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残響を追う



「まず、妖精たちは基本的に、ただの鍵や壁は障害物になりません。このお店には、彼らの音が染みついています。………あ、いえ」


一つ訂正をした素馨は、言葉を続ける。


「私が捉えた音は一つでしたので、えっと恐らくですけど、この宝石をテレンティウスさんの元に届けているのは、一人の妖精であると推測できます」

「一人の?」

「残響からして、名もなき妖精という訳ではなさそうですけど………一人なのは間違いないですね」


うん、その推測は正しい。俺も感じた魔力の痕跡は、一人の物であった。

あちらさんにとっては、魔術師や魔法使いが封じたものでもない限り、解錠なんて簡単に行える。秘術は人間より余程彼らの方が得意なのだから。

なにせこの世界に魔力を満たしている当人たちなのだ。彼らの魔法は思うがまま。水蓮の魔法がそうであるように、プーカが自在に己の姿を変えるように。


「ふぅむ。私はとんと、妖精という存在と関わりは無いのですが。一切接触がなくとも、親交というのは生まれるものなのですか?」

「さて。そういう場合もありますよ。それで、素馨?」

「あ、はい。えと、流石に残響を聞いただけでは、とても何が目的なのかは分かりません………彼らには、その。悪意を持つ存在というのも、いますから」


ミーアちゃんがかつて出会ったように、人に対し害を及ぼすあちらさんも一定数存在する。

全てのあちらさんが人間という存在に対し、味方であり続けるわけではないのだ。そもそも、人間とあちらさんは線引きされているからこそ、互いに良い関係で在り続けているだけであり、ルールを破ればどちらもその存在を容赦しないのである。

俺がいた世界と違って、この世界では依然として神秘の力は強い。ルールを破った結末は、神隠し程度では済まないだろうね。


「なので、残響を追いかけてみないと。こんなことをしている当人に、聞いてみないと分かりません」

「はは、魔法使いであれば、聞くことも出来るのですね。私のような一般人には不可能な事です。では、是非聞いていただきたい。このような、摩訶不思議で―――そして、美しいサプライズを重ねるのか」


原石を残して行く行為を美しいと表現するテレンティウスさんの心も、中々に美しいと思うけれどね。


「俺達はこの原石の持ち主を探しますけど、テレンティウスさんはどうしますか?」

「ついて行きたい気持ちは山々ですが―――どうにも、歳をとるというのは困りものですね。昔ほどの健脚はないようです」

「あはは、テレンティウスさんはかなり健康な方だと思いますよ。じゃあ、何か分かったらまた訪れます」


胸元から一枚、葉っぱを取り出すと原石が届けられていたという机の上に置く。


「問題があれば、この葉っぱに言付けて、空へと投げてください」

「わかりました。どうぞ、お気を付けてくださいませ」


帽子のつばを下げながらお店を出る。素馨も一礼すると、獣角を動かしながら俺に続いた。

空から降り注ぐ日差しに目を細めつつ、素馨が深呼吸をする。


「それで、どうする?」

「追いかけます」

「うん、了解。俺はついて行くよ」


杖を手に歩き出す素馨が数歩進んで、そして振り返った。

ちょっとだけ不服そうな表情に首をかしげて応じる。


「あら、どしたの?」

「先生は、どれくらいまで分かっているんですか?今回の依頼」

「ん~?素馨と同じくらいだと思うよ」

「嘘です。本当に分かっていないなら、これから訪れる未知を私に先に行かせるはずがありません。危険がないからこそ、先生は私に任せてくれるんです」


察しが良いね、流石優秀な魔法使いの卵だ。

そうとも。今回の依頼には危険は殆どない。結論からいれば、素馨ならば一人でも真実に辿り着くことは出来るだろう。身の危険という点に関して言えば、俺がいなくとも水蓮がいるからそこに関しても心配する必要はない。

だけど、不測の事態というのは往々にして起こりえる。そもそも、出来るからと言ってまだまだ未熟な弟子にすべてを任せきりにするというのは良くないだろう?

師ならば見守るのも大事なのだから。


「知らぬを解明し、既知に替え、それを生かして人を導く。それは魔法使いの役割であり、今回はその経験を積むにはとても適したものだからね。弟子が経験を積むチャンスを不意にしないように………ってことだよ」

「………同じ条件だった筈ですけど、なんで先生の方が色々と分かっているんでしょうか」

「それこそ経験だよ。俺だって、まあそれなりに依頼を受けて解決しているし、失敗だってしているからね。でも、一つヒントを出すとすれば」


どう言葉を重ねるべきか、一瞬だけ考える。素馨は頭がいい、あまり教えすぎては逆に彼女のためにならない。


「―――あちらさんは人に寄り添うものだ」


だからこそね。魔法使いだからと、彼らだけを見るべきではない。

魔法使いは魔力を感じ取れる。あちらさんと人間と、間に立てる。それは、同じように魔力を感知できつつも、あくまでも人の側に立つ魔術師との大きな違いの一つでもある。

全てではないにせよ、彼らの行動には人の想いや行動も関わってくる。それが不可思議で、どちらかに得があるものであれば尚更に。


「何を見て、何を思うのか。それだけだよ」


故にこそ経験なのだ。なにを得るべきかは、場数を熟さなければ分からない。


「良く分かりません」

「それを知るための授業だからね。さあ、行こうじゃないか」

「むー」


獣角を逆立たせる素馨の頭を撫でて宥めつつ、テレンティウスさんの宝石店を振り返る。

薄く、淡く微笑んだ。

宝石というものには想いが宿りやすい。人形がそうであるように、想いや欲を重ねやすい物質であるためだ。本来ならば、宝石店のような人の欲が纏わりつく場所には病院や学校のように、怪異の気配があっても良いものだというのに。


「なかったね、彼の宝石店には。良い空気には良いものが集まりやすい。そして、善い人も。人柄が災いを遠ざけ、幸福へと導いた」


善行を成せば善行が帰る、なんていうのはまやかしだ。それでも、それを知っていても尚良い存在であろうとしたものには、多少の報いが還ることもある。

偶々、道が重なっただけでも。当人にその意思がなくとも、繋がるものはあるのだ。今回はきっと、そんな話である。


「先生?」

「なんでもないよ」


兎角、出会いというのは不思議なものだ。俺と素馨のそれがそうであったように。

………匂いは街の外、妖精の森へと続いている。素馨が聴く残響もまた、そこへと通じているのだろう。

杖を手に歩き出す素馨の後ろ姿を眺めながら、その影を追いかけた。


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