとんどいない」
「……変な人って暗に言いたいんですか……やめてくださいよっ」
誰が変な人ですか。
貴重なタイプと言ってください。
「……嗅覚がほとんどいないっていうなら、聴覚とか味覚も少ないんじゃないですか?」
「ああ、聴覚は確かに少ない。だがまあ、味覚で感じるものは地味に多いぞ。なにせ、食事は一日の中で基本的に必ずするだろう?」
「あ、確かに」
味は常に感じているんだから、使用頻度も高いわけだ。
なら、それを基準とした感覚になってもおかしくないのは道理である。
……味で魔力を感じるって、どんな感覚なんだろうか。
おいしいのかな?少し興味がわいてきました。
「尤も……そう言った感覚器での魔力探知は、深いところまで調べようと思った時に発揮されるものだ。基本的には圧のようなもので感じる。……さて、今日の勉強はここまでとするか。明日からはきちんと魔法の扱い方も教えるぞ」
「はーい」
―――すごく、楽しみです。
ああ、学校の勉強なんかではこんなにわくわくする感覚なんてほとんど得られなかったのに、魔法の勉強という言葉だけで随分と心が躍る。
やはり興味というのは大事ですよねー。
人間の好奇心というものは本当に強い。
あ、俺半分人間じゃ……まあいいかこれは。
「――あれ?」
くんくんと。
鼻腔を突く、独特な香りが、薄らとではあるが香っていた。
……これは。
パチリ、と頭の中に知識が溢れる……これは、鈴蘭の香り……?
残念なのか、それとも当たり前なのか……俺は鈴蘭の花の匂いを嗅いだことがないから、知識が出てきてくれて助かった。
……やや、殺虫剤にも似た、特殊な臭い。
「え、あの、マツリさん?」
ミーアちゃんのお腹辺りに顔が埋もれる。
この香りはミーアちゃんから漂っているのだ。
当然、現実のミーアちゃんは鈴蘭の香りなど発してはいない。あ、女の子特有のいい香りはしますけどね。
シャンプーとか……そちらは、ハーブ系のお花の匂いです。ちなみにカモミールっぽい。あれはリンゴの花に似た香りがするのですよ。
……さて、そんなことはさておき。鈴蘭の香りを持つのは、その身に備わっている魔力の方だ。
「魔力を感じる……もしかしてミーアちゃんって、魔法使いなの?」
「―――いいえ」
感覚的にではあるが―――この香りは、魔術師というよりは、魔法使いに近い気がする。
……なんといえばいいか。そう、森林の香り―――プーカたち、あちらさんと似た匂いなのだ。
もしかして、今のところお目にかかっていない、魔法使いの仲間なのでは?
という期待に満ちた俺の視線は、ミーアちゃんの少しだけ悲しみの籠もった表情によって、解けて消える。
間違くなくこれは……地雷踏んだかな。