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焔を纏う女神



***




闘争と言っても、すぐにこの場で始まるというものでもない。

寧ろ、戦や喧嘩とは違うのだ。己の譲れないものを賭ける以上は、相応の場所と準備が必要となる。

まあ俺達人外が混じっているものにとってはどちらも一瞬なんだけれど。


「どれ。城で戦うというのも一興ではあるがのう、ここが壊れても面倒じゃ。暴れられる場所に移ろうか」

「そうですね」

「好む場所はあるかの?」

「特にはないですよ、孤散様にお任せします」

「では海沿い―――女神と獣が出会った地。そこが良いじゃろうな」


そう言って、孤散様が手を叩く。ぐにゃりと空間が歪んで、その歪みは俺たちを飲み干した。

景色が暗転し、一瞬の後に俺たちは櫻渦城の天守から神凪の国の海沿い、黒岩と草木が蔓延る凪いだ海へと移動していた。

完全な移動。つまりはワープである。まあ、神凪の国の神性である孤散様ならば、この国の中であればどこへでも行けるというのは予測できるからね。今更驚きはしない。


「ここは出会いの地であり、終わりの地でもある。魔獣と女神はこの地で終わりを迎えた。故に、妾の坐す櫻渦城よりもこの土地の方が古く、力が強い」

「神凪の国の中で最も妖力で満ちた土地ということですか。神凪の国の………北西近くですか」


天を突く、とまでは言い過ぎかもしれないが、聳え立つ櫻渦城から大体の方角を推測した。

かなり遠くに櫻渦城が見えることから、ここはかなり離れた場所であるらしい。神凪の国には山もたくさんあるが、ここから城の楼閣を見通すことが出来るのは、この場所か特別である証。

偶々ではなく、城から見えるようにそもそもが作られているという事である。

鼻を動かせば、この地域には随分と人の気配がないことがわかる。人どころか、獣の気配すらない。魔物も怪異も、だ。

神域―――誰も立ち入るこの出来ない領域という訳だね。


「うむ。まあ、何かと暴れやすかろう。さて、勝敗の判別は態々言うまでも無かろうな。相手を屈服させるまで………手段も、問いはせんじゃろう?」


孤散様の足元に火花が散る。チリチリと音を立てながら、彼女が薄く微笑んだ。

手段は問わない、なんでもあり。魔法と妖術が飛び交うのであれば、当然そうなるだろう。帽子の鍔を掴んで位置を調整すると、その言葉に頷く。

そして静かに、杖を構えた。息を吐いて唇を動かす。


「では」

「参ろうかのう」


孤散様が、手を叩いた。それが、開戦の合図。

チリ、という音がして足元に焔が咲き誇る。その火の花は量を増し、一瞬で俺の足元にまで迫った。

相変わらず魔力の気配がない。本人が持つ膨大な妖力を基にして使用される妖術は、それこそシルラーズさんの魔術と比較しても遜色ない威力だろう。

範囲に関しては言わずもがな。魔術とどちらかと言えば魔法に近い妖術とでは、与える影響そのものには大きな差があるのだから。

手にした杖で地面を叩く。煙管(パイプ)の先を模した杖の先から煙霧が吐き出され、俺の周囲を覆った。


「どれ、まずは小手調べと行こうかの。古の魔を継ぐ者が、どれほどの力を持つのか。我らの祖たる千夜の魔女が、その血が。伝説に語られるに相応しい怪物であるのか。しかと、見せておくれ」


孤散様が右手を振るう。それに呼応するように、足元の火の花が膨れ上がり、膨大な熱気を放出した。

轟音―――閃光。しかして、霧が舞ったその奥に一切の焔は届いていない。


「妖術とは言いますが、術というにはあまりにも力技すぎますね。神性………その振るう力は天災そのものに等しい」


小難しい術式やら理論やら、彼女には必要ないのだ。力は彼女の掌の上にあり、ただその在り方を変えるだけでいい。

神とはそういうモノだ。神性が振るう力とは、そういうモノだ。故にこそ神は雷霆に例えられ、津波に例えられ、嵐に例えられ、地響きに例えられる。

孤散様は火焔そのもの。神凪の国を脅かす全てを焼き払う、焔を纏う神なのだ。


「無傷で耐えておいて良く言いおるのう。小手調べとはいえ、並の存在なら灰も残らぬぞ?そもそも、お主とて術式の詠唱などしておらんではないか」

「していますよ?俺は魔法使いですから」


ただまあ、魔法や魔術は呪文によってのみ形作られるものでは無い。

それこそ素馨に教えた術が、魔法陣を使ったものであったように。


「ふむ。魔法とはそういうモノか」

「ええ。そういうモノです」


杖をくるりと回す。軽く振るえば、空に大きく煙霧が舞った。


「『汝は癒すもの そして刃を研ぐもの 剣を磨くもの!!』」


女神イシスに捧げられ、魔法の刃の鋭さを増すためにも使われたというオニオン(・・・・)。つまりは玉ねぎ。

その力を借りた魔法を発動する。意外と、身近に存在する植物も薬草として使われたり、古くは捧げものとして使われていたのだ。

ジャックオーランタンの頭がカブだったりカボチャだったりするように、ね。


「『降り注げ』」


煙霧の中から鋭い武具の数々が現れる。それが俺の号令に従って、空から勢いよく振り注いだ。


「爆ぜよ」


孤散様が手を伸ばし、握りしめる。その動きに従って爆炎が生じ、俺が生み出した武具が炎に包まれた。

しかし、孤散様が顔を顰め、その場から勢い良く跳躍する。

その瞬間、その地面に武具が幾本も突き刺さり、煙霧へと溶けて消えた。


「意外と悪辣な手を使うのう、マツリ。炎を無力化するおまじない(・・・・・)付きとは。いやはや、妾が燃やせぬ存在には久方ぶりに出会った!」


あらら、バレてしまった。油断して受けてくれればそのまま拘束できたんだけど。ま、そう巧くはいかないだろう。そもそも単純な戦闘経験とかで言えば、俺よりも孤散様の方が遥かに多いのだから。


「どれ、熱を上げていこうか!!」


彼女の黄金の瞳に紅の熱が灯る。

チリチリと、髪や肌に炎が踊り始めた。


「裂炎大地を焦がし、虚空を滅す。此れ即ち劫却なり」


孤散様の手の上に生まれた火球が膨れ上がる。それを無造作にこちらに放り投げると、さらに三つ。空へと投げた。

離れていても分かる熱量だ。まともに受けることは無謀である。

魔法で移動能力を上げ、一歩踏み込むと大きく跳躍。着弾した火球は渦巻き破裂して、その場に紅の炎を残した。


「天上の業火、堕ち行く大火。即ち落日成り」

「………『旧き神々の物語 雷霆は遠雷を 大海は嵐を』!!」


煌々と照る三つの火球が分裂し、迫り来る。深く息を吸って魔法を唱えると、その火球たち諸共を吹き飛ばさんと雷と嵐が生み出された。

アッシュ、セイヨウトネリコの力を借りた魔法だ。更に追撃を重ねる。

杖を振るって煙霧が生み出され、霧と煙で編みこまれた蔓草が生じる。更にその煙霧は地面にも広がり、大地からは重厚な大樹の根が鋭い槍のように孤散様へと迫った。


「見事じゃ、実に見事。やはりお主は千夜の魔女の力を継いでいるということじゃな………ならば。ならば小手調べなど、もう不要じゃろう」

「………おっと、と」


地面を蹴って空へと浮かぶ。孤散様の声と共に大きく炎の太刀が振られ、嵐も雷も、煙霧の蔓草も大樹の根もその全てが焼き払われた。

―――身の丈の数倍も在ろうかという燃え盛る太刀を手にした孤散様が妖しく微笑む。その手は太刀と同じ炎で包まれ、それどころか彼女自身を幾つもの焔が彩っていた。

髪が燃え上がり、いや。孤散様の姿そのものが大きな炎に包まれる。膨大な熱量は、彼女の膨大な妖力が密集したもの。

そうして。華が開くように、その炎の中から孤散様が現れた。

いや。きっと、注釈が必要だろう。炎の中から姿を現した彼女は、本来の姿を現した孤散様なのだから。

………鋭い牙を見せて彼女が雄々しく笑う。俺は帽子のつばを少しだけ下げて応えた。


「征くぞ?」






体調が復調してきたので、少しずつ更新を再開したいと思います。

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