カーヴィラの街の宝石店
一切カッティングの行われていない雑多な宝石。
それらは全て、毎日いつの間にか店の中に置かれているのだという。
「如何に小さな原石とはいえ、これらは全て本物の宝石です。きちんと磨けば多少の値はつくでしょう。にもかかわらず、私の店に送られてくる。私はそれが不思議でならないのです」
静かに、衝撃が伝わらないように宝石をトランクの中に戻したテレンティウスさんが、俺と素馨を見る。
「この依頼、受けていただけるでしょうか?」
「勿論です。素馨も………大丈夫?」
「は、はい」
素馨もはっきりと頷いた。不安そうな瞳の中に、少しばかりの好奇心。成程、彼女も徐々に魔法使いらしくなってきたね。
さて、では次は幾つか質問を重ねるとしよう。対話の中から得られるものは多いからね。当然ながらそれで得られるものだけで、全てが上手く行くわけではないけれど。
「一応確認を。宝石を置いていくような相手に、心当たりは?」
「全くありません。多くの方々に宝石を手に取っていただき、そして多くの方々から宝石を譲って頂きましたが、流石にこのような変わった方法での宝石譲渡をなさるような方とは縁がありませんな」
「ふぅむ」
素馨の方に視線を向ける。俺と視線が交わって、頷く。
次は素馨が質問を始めた。
「逆に、宝石以外で変わったことはありましたか?」
「特に思い当たる節はありませんなぁ。本当にこの宝石だけなのですよ」
「なるほど………ううん………」
「テレンティウスさんのお店は街のどのあたりに?」
「私の店ですか?カーヴィラの街の中心に近い場所にあります」
カーヴィラの街の中心部に近い場所となれば、カーミラ様の屋敷の近辺………領主の屋敷を始めとした街の富裕層が暮らす、俗に言う高級住宅街だ。
この街特有の利権を狙う輩も多く、それ故に衛兵さんや魔術師が普段から見張っているような場所なので、不審者が訪れることは難しい。というかそんな高級店がひしめき合う場所でお店を開いているあたり、テレンティウスさんは名の知れた宝石商なのかもしれない。
俺は当然ながら、この街の高級店には縁がないので、その辺りのお店に行ったことは一度もない。それどころか徒歩で付近を通ったこともない。
色々な意味で警備が厳重な中心部を俺が歩き回ると余計な面倒を引き起こすことになるし、その辺りのお店で散財できるほどの資金もないからね。まあそれはさておき。
とはいえ、だ。お店がその辺にあるという事は、
「少なくとも人間が起こしたものでは無い、という事でしょうか」
「うん。そうだろうね」
「妖精の起こした事件、なのでしょうか」
「断定はできないよ、今はまだね。俺達は名探偵ではなく、魔法使いだ。安楽椅子に座って会話だけで真実を解き明かすのは、役割が違う」
手にしていた原石をトランクの中に戻す。それを見て素馨も、テレンティウスさんのトランクの中に原石を戻した。
そして紅茶で唇を潤すと、テレンティウスさんの方を見てにっこりと微笑む。
「お店の方を見せていただいても?」
「勿論ですとも。何事も現場に出て物を見なければ分からないものですからね、最初からそのつもりでした」
紅茶をゆっくりと飲み干したテレンティウスさんが立ち上がる。素馨も急いで紅茶を飲もうとして、
「あちっ!?」
「ゆっくりでいいよ」
「はは、紅茶は熱いですからね。飲みなれていないと火傷をしてしまうでしょう」
「………はい」
紅茶をちろちろと飲み終えた素馨がこほんと咳ばらいをすると、それぞれが椅子から立ち上がる。
素馨の足元で影がぐにゃりと波打つのを確認すると、魔法使い帽子を被って玄関へと向かった。
「やはり神秘は足で以て調べないとね。言葉も大事だけれど、それだけではどうにも俺達には足りないから」
素馨の背中を押す。彼女も杖を手に取ると、頷いて玄関に向かった。
「テレンティウスさん、案内をお願いします」
「喜んで。エスコートさせていただきます」
トップハットを被り、磨かれた靴を履きこなすテレンティウスさんはやはり、高級店が似合う紳士といった姿である。
家に鍵をかけて、片眼鏡を撫でるテレンティウスさんを先頭にして歩き出す。そういえば街に出るのは久しぶりだ。
さてさて、弟子の成長と不思議の解決に期待を込めて。街へと繰り出すと致しましょう。
***
カーヴィラの街の中心部。雑踏というには人が少ないのは、ここが街の中心部であり、民から慕われるカーミラ様の屋敷が近いためだろう。
騒ぎを起こしたくない、という事。カーヴィラの街にスラムはないが、多くの民が通う市場に近い方ではそれなりに問題も起こる。高級住宅街に住むという事は、多くの金と引き換えにそのような問題から距離をとれるというメリットがある訳だ。
小さな問題とは言え、積み重なれば大事となるし、そもそもどうでもいい事に巻き込まれて命を落とすことだって、ざらにあるのがこの世界。それらから物理的にも精神的にも離れられるというのは、金を積むに値することなのだろう。
街の外れも外れに居を構える魔法使いとしては、そのどちらとも縁がないのだが。さて。
「ここが私の店となります。どうぞ、お入りください」
「お言葉に甘えて」
「お邪魔します」
テレンティウスさんが鍵を開け、宝石店の中へと入る。
古来から一言さんお断りである事が多い宝石店だ。簡単に壊されないように、通りに面した壁は厚く、鍵も重厚なものが使われている。普通の手段による解錠はまず無理だろう。
また、それらは窓にも同じことが言える。鍵の構造はメインのドアのそれに比べれば多少は簡素になるものの相変わらず頑丈なそれであり、また採光目的の窓のガラスは分厚く、取り外して侵入することは難しい。
人間が不法侵入してこのような珍事を引き起こしたと結論付けるのは、まあ色々と厳しいだろうね。
「………綺麗」
「そう言って頂けると、この子たちも喜びます。どうぞ、中へ。お茶をお淹れしましょう。宝石の語らいは紅茶と共に―――ああ、お腹が水分でいっぱいなら、お茶菓子だけでもどうぞ」
素馨は初めてみる大粒の宝石に目を輝かせている。素馨の杖の琥珀も一応は宝石に分類されるものだけれど、それはそれとして金剛石やら柘榴石やらを………それも滅多に目にかかる事の無いおおきさのそれ………実際に目にしたのはこれが最初だ。
宝石の輝きというのは、どうにも人を引き付ける。人間も魔法使いも妖人もそこは変わらない、ということだろう。いや、まあ。ひきつけられるのは人だけではないのだけれど。
「お茶を頂くのは、調べてからで。素馨、宝石を見るのもいいけど、お仕事はしないとね」
「あ、そうでした。えっとまずは………」
「毎日、原石が置かれているのはこちらの机の上です」
テレンティウスさんに案内され、痕跡を辿ろうと素馨が獣角を動かした。
ぴくりと動くそれが、周囲をぐるりと探る。それを見ていたテレンティウスさんが、顎に手を当てながら疑問を浮かべた。
「素馨様は普通の獣人とは少し違うようですな。ああ、決して偏見等ではなく。純粋な疑問なのですが」
「私は神凪の国から来たので」
「………ほう?遠い国の異邦人でしたか。なるほどなるほど」
素馨の黒い髪は多くの人種や種族の人々が訪れるカーヴィラの街であっても、多少は浮く。数が絶対的に少ないからね。
獣人という種に、黒髪が少ないのもその理由の一つだ。
「この宝石店はテレンティウスさんだけで?」
「ええ。昔はもう少しいたのですが、私もそろそろ歳ですからな。数年前からは、一人でひっそりと店を開いています。有難いことに、昔からの馴染みのお客様は今も私の店で宝石を買い求めてくれるので、何とかやっていけているのですよ」
「宝石はどこで買い付けを?」
「以前は私が自ら足を運び、買い付けていましたが………今はもう、ここにあるもの限りです。これらがもしも全て売れてしまえば、この店も畳むことになるでしょうな」
「後継者はいらっしゃらないのですか?」
「はは、確かに弟子を取ったこともありましたが、今は別の街に」
「なるほど」
宝石が収められたショーケースを撫でる、節くれだった手はまるで懐古するように。
本当に、宝石が好きなのだろう。淡く微笑むと、獣角を動かして魔力を探っていた素馨がこちらを振り向く。
「えっと、一応………見つけました?」
「おや」
「まあ」
では、素馨の見つけたものを聞くとしましょう。