弟子と共に、みんなで
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やや軋んだような音を発する馬車の車輪が止まる。その馬車の小窓に取り付けられた日よけの布を手で退けて外を見れば、そこには懐かしさすら覚える街並みが広がっていた。
「着いたよ。ここがカーヴィラの街。俺たちが暮らす場所だ」
「………アルタにも負けないくらい、大きな街ですね」
俺の膝を跨ぐように上半身を窓に近づけた素馨がそう感想を零した。
確かにカーヴィラの街は大きい。こんな森の中だというのに、海に面した航海都市アルタにも負けない大きさを持っている。
基本的に森というものが侵しがたい強力な存在の跋扈する場所である以上、これ程までに森を切り開いて作られた都市というのはそうはない。
「仕事はここまで―――で良いんだよな?」
「ああ。ご苦労だった、良い仕事ぶりだったよ、フランダール会長」
「また機会があればいくらでも。金払いの良い依頼主は大歓迎だ。キール!戻るぞ!!」
「へいへい。………じゃあな、お姫さん」
色々あったけれど、まあ最終的にキール君とも仲良くなれた。やはり共に旅をするというのはなにかと発見があるものだ。
発見をしたという意味で言えば、俺やフランダール商会の面々だけではないのだけれど。
「遠いところへようこそ、レクラムちゃん………と、まあ。そんな風に言ったらいいかな?」
「私にとってはこの街そのものが宝の山だ。来た甲斐があったと返そう」
そりゃあ神秘を解き明かし、広く普及することが目的であるレクラムちゃんなら、最も人とあちらさんの在り方が混じり合ったこの街は目を輝かせるに値する物だろう。
苦笑すると、彼女の背後からシルラーズさんが現れて、肩に手を置く。
「レクラム君。君は私と共にアストラル学院に来てもらうぞ」
「もうか?少しばかり街を見聞したいものだが」
「残念ながら後回しだ。君の絨毯を始めとして先に処理しなければならない面倒ごとは多い」
「あー、俺が作った魔法の絨毯ですか」
「それが一番厄介なのでね。遺物に相当する魔法の品だ、取り扱いは慎重を期す必要がある。ついでに仕事も少しばかり覚えて貰おう。なに、慣れればサボりに出る時間も確保できるさ」
「お前は働け学院長」
ミールちゃんの突っ込みを受けつつ、シルラーズさんとレクラムちゃんが去っていく。ちなみに彼女が座っている車椅子はいつのまにかシルラーズさんが魔術をかけて、自動で進めるようになっていた。
ああいう小回りの良さでは魔法は魔術に適わないだろうなあ。
指先をくるりと回すと、俺自身に隠蔽の魔法を淡くかける。そして魔法使いの帽子を影の中に仕舞ったところで、声がかかった。
「お帰りなさい、マツリさん」
ゆっくりと振り向く。赤い髪が揺れて少しだけ緩まった表情が見えた。
「ただいま、ミーアちゃん」
俺も唇を弛ませる。
「帰ってきたよ、ちゃんとね」
「はい。信じてました」
「うん。―――あ、紹介するよ。俺の弟子の素馨だ。神凪の国からやってきた魔法使い見習い。きっと、良い魔法使いになる」
横に立つ素馨の背中を優しく押すと、ミーアちゃんを見上げていた素馨が小さく礼をした。
「素馨です。よろしくお願いします」
「神凪の国から連れてきたのですか?また、随分とお人好しな行為をしたのでは」
「んー、どうだろうねぇ?」
「誤魔化せませんよ。………素馨さん、マツリさんはそういう人ですから、何かあったら貴女が止めるんですよ?」
「え?あ、はい」
「ちょーい、俺が師匠で素馨が弟子だからね?むしろ無茶を止めるのは俺の側じゃない?」
「無茶をしないという方面に関してお前は信用できないからな。というかお前ら、さっさと帰るぞ、いつまでも駅で立ち話するな」
「はーい」
家に戻ったらプーカにも何かお礼をしないとね。なにせずっとお留守番をお願いしていたわけだから。
そうだ、戻ったらお茶を入れてお菓子を用意して、皆に振舞おう。だって、皆には色々と話すことがあるのだ。
旅について、道中で出会った呪いを纏った彼らについて、レクラムちゃんについて、航海を共にしたゼーヴォルフ海賊団について。
………神凪の国について、孤散様について。そして、俺の弟子になった素馨について。
旅は終わり、俺達は日常へと戻っていく。
再び喧噪に巻き込まれることになるだろうけれど、それまではこうして、ゆるりと日常を満喫することにしよう。
新たに加わった、弟子という存在と共に。
短め。次回から章が変わりますが、もしかしたら短編を挟むかもしれません。